第五章 企業結合規制の手続
第一節 事前届出制度・届出前相談制度
2 事前相談制度
(1)事前相談の問題点に対する争論
この事実上の事前相談手続は、以前から公取委によって行われてきたが、事前相談制 度に対しては、その不透明を問題にする意見があった。そこで公取委は、1993 年以降、
相談事例を詳細に公表する方針を明らかにし、特に 1996 年度以降は、事前相談段階に おける断念事例を初めて公表したほか、公表内容を充実させている。さらに平成 14 年 12 月 11 日(平成 18 年 1 月 8 日改定)に「企業結合計画に関する事前相談に対する対 応方針」(以下「対応方針」という)を公表し、事前相談に対して一定の手続的規律を 及ぼすことを明らかにしている。そこでは、事前相談を書面審査段階および詳細審査段 階に分けた上で、①企業結合計画の具体的内容を示す材料が提出された日から原則とし て 30 日以内に、独禁法上問題がない旨または詳細審査が必要な旨を通知する、また② 詳細審査が必要な場合には原則としてその旨を公表するとともに、広く一般からの意見 書の提出を求める、さらに③詳細審査に必要な資料がすべて提出された日から原則とし て 90 日以内に、審査結果についてその理由も含め回答するとの方針が明らかにされて いる336。事前相談は、このように法律上の根拠のない非公式の手段であり、実務上は、
企業結合のクリアランス手続として機能している。日本の企業結合規制は、この事前相 談に重点が置かれている点に特色がある。しかし、事前相談への過度の依存には、依然 として批判が強い。また、事前相談による非公式の折衡によって、企業結合審査が事実 上決着するために、法律上、事前届出制度が形骸化している批判もある337。特に実務に 携わる者により、日本の企業結合審査に次のような問題点が指摘されている。
334 金井=川濱=泉水・前掲注7、231頁。
335 金井=川濱=泉水・前掲注7、231 頁。
336 また特に、産業活力再生特別措置法に係る企業結合計画であり、かつ「市場構造が寡占的で はない場合」で当事会社グループの市場シェアが 25%以下等の一定の「迅速審査類型」に該当 する事案については、事前相談における書面審査を原則 15 日以内に行う、また事前相談を経て 正式届出がなされた計画については、待機期間を最大 7 日間まで短縮するなどの方針が明らかに されている(公取委「企業・産業再生に係る事案に関する企業結合審査について」(2003 年 4 月 9 日))。
337 林・前掲注 53、135 頁。
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Ⅰ、企業結合審査の見通しが立たないこと
日本の企業結合審査(事前相談)に特徴的な現象として、諸外国と同様、一次審査と 二次審査の二段階方式が導入されているのに、ここ数年、二次審査が実際に行われた例 が皆無であることが挙げられる。一次審査は、諸外国と同様、詳細審査である二次審査 の必要性を検討するためのもののはずだが、現実の運用は異なる。一次審査期間である 30 日間は、事前相談資料の提出を受けた公取委が求める追加資料の提出や質問に対し、
当事会社が十分回答したと公取委担当官が判断してからしか開始されない。このため、
一次審査期間開始以前に、合計千問を超えるような膨大な質問や追加資料提出要求が、
一年以上もの間繰り返し行われる例もあるとされ、また、一次審査期間開始前に、ユー ザーや競争業者へのインタビューが広範に行われているのが実態である。こうした、一 次審査期間を実際に開始させず、他方で、二次審査にも匹敵する審査を一次審査期間開 始以前に実施しているのは、世界各国の競争当局と異なる公取委に特徴的な傾向である。
諸外国では、当局が行った質問や追加資料提出要求に対して定められた期限内に当事会 社が回答しない場合に時計の進行が止まることはあっても、事実上の二次審査に匹敵す る審査活動が完了するまで一次審査の時計が進行しないという実務を採用している国 は存在していないようである。こうした実務は、公取委企業結合課のスタッフの不足に よって生じている可能性もあり、人員の増加は不可欠であるが、当事会社側にとって、
企業結合のスケジュールを不透明にし、そのことが株式市場における株価や、統合プロ セスの進行に深刻な影響を及ぼすだけに、困惑せざるを得ない。本来、企業結合は自由 であり、例外的に競争政策的観点からこれを制約できるにすぎない以上、できるだけ早 期に一次審査を完了し、真実問題になりそうな案件のみ二次審査に移行して慎重に検討 をするという、各国で作用されている本来の手続きへの回帰が期待されるところである。
また、企業結合審査の開始に当たって、審査スケジュールを当事会社と公取委職員との 間で確認するプロセスの導入も期待される338。
このような批判に対して、現行制度であっても事業者は事前相談を選択せずに正式手 続きを行うことは自由であり、公取委だけが時計を進める権限を持っていたわけではな いと反論した。実際、新日鉄と住友金属は、2011 年 2 月に、2012 年 6 月に株式総会を 開き、2012 年 10 月 1 日の統合を目指すとの統合計画を発表したが、2011 年の規則改正 前の 5 月 31 日に届け出を行い、正式手続きに従って手続きを進めることを発表した。
本件の推移を見れば、改正前手続きのもとでも事業者は自ら時計の針を進めることがで き、時計の針が進まなかったのは公取委が時計の針を止めたものではなく、事業者が正 式手続きに遂行して時計の針を進める手段を取らなかったからであったことが自明と なっていると反論した。また、膨大な質問の量に対する批判について、例えば、キリン・
サントリーの統合のように、商品カテゴリーが多数にのぼり、当事者がアルコールから 清涼飲料に至るまで、多様な差別化された商品を有しており、市場の取り方如何で市場
338 川合弘造「公取委の企業結合審査の課題」公正取引711号(2010年)42頁。
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シェアも変わってくるような事例であれば、基礎情報をすべての商品レンジで要求する のは当然であり、まさにそのような理由から網羅的な情報提供請求になったものと推測 される339。米国の第 2 次審査のための情報請求(以下「第 2 次情報請求」という)は、
このような網羅的、絨毯爆撃的な情報提供を徹底させた制度であり、大部屋3室分ほど の情報が請求されるといわれており、それと比較すれば、第 2 次審査や正式手続きの第 2 次審査前の情報請求(日本の第 2 次情報請求は「報告等の要請」と呼ばれるので、以 下では、そのように呼ぶ)において、2000 問の情報請求がなされることは、何ら驚く には値しない。アメリカの第 2 次審査や日本の第 2 次審査では、1 回しか情報請求の機 会がないので、網羅的、絨毯爆撃的な請求にならざるを得ない。寡占状況を見て絞るな どの市場を分析しつつ情報の提供範囲を限定するということは、代理人との間で交渉が 成立した場合でなければ、原則としてやらない。むしろ、2000 問という質問だけでは 足りず、経済分析の基礎となるデータについて、より膨大な情報が請求されるのが本来 の第 2 次審査前の情報請求の姿である。つまり、網羅的、絨毯爆撃的な請求自体は全く 批判されることではなく、これに怨嗟の声を上げるというのは、筋違いである。網羅的、
絨毯爆撃的な情報提供を回避したいというのであれば、情報提供を回避したいというの であれば、情報提供を回避したいというのであれば、情報提供の範囲を合意することに より、第 2 次審査に行かないように持っていくべきであり、従来の事前相談実務はまさ にそのために存在したのである。そして、膨大な量の質問について問題があるとすれば、
これが、第 2 次審査ではなく、事前相談でなされたことであるが、このような情報請求 がされたということは、事前相談と言いつつ、実質的には第 2 次審査を事業者と公取委 の同意で変形させているものといえる。すなわち、本来の第 2 次審査であれば、企業結 合計画の公表とそれに対する競争者からの意見提出の機会が与えられ 90 日の期間制限 に服するが、計画が固まっていない等の理由で公取委がガイドラインの第 2 次審査に従 って処理できないと考えるか、事業者が公表を望まない等の理由でガイドラインの第 2 次審査に従って処理することを望まないなら、そのような強力的運用は、必ずしも不適 切なものとは言えないであろう340。
Ⅱ、情報提供要請の内容について
公取委担当官の一部に、明らかに回答困難で必要性の疑わしい内容及び量の情報提供 要請を繰り返し行い、事実上、案件の取下げを迫るなど、事前相談制度の趣旨をはき違 えた対応をする例があると指摘した。大規模統合案件とはいえ、網羅的に数千問の質問
339 40の市場に、50の質問を行えば、40x50で2000となる。ビールだけでも、ビール、発泡 酒、第3のビール、プレミアムビールがあり、これが業務用と家庭用に最低限別れるので、こ れだけでも、4x2で8種であり、こえrに、ウィスキー、焼酎、清涼飲料水などを加えるだけで、
40の市場がすぐ埋まることは容易に想像できる。
340 越知保見「事前相談制度の廃止の意義と今後の企業結合審査の展望」公正取引729号(2011 年)28頁-31頁。