• 検索結果がありません。

企業集団の形成の歴史的概観

ドキュメント内 ―日本法との比較法的研究― (ページ 53-56)

第二章 企業結合規制の歴史的展開

第二節 中国における企業結合規制の展開

1 企業集団の形成の歴史的概観

中国の経済改革は 1979 年から始まったが、その中心は企業改革である。企業改革に あたっては、政策の先行の下で行われた。企業集団はこのような経済体制改革の過程に

114 深町・前掲注112、26頁。

115 深町・前掲注112、27頁。

53

おいて、水平的経済連合の最高レベルの形式として現れた116

企業の水平的連合は日本あるいは欧米などの先進国においてはごく普通のことであ る。つまり、各企業にとっては、連合体になると、生産、経営と組織機能が強化され、

競争力が向上すれば、企業連合体を形成するはずである。しかし、中国の計画経済のも とでは、容易なことではなかった。というのは、生産計画は国家が策定して、必要な資 金は国家予算から配分され、原料は国の供給ルートから供給され、製品は国が買い上げ、

企業は計画どおりに生産さえすればよいという方法であった。また、この生産計画は国 から省へ、省から市へというように伝達され実行されていった。企業は単なる生産現場 であり、経営と無関係だったのである。企業と企業との間には協力関係がなかった。企 業は生産にしか責任を負わない。市は管轄する範囲内の企業の生産をコントロールする 役割を果たす。省は省レベルのことをする。こうなると、自然に地域間の隔たりが出て くる。行政は縦割りで、経済はブロック的であったのである。したがって、中国では企 業の水平的連合を発展させ、企業、業種、部門、地域および都市と農村の間の経済・技 術協力を強化することは、中国経済体制改革の重要な課題であり、経済を発展させるた めの戦略的な方針である。これは、中国第 11 期 3 中全会以降、三つの段階を経て互い に交差・連携しあって発展してきたものである117

(1)第一段階:1979 年~1985 年

第1段階は、1979 年から 1985 年までの企業連合・企業集団の発展の始まりの段階で ある。1980 年に国務院は「経済連合の推進についての暫行規定」、「社会主義競争の保 護についての暫行規定」を公布して、企業、地域、部門にまたがる各種形態の経済連合

(中国では、各種経済連合は、その基礎が縦向きの国家計画ではないので、横向き経済 連合と呼ばれる)の形成と競争の導入を提唱した。当事、各種の矛盾を和らげるには、

政府は企業連合について「所有制を改変してはならず、行政隷属関係を改変してはなら ず、税上納のルートを改変してはならない」という「三不変」の原則を提出した。その 後、各種の経済連合は全国で形成され、いま中国にある各種連合形態はその時期にほと んど形成された118

(2)第二段階:1986 年~1988 年

第 2 段階は 1986 年から 1988 年までの企業連合、特に企業集団の急速な発展の時期で ある。1984 年 10 月の「中共中央の経済体制改革についての決定」の方針と第 1 段階の

116 王暁曄『企業集中的反壟断問題』(法律出版社・1996年)177頁。

117 小原久治=林文嫻「中国の企業集団―その形成と育成策について―」富大経済論集 38(3)号

(1993年)379頁。(中国語原著)任文狭『現代中国の企業経営』(文真社・1991年)33頁。

118 植草益=陳小洪「中国の「企業集団」に関する一考察」経済学論集58巻2号(1992年)6 頁。

54

経験によって、国務院が 1986 年 3 月に「さらに横向き経済連合の推進に関する若干問 題についての決定」を、また 1987 年 12 月に国家体制改革委員会と国家経済委員会が「企 業集団の設立と発展についてのいくかの意見」を提出した。前期の状況に比べると、後 期の企業連合の発展には3つの特徴があった。第1に、経済発展と経済改革が進むにつ れて、政府間の連合よりは企業連合を発展させることを政府が提唱した結果、特に大企 業を中核とする企業集団が多く形成された。第2に、企業連合、特に企業集団の発展が 早まった。第3に、第 1 段階では政府の後押しによって企業連合・集団が多く形成され たが、この段階では企業の自発的意志で形成された。前述の国務院の「決定」と両委員 会の「意見」によって政府が企業連合と企業集団の発展を促したのは、企業連合、特に 企業集団の発展が経済の効率の向上、企業組織の合理化、各種市場(物、資金、技術な ど)の発展、「条塊分割」の打破、政企(政府と企業)と両権(所有権と経営権)の分 離などを促進することができ、経済改革と生産力の発展に重要な意義をもつと考えると ころにあった。上述の国家の両委員会は 1987 年の「意見」のなかで、企業集団のもつ べき次の3つの条件を初めて公開した。すなわち、企業集団は、①多層の組織構造をも つ経済組織で、その中核層は独立的な法人の資格をもつ企業法人あるいは事業法人であ る。②一定の経済力と有力な製品をもついくつかの大中型企業あるいは事業法人(普通、

設計、研究開発単位)を主体として、内生的な経済・技術の関係のある多数の企業と事 業から構造されている企業連合体である。③企業集団は、一般に産業に重要な地位を占 め、生産・販売・サービスなどの複合的経済力をもつものである。ここでいう企業集団 は実に集団公司型の企業集団を主に指すものであるが、「意見」によれば、この点につ いては明確にしていない119

(3)第三段階:1989 年以降

第3段階は 1989 年以降に政府が集団公司型の企業集団の発展を重点的に支持するこ とを明確にした時期である。1988 年秋から中国は「経済調整」を始めたので、1989 年 の政府部門の企業集団に関する検討はまだ準備中にあった。ただし 1989 年以降、各方 面主流な意見は、政府が集団公司型の発展を重点的に支持するべきであることに集約さ れる。政府の立場から見れば、企業集団の発展は、①「経済調整」の1つの目標である 産業構造の調整と産業組織の合理化(分業化と規模の経済の促進と市場分割問題の解決 を目標とする)、②各種要素の合理的流動、③生産と研究と販売との結合及び企業の効 率化・質的向上、④国際市場における競争力の向上、⑤改革の深化(企業集団の発展は 前述の両権分離、株式制の発展に緊密な関係がある)などに役立つ。企業の立場から見 れば、調整(引き締め政策)によって資金供給の緊張や市場需要の停滞が発生したため、

多くの企業は改革の深化を通じて、企業集団を改善・発展させる必要があると考えた結

119 植草・前掲注118、6頁。

55

果である。この時期の政府政策として指摘する必要のあるのは、第2段階に比べて、企 業集団の登録と評価を行うときに、集団の中核企業が所有結合を基礎とする緊密層企業 をもつかどうかをより重視したことである。さらに政府は、大型の企業集団の発展を支 持する(1991 年末まず 55 の企業集団を重点的に支持することが決められた)こと、企 業にもっとも大きな権力を与えること、税制の改革を早めること(例えば、増値税を広 める。増値税は付加価値税で、重複課税を避けられるので、企業連合、企業集団、分業 化の発展に役立つ)、有限責任会社法と株式会社法の準備と提出、国有資産の管理制度 の改革を早めて、近代的な法人制度の形成を促すこと、価格改革と市場ルールの形成な どに力を入れていることも注目すべきである120

ドキュメント内 ―日本法との比較法的研究― (ページ 53-56)