第二章 企業結合規制の歴史的展開
第二節 中国における企業結合規制の展開
2 国有企業の位置付け
国有企業は、社会主義中国において、政治的にも経済的にも特別な位置づけであった。
経済面において、1990 年代初頭で国有企業の数は約 10 万社であり、国有企業の数自体
130 戴龍・前掲注129、170頁。
131 戴龍・前掲注129、171頁。
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は全国企業総数の約1%にすぎないが、工業生産額では主導的な地位を占めていた。『中 国統計年鑑』のデータによれば、改革開放政策が始める前の 1978 年における工業生産 額全体に国有企業が占める比率は 77.6%であった。全国の企業の1%にすぎない国有 企業が約 8 割の生産を支えていていたことになる。産業の内容についてみると、エネル ギー産業や資本集約的な基幹産業はほとんど国有企業によって占められている。たとえ ば石油採掘、電力、製鉄・鉄鋼などで、国有企業の比率がとくに高い。また化学、機械、
自動車、電子・通信など、重要物資に関わるものは、国有企業がその中心である。もち ろん、全国的な銀行などの金融部門は国有企業が主である。つまり経済の基幹部分を占 める産業のほとんどが国有企業によって占められており、国有企業改革が急速に進展し た 1990 年代後半を経た現在に至るも、その状況に基本的な変化はない。経済的比重は 低下しているとはいえ、中国という国家が国有企業を戦略的に重要だと位置づけている ことは明らかである132。
政治面において、社会主義国家である中国において、共産党は労働階級の前衛部隊と して、全体の人民を率い、国有企業と集団企業からなる共有制企業を用いて、共に豊か になる社会主義を実現し、将来的に共産主義社会を建設することが最終目的となる。こ のため、社会主義国家では、国有企業は、最初から経済生産を行う組織だけではなく、
イデオロギー上、一定の政治的使命が付与されている133。
1970 年代末から、中国政府は、計画経済制度から抜け出しつつ、「商品経済」の範囲 を少しずつ広げ、改革開放を始まった。この時期、計画経済旧体制の残存するする部分 があり、影響力も依然として強い中で、「商品経済」が認められ、非公有制の民間事業 と外資経済が著しく成長した。一方、1985 年秋から 1986 年にかけて策定された第七次 五ヵ年計画においては、国有企業の自主権・自主採算制、競争的市場システムの導入、
国家のよる市場を媒介とした間接的なマクロ・コントロールの導入が、計画のなかに組 み込まれたのである134。具体的には、国有企業に「請負経営責任制135」の試みであって、
中央から地方へ、政府から企業へ一定の権限を移譲するなど政策の導入によって、自主 的経営権を拡大させた。しかし、「経営請負責任制」の導入は、結局は「請負制」であ
132 徐春陽『中国所有権改革の研究』(東信堂・2008年)17頁。
133 戴龍・前掲注129、173頁。
134 徐春陽・前掲注132、48頁。
135 「請負経営責任制」とは、「自主権を拡大する政策がとられたものの、……企業は依然とし て、上級主管機関をはじめ多くの政府機関からの干渉を受けていた。そのため、1986年末頃か ら、国有企業の所有と経営を分離することを目的とする請負経営責任制……が導入されるように なった。この制度のもとで、企業が政府は契約の形で生産量、利潤、投資、資金などに関する双 方の権利と義務を明確に定め、その達成状況に応じて賞罰を取り決め、その代わりに政府は企業 の日常活動には介入しないことになった。契約期間は一般に3年から5年という比較的に長い 期間であるため、企業の経営自主性は大幅に拡大した。この制度は大中型企業を中心に急速に普 及し、88年には大中型国有企業の90%以上がこの制度を採用した。南亮進・牧野文夫編『中国 経済入門―世界の工場から世界の市場へ[第二版]』(劉徳強執筆部分)(日本評論社・2005年)
60頁。
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り、国有企業の経営に対する政府の主管官庁の介入を完全に排除するものではなかった
136。
1992 年 1 月の鄧小平の「南巡講話」をきっかけとし、11 月の中国共産党第 14 回全国 大会では、江沢民書記が、「改革開放と現代化建設の足どりを加速し、中国特色のある 社会主義事業のより大きな勝利を勝ち取ろう」という報告を行い、「社会主義市場経済 体制の確立」が提起された。そして、国有企業については、それを完全に政府から切り 離し、市場に押し出す方針の転換することになる。かくして第三期は、「社会主義市場 経済体制の確立」という方針のもとで、国務院によって 1992 年 7 月に「全人民所有制 工業企業経営メカニズム転換条例」が制定されたことを画期とする。この条例を制定し た目的は、市場経済の環境に国有企業を適応させることにあった。すなわち、国有企業 を法に基づいて自主経営、損益自己負担、自己発展、自己規制を行う商品生産の経済単 位へと転換させることである。もしも経営効率の向上を図ることに失敗すれば、その国 有企業は、転業、合併、分離、解散、破産などの方式によって、製品構成および組織構 成の調整を図るよう努力しなければならない。市場における競争を通じて、資源の合理 的配置と企業の優勝劣敗を実現する方針が決定されたわけである。また、1993 年 11 月 には、第 14 期三中全会において、「社会主義市場経済体制確立の若干の問題に関する党 中央の決定」が採択された。そこにおいては、社会主義市場経済体制がどのような枠組 みをもつかが、体系的に提示されている。そのなかで、国有企業の経営メカニズムの転 換によって、「現代企業制度」の確立を目指すことが、国有企業の改革の方向であるこ とが示された。そして、1995 年第 14 期五中全会では「抓大放小137」政策が出された。
この「抓大放小」政策のもとで、大型国有企業については集団化と株式会社化を進め、
スケール・メリットを効かせて国際競争力を追求できる超大型国有企業に育成する方針 がとられ、他方で 2000 年までに当事でほぼ 9 万にのぼる小型国有企業を株式会社化す る方針が決定された。1999 年の第 15 期三中全会では、企業全体ないし企業の株式の一 部を民間人に売却すること、すなわち私有化によって、経営の自立を促すという方策を とることが決定された138。さらに、2003 年 3 月、国務院に国有資産監督管理委員会が設
136 徐春陽・前掲注132、49頁。
137 「抓大放小」とは、文字どおりには大は抓み小は放つの意味だが、その意味は大型国有企業 に対しては経営改善を行わせて存続させ、小型国有企業に対しては合併、廃止、競売、リースな どで整頓していくというものである。
138 「現代企業制度」とは、国有企業改革の第三期を貫くキーワードであり、その内容は、「三 権明晰、職責明確、政企分開、管理科学」の16文字に示されている。その特徴は以下の5点で ある。第一に財産権の明確化である。まず企業のなかでの国有資産の所有権は国家に属するとさ れる。しかし企業は資産に対し「法人財産権」をもつ。それによって、企業は独自に民事的権利 を享受し、民事責任を負う法人となる。これは企業の経営における自立を規定したものである。
第二に企業はすべての法人財産をもって、法に基づく自主経営を行い、損益を自己負担し、法に 従い納税し、出資者に対して資産価値の保持と増殖の責任をもつ。第三に出資者は投入した資本 額により資産から受益、重大な事項についての意思決定、管理者の選択という三つの権利をもつ。
企業破産の際には、企業に投入した資本額についてのみ債務に対し有限責任をもつ。第四に企業
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立され、国家を代表して出資者責任を履行し、大手の中央国有企業の監督と管理を行う こととした。国有企業の経営範囲は、国民経済発展と国家安全に関わる基幹産業、イン フラ施設及び重要な自然資源などの自然独占分野に限定された。こうした国有企業は、
経営状況が少しずつ改善し、私的企業からの競争に適応し、企業利潤を徐々に獲得して きた139。
1954 年憲法では、「国営経済は、全人民的所有制の社会主義経済であり、国民経済の 中の指導力であり、国家が社会主義改造を実現するための物質的基礎である。国家は国 営経済の優先的発展を保障する」(第 6 条)と規定し、1978 年の憲法では「国営経済す なわち社会主義の全人民的所有の経済は、国民経済の中の指導力である」(第 6 条)と され、その後の 1982 年憲法およびその修正である 88 年新中国第 4 部憲法では、「国営 経済は、社会主義の人民所有制の経済であり、国民経済の主導力的な力である。国家は 国営経済の強化および発展を保障する」(第 7 条)と規定した140。1993 年に、中国では、
改革開放以来最も大きな憲法改正が行われた。この改正において、憲法上、社会主義公 有制の基礎的地位を堅持しながら、多種所有制が併存する混合的所有制経済体制を発展 することが掲げられた。国有経済については、1993 年憲法改正は、国有経済の主導的 役割を堅持し、国家が国有経済の強化と発展を保障することを引き続き協調した。国有 企業改革に応じて、2008 年 10 月 28 日に「中華人民共和国国有資産法」が採択された。
同法の立法目的は、「国家の基本的経済制度を維持し、国有経済を強化・発展し、国有 資産の保護を増強し、国有経済が国民経済における主導的役割を生かし、社会主義市場 経済の発展を促進するためである」(1 条)と掲げ、中国経済における国有企業の主導 的役割を引き続き協調した。また、「国有資産は、国家すなわち全体人民が所有し、国 務院が国家を代表して国有資産の所有権を行使する」(第 3 条)と規定し、国有企業の 役割及び全体人民所有の性質を強調した。
このように、中国において、国の経済制度は社会主義市場経済であり、公有制経済は 社会主義市場経済の基礎であると、憲法及び法律上確定されていた。国有経済の主導的 地位は、中国における社会主義国家政権の基本的特徴であり、これが建国後の数回の憲 法改正でも動揺しなかった。社会主義市場経済の基本制度の下では、国有企業は単に経 済的意味だけではなく、政治的にも大きな意義がある。国民経済における国有経済の主 導的地位の確立は、共産党政権が存立する経済的基盤であり、国有企業の存在は現政権 の適法性に関わる政治的問題である。改革開放以来、中国は、経済発展の需要に応じて、
は市場の需給に応じて生産と経営を行い、政府は経済活動に直接には関与しない。企業は市場で の競争のなかで長期に赤字を出し資産をもってまかない切れなくなれば、法に基づき破産する。
第五に科学的企業指導体制と組織管理制度を作り、所有者、経営者、従業員の関係を調整し、刺 激と制約の結合したメカニズムを作る。徐春陽・前掲注128、51-53頁。
139 李栄融「関於国有企業改革発展的報告」学習時報2008年4月21日5頁。
140 斉虹麗・来生新「産業政策と計画経済、社会主義市場経済、市場経済」横浜国際経済法学第 3巻第2号(1995年)232-233頁。