第六章 企業結合規制に関する事例分析
第一節 日本の事案に対する検討
3 新日本製鐵と住友金属工業の合併
(1)事案の概要
新日本製鉄株式会社(以下「新日鉄」という)と住友金属工業株式会社(以下「住友 金属」という)は、平成 23 年 5 月 31 日に公正取引委員会(以下「公取委」という)に 合併に関する計画の届出をし、受理された。同年 6 月 30 日公取委は報告等を要請し、
第 2 次審査を開始した。同年 11 月 9 日、公取委は全ての報告等を受理し、措置期間(事 前通知期間)の起算が始まった。
両社の競合する商品・役務について、約 30 の取引分野が画定され審査された。公取 委は、そのうち無方向性電磁鋼板および高圧ガス導管エンジニアリング業務の 2 分野に おいて、競争を実質的に制限する恐れがある旨を指摘した。これを受けて当事会社は競 争上の問題を解消する方法を提示し、数次の会合がもたれた後、具体的な問題解消措置 にかかる変更報告書が提出され、同年 12 月 14 日、公取委は問題解消措置を前提とすれ ば当該合併が競争を実質的に制限することとはならないとして、排除措置命令を行わな い旨を通知し(昭和 28 年公正取引委員会規則第一号、第 9 条)、同日に審査結果を公表 した(公取委「企業結合審査の手続に関する対応方針」(平成 23 年 6 月 14 日)6(3)イ)
のが本件である。
公表された審査結果において、その詳細が記載されているのは、問題解消措置が講じ られた 2 分野と、重点的に審査された鋼矢板およびスパイラル溶接鋼管、代表的な鉄鋼 製品である熱延鋼板および H 形鋼の各分野についてである460。
① 無方向性電磁鋼板
公取委は、無方向性電磁鋼板の一定の取引分野(以下、「市場」という)の地理的範 囲について、東アジアという当事会社の主張を退け、日本国内であるとした。企業結合 ガイドライン(「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」[平成 23・6・14]は、(a)
内外の主要な供給者が東アジア中の販売地域において実質的に同等の価格で販売して おり、(b)需要者が東アジア各地の供給者から主要な調達先を選定しているような場合 には、東アジア市場が画定され得るとするが、公取委は、無方向性電磁鋼板について、
(a)及び(b)ともに否定し、地理的範囲は日本国内であるとした461。
458 泉水・前掲注388、6頁。
459 平成23年事例2。
460 川濱昇「新日本製鐵株式会社と住友金属工業株式会社の合併計画に関する審査結果について」
NBL980号(2012年)73頁。
461 根岸哲「公取委による新日本製鐵と住友金属工業の合併計画審査結果」ジュリスト1438号
193
公取委は、無方向性電磁鋼板について、本件合併により「競争を実質的に制限するこ ととなる」としたが、(ⅰ)合併後 5 年間、住友商事に対し、国内ユーザー向けに住友 金属が現在販売数量の最大値を上限として、合併会社のフルコストベースでの平均生産 費用に相当する価格で供給する。(ⅱ)住友商事に対し、住友金属の無方向性電磁鋼板 に関する国内ユーザー向けの商権を譲渡する。顧客名簿の引継ぎに加えて、国内ユーザ ーとの取引関係(契約関係および協定仕様書を含む)を譲渡し、当該譲渡について国内 ユーザーの理解を得られるよう最大限努力する。さらに、納入仕様の決定やクレーム対 応に関する技術サポート、スリットセンターの住友商事による利用のための適切な引継 ぎ等の措置も講じる。(ⅲ)合併後 5 年間、1事業年度に 1 回、前期措置の実施状況を 公取委に報告するという問題解消措置により、「競争を実質的に制限することとはなら ない」と判断した462。
② 高圧ガス導管エンジニアリング業務
高圧ガス導管エンジとは、鋼製ガス導管の敷設・更新工事等の鋼製ガス導管に関連す るエンジニアリング業務(鋼製ガス導管エンジ)の一種であり、設計、資材調達(鋼管 の調達)、施工管理および施工(土木、配管、溶接、塗敷装および検査)という業務内 容が含まれている。高圧ガス導管エンジを行う主要な事業者は、全国各地で高圧ガス導 管エンジを受注しており、事業所などの拠点を持たない地域での業務を受注する場合に は現場監督や溶接士等を当該地域に派遣して対応している。従って、「日本全国」を地 理的範囲として画定した。
本件合併により当事会社は国内市場全体の約 60%のシェアを占めることとなるとこ ろ、入札に参加する事業者は基本的に高炉系エンジ会社のみであり、本件合併後の入札 参加事業者は 3 社から 2 社になる。加えて、高圧ガス導管エンジにおいては参入圧力が 働いておらず、また、需要者からの一定程度の競争圧力が認められるものの、ガス会社 等は必ずしも競争性を高めるための施策を十分に待ち合わせていない。従って、当事会 社グループが単独で価格等をある程度自由に左右することができる状態が容易に出現 し得ることから、本件合併が競争を実質的に制限することとなると考えられる。また、
高圧ガス導管エンジは、大口の発注が不定期に行われているが、各事業者の供給余力が 大きくない中にあって、本件合併により高圧ガス導管エンジを提供する主要な事業者で ある高炉系エンジ会社が 3 社から 2 社に減少すれば、互いの施工状況や供給余力の状況 を相当程度確実に把握でき、高い確度で互いの受注意欲、入札行動等を予測することが できるようになると考えられる。加えて、高圧ガス導管エンジにおいては参入圧力が働 いておらず、また、需要者からの一定の程度の競争圧力が認められるものの、ガス会社 等は必ずしも競争性を高めるための施策を十分に持ち合わせていない。従って、当事会
(2012年)4頁。
462 川濱・前掲注460、74頁。
194
社グループとその競争事業者が協調的行動をとることにより、価格等をある程度自由に 左右することができる状態が容易に現出し得ることから、本件合併が競争を実質的に制 限することとなると公取委は判断したが、(ⅰ)当事会社は、新規参入者から日本国内 における高圧ガス導管エンジに用いるUO鋼管の供給要請があった場合には、当該新規 参入者に対し、エンジ子会社に供給するバイと価格、数量、納期、規格、寸法、特殊仕 様、受渡しおよび決済について実質的に同等かつ合理的な条件により、UO鋼管を提供 することとし、(ⅱ)当事会社は、新規参入者から、受注する工事に使用する目的で要 請があった場合には、エンジ子会社等を通じて、当該新規参入者に対し、価格、受渡し および決済について合理的な条件により、児童溶接機の新品を譲渡し、または中古品を 譲渡もしくは貸与する。また、当事会社は、新規参入者から要請があった場合には、当 該新規参入者に対し、価格、工数、指導内容、指導時期、指導場所および決済について 合理的な条件により、エンジ子会社を通じて、当該新規参入者が自動溶接機を取り扱う ことができるようにするために必要な技術指導を行うという問題解消措置により、「競 争を実質的に制限することとはならない」と判断した463。
③ 鋼矢板及びスパイラル溶接鋼管
鋼矢板とは、形鋼の一種であり、凹凸状に形成加工した鋼板の両端に連続壁が形成で きるように継手が設けられている。鋼矢板は、継手をつなぎ合わせて、土留めや止水等 に用いられるという点において他の形鋼とは用途がことなっていることから、他の形鋼 とは商品範囲をことにしていると認められる。鋼矢板には、形状やサイズの異なるもの があるが、一定程度の需要の代替性が認められる以上、同一の製造設備によって異なる 形状およびサイズの鋼矢板が製造されており、供給の代替性が存在する。他方、鋼矢板 を用いた工法と代替的に用いられる工夫として、コンクリート壁工法、ソイルセメント 壁工法、親杭横矢板工法等が存在し、鋼矢板の価格が相対的に上昇した場合、鋼矢板を 用いた工法kらコンクリート壁工法等に振り替えられる可能性があるため、これらの工 法を含めた土留め工法全般として商品範囲が画定される可能性がないでもない。この点 については、公取委としては、土留めや止水等の手段として鋼矢板を用いた工法が広く 普及している国内市場の特徴や、鋼矢板を用いた工法との間の代替性に関する国内の需 要者の認識に基づき、「鋼矢板」を商品範囲として画定した上で、コンクリート壁工法 等については隣接市場からの競争圧力として評価するとし、「日本全国」を地理的範囲 として画定した464。
スパイラル溶接鋼管とか、大径管(おおむね外径 400 ミリ以上の鋼管)の一種であり、
鋼帯を連続的に巻き戻しながら成形ロールでらせん状に曲げて円筒状に形成し、継目を
463 深町正徳「新日鉄と住友金属の合併計画に関する審査結果の概要について」NBL970号
(2012年)31頁。
464 深町・前掲注463、34頁。