第三章 企業結合規制の市場支配力判断
第一節 一定の取引分野の画定
2 市場の画定基準
企業結合の場合の市場画定の過程としては、まず、企業結合を行おうとしている当事 会社グループが行っている事業すべてについて、取引対象商品(以下、「商品」には役 務を含むこととする)列挙し、それぞれ商品範囲を画定し、次に、その一つ一つについ てされに地理的範囲を画定していく170。
(1)需要面での代替性
市場画定は、需要の代替性と供給の代替性の2つの観点から画される。素朴に考えて も、競争は、値段が上がった場合には客は他の商品に逃げるか、それとも、すぐに他の 競争者が供給を振り向けるかの基本的に二者択一である。要するに、他の地域にあった 商品をすぐに振り向けるか、それとも、他の商品に逃げるかという点で、供給と需要の 双方から、競争を通じた牽制作用が働くのである。経済的にみて、需要の代替が、供給 者への価格決定に関して最も直接的で効果的な競争的規律をもたらすことは直観的に 理解できよう。顧客が容易に利用可能な代替品や隣接した場所への供給者に乗り換える ことができるなら、現在の販売条件に有意なインパクトを与えることができない。商品 の代替性の程度は、当該商品の効用等の同種性の程度と一致することが多く、この基準 で判断できることが多い。商品の効用等の同種性の程度について評価を行う場合には、
169 林・前掲注53、50頁。
170 根岸=舟田・前掲注160、91頁。
73 次のような事項を考慮に入れられる。
第1が「用途」である。すなわち、ある商品が取引対象商品と同一の用途にもちいら れているか、または用いることができるか否かが考慮される。同一の用途に用いること ができるか否かは、商品の大きさ、形状などの外形的な特徴や、強度、可塑性、耐燃性、
絶縁性等の物性上の特性、純度等の品質、規格、方式等の技術的な特徴などを綱領して 判断される。など、取引対象商品が複数の用途に用いられている場合には、それぞれの 用途ごとに、同一の用途に用いられているか、または用いることができるか否かが考慮 される。
第2に、価格水準の違い、価格・数量の動き等が考慮される場合がある。
第3に、需要者の認識・行動等が考慮される場合がある。
以上で注意しなければならないのは、需要者にとって両商品の効用等の同種性の程度 といった場合、客観的・物理的な同種性ではなく、最終的には顧客にとっての同種性を 問題にしていることに注意しなければならない。あくまで、需要者(顧客)の眼から見 た代替可能性が問題となるのである171。
(2)供給面での代替性
供給の代替性は、需要の代替性を補完する市場画定の考慮すべき要素である。需要面 での代替関係になくとも、供給面での代替関係にあれば、市場支配力の行使は抑制され るからである。米国の過去の最高裁判例では、供給面での考慮は認識されてはいたもの の、それについて詳しく検討されたことはほとんどなく、総じて重視されてきたとはい いがたかった。供給の代替性に関する本格的な分析は、92 年ガイドラインの公表まで 待たねばならなかった。ただ、92 年ガイドラインは、市場の「画定」と市場参加者の
「識別」を分離し、供給の代替性は後者について考慮されるとするなど、米国独自の技 巧的な立場であることには注意する必要がある。これに対して、同じく SSNIP テストを 採用する EC では、供給の代替性もあくまで市場の画定段階で考慮されるとする172。
(3)SSNIP基準
一般に、市場シェア・市場集中度が大きいほど、企業結合が競争に与える影響も大き いと考えられる。そのため企業結合ガイドラインは、市場集中度に基づくセーフハーバ ーを規定する。市場が広く画定すると、通常、市場シェアは小さくなる。したがって当 事会社は、広い市場の存在を主張することが多い。そこで客観的な市場画定基準が問題 となる。
企業結合ガイドラインは、そのような基準として、欧米の独占禁止法が採用している
171 林・前掲注53、55頁。
172 柳川隆=川濱昇『競争の戦略と政策』(有斐閣・2006年)、93頁。
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SSNIP基準(小幅であるが、有意で(実質的)かつ一時的ではない価格引上げ<仮 定的独占者テスト>)を一定の取引分野の画定に際して基本的な考え方である旨を明示 している(ガイドライン)。
この新基準が明示した点は、需要者にとって代替性(代替商品)という観点から判断 されるものであり、それは、一定の取引分野の画定にあたり、「ある地域において、あ る事業者が、ある商品を独占して供給しているという仮定の下で、当該独占事業者が、
利潤最大化を図る目的で、小幅であるが、実質的かつ一時的ではない価格引上げ(1 年 程度の期間に 5%~10%程度の価格の引上げを目安)をした場合に、当該商品および地 域について、需要者が当該商品の購入を他の商品または地域に振り替える程度を考慮す る」ということであり、この振り替えの程度が小さいために、「当該独占事業者が価格 引上げにより利潤を拡大できるような場合には、その範囲をもって、当該企業結合によ って競争上何らかの影響が及び得る範囲」というように確定されることになるである。
なお、上記の「小幅であるが、実質的かつ一時的でない価格引上げ」に伴い「他の供給 者が、多大な追加的費用やリスクを負うことなく、短期間(1 年以内を目途)のうちに、
別の商品又は地域から当該商品に製造・販売を転換する可能性の程度を考慮する」とし て、一定の取引分野の確定には、新規参入者を含める旨を明らかにしている。
このような価格引き上げが成功すれば、市場支配力が成立する範囲として、それが市 場となる。これに対して、①需要者が当該商品の購入を他の商品もしくは地域に振り分 け、または②他の供給者が、多大な追加的費用やリスクを負うことなく、別の商品もし くは地域から当該商品に製造・販売を転換することで価格引き上げが不可能となれば、
それは市場として狭いと考える。市場支配力の成立を妨げる需要の代替性(①)および 供給の代替性(②)が、暫定市場外で機能しているからである。その場合には、それら を含めて、同様の価格引き上げを仮定する。仮定的独占者の価格引き上げが可能となる まで、この作業を繰り返す。仮定的独占者基準に基づく市場は、需要面および供給面に おいて、競争圧力が有意に機能する範囲である。市場シェア・市場集中度は、その範囲 を基礎として、初めて市場支配力の指標をなる173。
仮定的独占者基準は、平成 19 年(2007)年における企業結合ガイドラインの改訂に より明示されることになったものである。それまでの公表事例には、「機能・効用の同 一性」に基づき、既存の競争関係をもって商品市場(市場に含まれる商品範囲)を画定 するものが多い。仮定的独占者基準によれば市場参加者として検討される競争者が、参 入や輸入において、評価の対象になっていたともいえる。企業結合ガイドラインは、こ のような態度を明確に否定する。すなわち、企業結合ガイドラインは、「当該商品の効 用等の同種性の程度」は、それ自体として市場画定の基準になるものではなく、需要の 代替性の判断要素に過ぎないとする。同様に、用途(機能)、価格、数量の動き、需要 者の認識・行動もそれ自体として市場画定の基準にならず、商品の同種性の程度の判断
173 根岸哲『注釈独占禁止法』(有斐閣・2009年)、295頁。
75 要素に過ぎないとする174。
(4)国際市場の画定
「一定の取引分野」に対して、国境を越えた地理的範囲の画定も捉え、経済のグロー バル化に従って一定の取引分野は世界市場と考えられるとする見解もあるようである
175が、世界の実務では、輸入拡大に対する諸々の制度的・経済的障壁を事案ごとに具体 的勘案する立場が定着しているとみてよい176。競争圧力として輸入増大の可能性を考慮 することと国境を越えた地理的範囲の画定とは、いわば連続性があり、どちらにおいて も、国内の価格が引き上げられたときの、国内需要者からみた国外供給者の利用可能性 および国外供給者による国外向け供給分の日本への転換可能が問われている。国境を越 えて地理的範囲が画定された場合とは、いわば、国外で販売・消費されている当該商品 役務のすべてが、国内での市場支配力行使に対する牽制要因とみなされ、したがって、
シェア算出の際の分母を構成する場合といえる177。
そして企業結合ガイドラインは、そのような例として、「国境を超える取引における 制度上・輸送上の条件が日本国内の取引と比較して大きな差異がないものであって、品 質面等において内外の商品の代替性が高い商品や、非鉄金属など鉱物資源のように商品 取引所を通じて国際的な価格指標が形成されていて商品」を指摘する(第4・2(1)
カ)。平成 19 年に企業結合ガイドラインが一部改正されるまで、公取委は、地理的外延 を日本国外に広げることはできないとの立場をとっていた。国外に及ぶ需要の代替性や 供給の代替性については、外国事業者からの輸入量、国内向けに転換可能な国内事業者 の輸出量等を、市場分析の段階において考慮するとの手法を採用していたのである。こ のような実務に対しては、まずは経済実態に基づき国外に及ぶ市場を画定していまい、
後は法律の適用問題として処理すればよいとの意見があったが、現在の企業結合ガイド ラインはこのような意見に沿うものである。これまでは「輸入」等として市場分析段階 において考慮されていたものの一部は、市場参加者に含められることになる。なお、日 本国外に及ぶ市場や、さらには世界市場を画定すべきだとう主張が、日本企業が海外市 場において競争力を獲得、維持するために、国内市場における市場支配力形成を甘受す べきとの立場からなされる場合があるが、これは独禁法の解釈としてはとりえない。市 場画定は、日本の需要者に不利益となりかねない市場支配力の形成・支持・強化の策定 のためにおこなわれるのであり、当該企業が他国で活発な競争を行うか否かは直接の関 連性を持たない178。
174 根岸・前掲注173、295頁。
175 平林・前掲注84、214頁。
176 川濱・前掲注107、90頁。
177 川濱・前掲注107、89頁。
178 金井貴嗣=川濱昇=泉水文雄『独占禁止法[第3版]』(弘文堂・2010年)198頁。