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第 4 章 考察対象とする語の分類基準について

4.2 下位分類

4.2.1 範疇化と個別化の度合い

眞野(2004)は「数えるという行為はその対象が個別化されて初めて可能となるもので ある」(p.134)と述べ、対象物の認知に関して「個別化の度合い=対象となる名詞句が表 すものや概念が個別的に認知しやすいかどうかという度合い」があり、具体物における「固 体(例「鉛筆」)と「液体・気体(例「水」)」の間に観察されるような差異が抽象物にも存 在しており、「数えるという行為において、抽象物にも具体物と同様の認知が行われうる」

(p.132)と主張している。たとえば「愛」などの感情的な抽象概念は個別化が難しいため、

「*3 つの愛」のように「通常数えることができない」。一方、より具体性の高い「問題」

のような抽象概念は、個別化しやすく「3 つの問題」のように個別類別詞を使い数えること ができると指摘している(pp.133-134)。

さらに、眞野(2004)は抽象物が持つメタファーについて、「抽象物と具体物の認知の共 通性を示していること」と「メタファーの違いはその抽象物の個別化の度合いの違いを反 映していること」を主張している(pp.138-139)。たとえば「固める、壊す、結ぶ」などの 固体のメタファーを持つ抽象物は可算的であり、「膨らむ、あふれる、流れる」などの気体・

液体のメタファーを持つ抽象物は数えること自体が難しいものが多い、という相関関係が 観察されると述べている(p.139)。その上で、以下のように例をあげて図にまとめている。

1. 個別化しやすい抽象物(数えられる・固体のメタファーを持つ)

①a. 3{つ/個}の{問題点/証拠}

b. 問題点/証拠を固める。 (固体)

②a. 3 つの意見/証拠/日程/態度

b. 意見/証拠/日程/方向(ママ)を固める。 (固体)

2. 個別化しにくい抽象物(数えられない・液体/気体のメタファーを持つ)

③a. *3 つの愛情

b. 愛情が膨らむ。 (気体)

④a. *3 つの憎しみ/愛/平和

b. 憎しみ/愛/平和に満ちる。 (液体)

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個別化の度合いが高い

固体のメタファー

個別類別詞「個・つ」 様々な個別類別詞

B A D C

液体・気体のメタファー

数えられない 計量類別詞

図 1 対象物の認知に観察される相関関係(眞野 2004:140 引用者が ABCD 追加)

このように、モノ名詞においては個別化の度合いが、具体物のみならず抽象物にも反映 されていることを眞野は指摘している。

上の図を参考に、下の連用修飾用法 (NCQ「N が/を Q」型)において、本研究の対象とな る語と共起する名詞を考察する。

まず、「たくさん」は有生・無生の区別に対して何の制約もない(岸本 2002:168)とさ れる。また、宇都宮(2001)は「30 リットルの水→たくさんの水」「100 本の鉛筆→たくさ んの鉛筆」「1 万人の学生→たくさんの学生」をあげ、「たくさん」は「数える対象の種類を 選ばない便利なことばとして捉えることができる」(p.93)と記述している。このように、「た くさん」は個別化の度合いにかかわらず、さらに具体物か抽象物かにかかわらず幅広く数 えることができる(個別化できる)。そこで、本研究では、「たくさん」をものの数量が大 であることを表す無標の表現であるとみなし、以下の文において、(1)~(4)の「たくさ ん」の位置に入ることができるかどうかで本研究の対象となる語を分類する。

(1) 人間/本がたくさんある(いる)。(具体物:個別化の度合い高い A)

(2) 問題点/特徴がたくさんある。(抽象物:個別化の度合い高い B)

(3) 水/空気がたくさん ある。(具体物:個別化の度合い低い C)

(4) 時間/愛情がたくさんある。(抽象物:個別化の度合い低い D)

まず、(1)~(4)すべてに入ることができる語として、「いっぱい」「多く」がある。「い っぱい」は文体差はあるが「たくさん」と置き換えが可能である。文体差については後述 する。

NLT(1.2 参照)を利用して検索すると、「多く」と共起する上位の名詞は「人」、「場合」、

「人々」、「国」の順番で圧倒的に個別化の度合いが高いものが上位を占めている(第 9 章 固体

液体・気体

抽象物 具体物

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参照)。しかし、「水分」「時間」「二酸化炭素」などの個別化の度合いが低いものも観察で きる。また、「問題点」「不安」など抽象物も可能である。このことから、「多く」は抽象物 か具体物かについても、また個別化の度合いにも制約がないと言える。

ただし、「スーパーで野菜をたくさん買った」は言えるが「?スーパーで野菜を多く買っ た」は(スーパーでいろいろな食品を買った中でのような)母集合を仮定することが自然 でないコンテクストでは、「容認性が落ちる」(加賀 1997:104)ことから、「多く」は基本的 に比較の基準に対する相対的な量を表す語であると考えられる。(このことから、まとめの 表 1 において△を記した。)

「どっさり」は、個別化の度合いの高い具体物と共起する例が圧倒的に多い。連続体に おいては「水」は可能であるが「空気」は難しい。このことから、「どっさり」の対象は、

典型的に個別化の度合いの高い具体物であると考えられる。また、数えられる抽象物にお いては偏りが見られる。というのは、抽象物(2)において「問題点」は可能であるが「特 徴、信念」などは言い難い(「問題点/??特徴/??信念がどっさりある」)。また、インター ネットの検索では「不満、悩み、ストレス」などが観察できることから、数えられる抽象 物において、主体に体感としての負担をもたらすものであると想定できる。つまり、個別 化の度合い、または、抽象度とは別の基準があると考えられる。また、「どっさり」が「人 間」を表す例も観察できる。

「たっぷり」は、「野菜」「牛乳」など個物や連続体の具体物と共起し、「時間」や「愛情、

ユーモア、魅力」など、感情的、精神的な抽象物とも問題なく共起することから、抽象物・

具体物に関しても、個別化の度合いにも制約なく用いられると考えられる。ただし、抽象 物において「??特徴/??意見/??信念/??憎しみがたっぷりある」などとはは言いにくい ことから、「どっさり」同様、共起できる語に偏りがあると考えられる。対象となる抽象物 は、主体に「満足感」のようなプラス評価の体感をもたらすものであると想定できる。こ のことから、抽象物については△を記した。すなわち「たっぷり」は、個別化の度合い、

ないしは抽象物か具体物かどうかとは別に、話し手の体感のような別の基準によって用い られると考えられる。

続いて、個別化の度合いの高い名詞と共起する語として「大勢、多数、数多く」がある。

この中、「大勢」は人間専用の語である。

「多数」も人間を表す例が多く観察できるが、人間のみならず「企業、意見、国」など 個別化の度合いの高い抽象物が観察できる。

「数多く」も個別化の度合いが高い具体物と抽象物に限られている、と考えることがで きる。

次に、個別化の度合いが低いものとのみ共起する語として「多量」がある。「多量」は「水、

汗、血液」など、個別化の度合いが低いものが上位を占める。有生物を表す例も観察する ことはできるが、BCCWJ(1.2 参照)の検索では人間 5 例、生物が 1 例のみであり(詳しく は 5.4.1 参照)、「多量」が有生物と共起する例は周辺例と考えられる。また、「多量」は抽

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象物とは共起が難しい(*問題点/*時間/*愛情が多量にある)。つまり、具体物専用の 表現である。

ここで問題となるのは「大量」である。「大量」は、「多量」同様、「水、情報、血」など 液体を表す語の頻度が高いという偏りが見られるが、「多量」とは異なり、「人、移民」な ど人間を表す語も多く観察できる。しかし、抽象物とは、個別化の度合いにかかわらず共 起しにくいと言う点は「多量」と同じである。つまり、「大量」は具体物であれば個別化の 度合いにかかわらず広く用いることができる。

以上の検討の結果をまとめると、以下の表 1 のようになる。

表 1 モノ名詞における下位分類 数える対象となる語

の例

A 人間・本 B 問 題 点 ・ 考え・悩み

C 水・空気 D 時間・憎し み・愛情・自 信

個別化の度合い 高 高 低 低

具体物か抽象物か 具体物 抽象物 具体物 抽象物

たくさん ○ ○ ○ ○

いっぱい ○ ○ ○ ○

たっぷり ○ △ ○ △

どっさり ○ △ △ △

多く △ △ △ △

多数 ○ ○ × ×

大量 ○ × ○ ×

数多く ○ ○ × ×

多量 × × ○ ×

大勢 △(人間) × × ×

モノ名詞の数量を表す場合、本章の考察対象である 10 語は表 1 のような分布になる。こ の表から言えることは、本研究の考察対象とする語は体系性を持つと考えられるというこ とである。第 3 章において、プロトタイプに基づくカテゴリーについて確認したが(3.2 参 照)、大堀(2002:48)は、「プロトタイプ=特性リストという解釈がある」として、この 考えでは、リストの特性を多くもつほど中心的なメンバーであり、それがプロトタイプと いうことになる、と述べている。そして、たとえば「鳥」というカテゴリーについて、「羽 ばたいてい飛ぶ」、「嘴がある」、「卵を産む」、「羽毛がある」、「野生である」などの条件を あげ、すべてを満たすものをプロトタイプとし、一部の特性に欠ける、つまり点数の低い ものを周辺的メンバーとするのはこの立場である、と述べている。

さらに、大堀(2002:49-50)は「特性リストによってプロトタイプを分析する際に、重