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第 9 章 「多く」と「たくさん」の意味分析

9.5 第 9 章のまとめ

以上、本研究では現代日本語の「多く」と「たくさん」を取り上げ、相互の意味の類似 点と相違点について考察した。考察にあたっては、二語が類義関係になるのは「連用修飾 用法」と「連体修飾用法」の場合であるということから、この二つの用法において分析を 行った。

両語が類義関係になるのは<ものや動きの数量が><大であると捉えるさま>を表す場 合であることが分かった。

相違点としては、まず、数量の捉え方にある。つまり、基本的に「多く(の)」は、スケ ール上での相対的な判断を示すことから、比較の基準が明示されるか、あるいは想定でき なければならないという制約がある。しかし、対象の属性を述べると捉えられる場合には この制約が無効になり、話し手が基準の明示なしにその量が大であると判断できる。そし てその場合、「たくさん」とほぼ同じ意味で置き換えることができる。

一方「たくさん」は、母集合を前提とせず、単独で一般的な基準によって量を判断する 表現であり、叙述の類型にかかわらず用いることができる。

さらに、連体修飾用法「たくさんの N」はあくまでも N の数量を表すのに対して、「多く の N」は種類を表し、総称名詞句として範疇化機能を有する用法を持つことを述べた。そし て、この違いは母集合を前提とするか否かという「多く」と「たくさん」の本来の意味に 動機付けられていると考えられることを述べた。

本章の目的である、「多く」と「たくさん」の使い分けについて分析結果をまとめると以 下の表の通りとなる。

76 吉田(2004)は、「ライオンは危険だ」は総称文であるとし、概略、「ライオンである集合に属する個体 のほとんどは(例えば 6 割以上)、危険であるような個体の集合に属する」という意味になる(p.2)、と述 べ、「総称解釈では例外も許される」と記述している(p.26)

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表 1 「多く」の意味と「たくさん」との対応関係

連用修飾用法

「多く」の意味

連体修飾用法

「多くの」との対応関係

「たくさん(の)」との 対応関係 別義①<あるものや動きの数量が><ある基準を>

<上回ると捉えるさま>

「大豆は食物繊維を多く(たくさん)含んでいる」

「今よりも 100 歩多く(*たくさん)歩きましょう」

○「より多くの税金を払って いる」

動きの量は連体修飾用法に はならない。

比較表現と共起は可能であ るが、あくまでも単独にもの の数量を表す。

程度差を表す数量とは共起 不可。

別義②<全体における><ある構成要素の割合が>

<高いと捉えるさま>

「此の地方の人の性格は多く(*たくさん)誠実で、

何だか大きな山のような感じがします」

○「多くの学生はレポートを 出した」

×

別義③<あるものの数量が><大であると捉えるさ ま>

「企業活動においては、いろいろと解決しなければ ならない問題が多く(たくさん)ある」

○「多くの(たくさんの)参 加者が集まりました」

「は」が下接し、種類を表す ことができる。

「多くの(*たくさんの)学 生は花形産業に就職したが るものだ」

○ただし、「たくさんの N」に は基本的に「は」が下接でき ない。種類を表すこともでき ない。

別義④<ある出来事の生起する回数・頻度が><大 であると捉えるさま>

「審査には時間がかかりすぎるという声を聞くこと が多く(*たくさん)ある」

× ×

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表 2 「たくさん」の意味と「多く」との対応関係

連用修飾用法

「たくさん」の意味

連体修飾用法

「たくさんの」

との対応関係

「多く(の)」との 対応関係

別義①<あるものの数量が><大であると捉えるさま>

「彼女の財布にはお金がたくさん(*多く)ある」

○「たくさんの 参 加 者 が 集 ま った」

×ただし、「多く(の N)」の基準が示さ れる場合と、属性を表す場合は可。「お 金がいつもより多くある」

「大会には、多くの参加者が集まった」

別義②<ある動きの量が><大であると捉えるさま>

「今日はみんなでたくさん(*多く)遊びました」

× 動 き の 量 は 連 体 修 飾 用 法 にはならない。

×ただし、「多く」の基準が明示される 場合と属性を表す場合は可。

「今よりも 100 歩多く歩きましょう」

「今日は昨日より多く遊びました」

別義③<話し手が体験したある量が><それだけで十分 であると捉えるさま>

× ×

別義④<ある事柄に対して><それ以上受け入れられな い状態にあると捉えるさま>

× ×

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第 10 章 本研究のまとめと課題

本研究の目的は、現代日本語において数量大を表す数量表現 10 語の個別の意味と相互の 意味の類似点・相違点を明確に記述することであった。本研究の考察対象とする語は以下 の 10 語とした。

考察対象とする語:「たくさん」「いっぱい」「たっぷり」「どっさり」「大勢」「多数」

「多量」「大量」「数多く」「多く」の 10 語

この目的に向けて第 2 章では、本研究で考察する数量表現の位置付けを行った。先行研 究において、本研究の考察対象とする語は、個別の意味と相互の意味の類似点・相違点が 十分に記述されていない。これは、これらの語が副詞、名詞、形容(動)詞、など複数の 品詞にまたがっていることが理由の一つであると思われた。他方、特定の数量を表す助数 詞の先行研究において、数量詞(数詞+助数詞)のみならず助数詞以外の数量表現も助数 詞の機能である個別化と範疇化の機能を併せ持つことが指摘されていた。そこで本研究は、

考察対象とする語を不特定数量詞として以下のように位置付けた。

1.「に」や「と」を伴って、あるいは、単独で動詞を修飾する位置に生じ、文中に現れ る名詞の数量が大であることを表す不特定数量詞である。

2.名詞を範疇化し個別化する機能を持つ。

3.「の」を介しての連体修飾用法において名詞の数量や属性を表したり、連用修飾用法 において動きの量を表すことができるものも含まれる。

助数詞の分析において、経験基盤主義をとる認知言語学のアプローチが有効であること から、本研究では認知言語学のアプローチを用いて分析を進めることとし、第 3 章におい ては、認知言語学の基本的な概念について概観した。

次に、第 4 章では、助数詞の範疇化と個別化を手がかりに、考察対象とする 10 語の下位 分類を行った。10 語は、基本的に独自の個別化と範疇化の機能を持ち、プロトタイプ効果 を見せながら体系的なバリエーションを示すことを記述した。

第 5 章から第 9 章では、下位分類によって 10 語の個々の意味分析と類義語分析を行った。

まず、第 5 章においては、モノ名詞の数量を表す「たくさん、多数、大量、多量」の 4 語を分析し以下のように記述した。

「たくさん」:

別義①<あるものの数量が><大であると捉えるさま>