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第 4 章 考察対象とする語の分類基準について

4.2 下位分類

4.2.2 動きの量と出来事の量

本研究の考察対象である語はすべて文中に現れる名詞に対する数量限定を行う。しかし、

名詞と言っても「もの」に近いものから「出来事」(動詞)に近いものまである。さらに、

本研究の考察対象である語の中には名詞の数量ではなく動きの量や頻度を表す用法を持つ 語も含まれる。上の眞野の分析においては、デキゴト名詞は除外されている。

まず、名詞の分類として影山(1993)と影山(編)(2011)は、「モノ名詞」と「デキゴ ト名詞」に区別する。さらに、デキゴト名詞を「単純デキゴト名詞」と「複雑デキゴト名 詞」に分ける。影山の説明を見てみよう。

先述のように、影山(編)(2011:38)は、「名詞は基本的にモノ名詞とデキゴト名詞に 大別できる」とし、両者の違いは、「時間」の観念がそれ自体に含まれるかどうかというこ とであると述べている。たとえば、モノ名詞である「鉛筆」はそれ自体に時間の観念が含 まれないのに対し、デキゴト名詞である「火事」は出火から消火まで一刻一刻変化してい ったと想定できると記述している。さらに、影山(1993)はデキゴト(出来事)名詞を単 純デキゴト名詞(単純事象名詞)と複雑デキゴト名詞(複雑事象名詞)に区分し、単純デ キゴト名詞と複雑デキゴト名詞の違いは、前者は可算名詞として「多数」などの数量詞を 取ることができるが、後者は動詞的概念であるから数量詞とは相容れない、とし以下の例 をあげている(影山 1993:272 一部省略 下線は引用者)。

単純事象名詞

(5) 学生たちはボランティア活動を多数行っている。

(6) 母校のサッカーチームは、海外への遠征を多数している/行っている。

複雑事象名詞

(7) *息子は家出を多数している。

(8) *JR は運賃の値上げを多数した。

影山(1993)は、(7)(8)の数量詞「多数」は「家出、値上げ」などの回数を表すとは 解釈できない。意味的に同じでも数量詞の代わりに「幾度も、たびたび」など純然たる副 詞を用いると、複雑デキゴト名詞(動名詞)でも成り立つが、この場合の頻度副詞は動名 詞(「家出」「値上げ」)ではなく「する」を修飾している、と記述している(p.272)。

上の例において「単純デキゴト名詞(「ボランティア活動」「遠征」)」と共起する(5) (6) の「多数」は「数多く」と置き換えることができる。さらに、「複雑デキゴト名詞」と共起 できないとしている (7)(8)の「多数」を「数多く」に置き換えると容認度が上がると思 われる。つまり、「数多く」は「多数」とは異なり「複雑デキゴト名詞」と共起できる場合 があると思われる。そして、その場合、頻度を表すと考えることもできよう。

続いて、「動きの量」を表すかどうかについて検討する。

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「たくさん」と「いっぱい」は先行研究で指摘されているように、動きの量を表すこと ができる。

(9) たくさん殴った。 (日本語記述文法研究会(編)2009:204)

(10)外でいっぱい遊んだ。 (日本語記述文法研究会(編)2009:203)

深田・仲本(2008:229)は langacker(1990)を引用して、動詞の<完了>/<未完了

>の違いは、名詞の可算/集合の違いと平行的に捉えられる、と述べ次のように記述して いる。「動詞がプロファイルしている<プロセス>の中で最も重要な概念は、<時間>であ る。ある動詞がプロファイルしている<プロセス>の<時間>に『有界性』(bounding)が 認められれば<完了>、認められなければ<未完了>となる。この<時間>の有界性は、

名詞がプロファイルする<モノ>の概念的な区域の有界性と平行的に捉えることができる。

この観点から見れば、有界的な時間の中での変化を表す完了動詞は有界的な区域を表す可 算名詞と、また、非有界的な時間(永続的な時間)の中で一定の変わらない状態を表す未 完了動詞は非有界的な区域を表す集合名詞と、それぞれ平行的に捉えられる」(p.229)。

この対応関係から、本研究で考察対象とする不特定数量詞が動きの量を表す場合におい ても、完了と未完了に関わる場合があると予想できる。そこで、瞬間動詞と継続動詞の区 別を立てる。

上の(5)~(8)において、「多数」の位置に考察対象とする語を当てはめてみると、以下 の表 3 のようにまとめることができる。さらに、動きの量を表すかどうかを(9)(10)の

「たくさん」と「いっぱい」の位置(Q)に当てはめてみた結果を表 3 にまとめる。

表 3 単純・複雑デキゴト名詞および動きの量による下位分類

デキゴト名詞 動きの量

単純デキゴト名詞 複雑デキゴト名詞 継続動詞 瞬間動詞 例 遠征・検討を

Q する

家出・値上げを Q する

Q 遊んだ Q 殴った

たくさん ○ ○ ○ ○

いっぱい ○ ○ ○ ○

数多く ○ ○ × ○

多く △ △ △ △

多数 ○ × × ×

たっぷり △ △ △ △

どっさり △ △ × ×

大勢 × × × ×

大量(に) × × × ×

多量(に) × × × ×

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「たくさん」は、先述のように「数える対象の種類を選ばない便利なことば」とされ、

単純デキゴト名詞・複雑デキゴト名詞の区別なくデキゴト名詞(の指示対象物)の量を表 すことができる。動きの量も継続動詞・瞬間動詞の区別なく用いることができる。

「いっぱい」は、(文体差はあるが)「たくさん」と同様の振舞いをする。

「たっぷり」と「どっさり」は、単純デキゴト名詞(「?検討をたっぷり/どっさりした」)

も、複雑デキゴト名詞(「?値上げをたっぷり/どっさりした」)もともに普通、言いにくい と思われる。

動きの量に関しても「*どっさり遊んだ/殴った」のように「どっさり」は容認されな い。「たっぷり」は、「たっぷり遊んだ」とは言えても「たっぷり殴った」では、違和感が ある。「たっぷり」は先述のように、単なる数量を表すのではなく、別の基準が想定でき、

それは体感に関わる身体的経験に基づくことが想定できる(詳しくは 8.2.3 参照)と考え られる。このことからまとめの表 3 において△を記した。

他方、「大勢、大量、多量」の 3 語は、デキゴト名詞の数量も動きの量も表すことができ ない。

また、「多く」は、デキゴト名詞の場合、「?検討/?値上を多くした」は容認度が低いが、

たとえば「他社より」といった、基準となる語が明示されれば容認される。つまり、「多く」

を用いるには基準の明示、あるいは想定が必要であると考えられる。同様に、動きの量に おいても「?多く遊んだ」は言いにくいが、「いつもより」などといった基準が示されれば 容認できる。このことから、まとめの表 3 において△を記した。

以上の考察から、単純・複雑デキゴト名詞および動きの量を表すという特性においても、

本研究で考察対象とする語は体系的なバリエーションを成すことが分かった。プロトタイ プは、単純・複雑デキゴト名詞と共起でき、動きの量も表すことのできる「たくさん、い っぱい、数多く、多く」であり、この 4 語は複雑デキゴト名詞と共起することができるこ とから、影山の言う「純然たる副詞」としての用法があると考えられる。ただし、「たくさ ん、いっぱい、数多く」は、以下のように「頻度」を表す「多く」と置き換えることはで きない。

(11)トップ面談は通常秘密保持の関係で仲介業者のオフィスで行うことが多く(*たく

さん/*いっぱい/*数多く)あります。 (BCCWJ)

そこで第 6 章では、上の表 3 から(文体差はあるが)「たくさん」と同じ振舞いをする「い っぱい」と、体感に関わる基準が想定される「どっさり」と「たっぷり」、さらにデキゴト 名詞の量や動きの量を表すことができない「大勢、大量、多量」を除外した「たくさん、

数多く、多く、多数」の 4 語について、これらと共起する名詞と動詞に注目して 4 語の共 通点・相違点を考察する。また「数多く」の個別の意味分析を行う。

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