第 4 章 考察対象とする語の分類基準について
4.2 下位分類
4.2.6 文体差
先行研究において、文体差について以下のような記述が見られる。
籾山(2005:580)は「あした/みょうにち」という類義表現について、「この 2 語は指示 対象・意味範囲は同じであるが、文体あるいは位相が異なる」としている。国広(1982:
82)は、前者を口語、後者を文語としている。本研究で考察する語について、たとえば人
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間の数を「いっぱいいる」と「多数いる」では文体差があると考えられる。そこで、文体 差について先行研究の記述を概観する。
まず、『日本語語感の辞典』は「どっさり、いっぱい、たっぷり」は主に会話で使われ、
「たくさん」は会話や軽い文章で使われる表現、と記述している。また「多量」と「多数」
は、改まった会話や文章に用いられる漢語であると記述している。
一方、「多い」は「くだけた会話から硬い文章まで幅広く使われる日常の基本的な和語」
と記述している。「大量」は、「会話にも文章にも使われる漢語」とされる。「大勢」は「会 話にも文章にも広く使われる日常語」と記述している。
このように『日本語語感の辞典』の記述から、大きく、会話で使われる表現と文章で使 われる表現という区別があること、さらに、この区別は連続的であることが分かる。また、
和語と漢語においては、大きく、前者が会話で使われやすく、後者が文章で使われやすい という対応があるが、「大量」(漢語)と「多い」(和語)は会話と文章の両方において使わ れる、ということから、絶対的な対応ではないことが分かる。
次に、「いっぱい」と「たくさん」の文体差について、高見・久野(2006)は、「たくさ ん」と「いっぱい」は、「もちろん同義ではない」とし、両者の違いを次のように説明して いる。
(A)「いっぱい」は「たくさん」に比べ、より口語的でくだけた会話体で用いられるた め、次に示すように、形式ばった表現にはそぐわない。
(i)a.日本全国から著名な先生方が、わが校にたくさんおいでになった。
b. ??日本全国から著名な先生方が、わが校にいっぱいおいでになった。
次に、瀬戸(2002:181)は「どっさり」と「たくさん」について以下のように記述して いる。
文章には調子があります。つまり、文体とかスタイルとかいわれるものです。
つぎの二つの文を比べましょう。
(一)宿題がどっさりあるとき、ふうとため息をついて
(二)宿題がたくさんあるとき、ため息をついて
大きな差はないのですが、(一)のほうが臨場感があるでしょう。(二)はもう少し距離 をおいた表現です。(一)には声喩(オノマトペ)が用いられています。「どっさり」は 擬態語で、「ふう」は擬音語です。また、「どっさり」は、「たくさん」と比べて口語的で す。そのぶん、親しみやすい表現といえるでしょう。
(瀬戸 2002:181-182 下線と強調は引用者)
また、市川(編著)(2010)は、「『たくさん』という語は何にでも使えて便利そうである
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が、話しことばであり、書いたものに使うと幼稚な印象を与えるので注意が必要である」
(p.320)と説明している。
以上の先行研究から、話し言葉(くだけた文体、口語体、会話体)とされる中にも連続 性があり、「たくさん」より「いっぱい、どっさり、たっぷり」のほうがくだけた文体で用 いられやすいということが分かる。
第 1 章で示したように、本研究で使用するコーパスは書き言葉コーパスのため、新聞、
文学、白書といったジャンルにおける使用頻度に注目して考察する。
宮内(2012)は、「フォーマルな」という概念は、「改まった」と言い換えることができ、
「フォーマルでない」といった場合は「くだけた」特徴を指すとし、話し言葉であっても、
改まったものとくだけたものがあり、書き言葉も同様であると述べ、「フォーマルさ」と「話 し言葉的・書き言葉的」という概念は、異なる尺度であると記述している(p.42)。その上 で宮内(2012)は、BCCWJ のサブコーパスのジャンルの文体的特徴について、書籍、新聞、
白書の順に、よりフォーマルな特徴が見られると記述している(p.43)。
宮内の記述を手掛かりに、考察対象の 4 語について白書と書籍におけるジャンル別の出 現頻度を検索してみると、最もフォーマルな特徴が見られるとされる白書においては①「多 く」2671 件、②「多数」430 件、③「大量」405 件、④「数多く」68 件、⑤「多量」32 件、
⑥「たくさん」4 件、⑦「いっぱい」3 件が観察できるのに対して、「大勢、たっぷり、ど っさり」は 1 件も観察できない。
この中で「多く」は、10 語の中で圧倒的に頻度が高い。「多くの」も 638 件観察できる。
ただし、2671 件中には「専門別に見ると、工学が最も多く、次いで理学、保健、農学の順 となっている」(科学技術白書)のように形容詞「多い」の連用中止法などで用いられる例 が含まれる。八亀(2007:70)は、「多い、少ない、乏しい、豊富な」などの存在を表す形 容詞の述語文について「実際の使用例は、抽象的な論説文などで多用され、具体的な事物 の存在より、抽象的な出来事の存在の多寡を表すことで、婉曲的な表現のグループを作っ ている。典型的には『~ことが多い』『~も少なくない』」と記述している。このように、「多 い」と「多く(の)」はフォーマルな文体において多用されることが分かる。
一方、書籍においても「多く」は 26326 件(「多くの」12628 件を含む)観察できる。こ のことから、「多く(の)」は改まった文体においても、日常的な文体においても広く用い られると言えよう。
そこで本研究では、「多く」を除き、大きく以下のような区別があると考える。
主に日常的な文体で用いられる:いっぱい、どっさり、たっぷり、大勢、たくさん 主に改まった文体で用いられる:大量、多量、多数、数多く
文体については各語の意味分析や類義語分析において個別に考察する。
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