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第 9 章 「多く」と「たくさん」の意味分析

9.2 先行研究とその検討

9.2.3 久島(2010)

久島(2010)は、形容詞の意味について考察した研究である。久島(2010)も、(形容詞

「多い」の)「連用修飾用法の『多く』には割合という意味がある」(p.185)として、「た くさん」との違いを以下のように記述している。

(16) 「多い」の《存在》という意味は形容詞としては特異なものであるが、「たくさん ある(いる)」の《存在》と比較すると、後者が、場所と物の関係が臨時的でそれ ぞれが独立している《外在的な存在》であるのに対して、前者は、「多く含まれる

(含む)」という文脈で使われやすいように、場所(個体(領域))と物(構成要 素)との関係の密接さや、他の構成要素との占有率を問題とする、独立性のない《関 係的な存在》であると考えられる。 (久島 2010:188 下線は引用者)

(16)において①「他の構成要素との占有率を問題とする」という部分は加賀(1997)の 記述と重なると思われるが、②「場所(個体(領域))と物(構成要素)との関係の密接

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さ(を問題とする)」という指摘は、加賀よりも一歩踏み込んだ記述になっており、本研 究においても、基本的に同じ立場に立って考察していく。ただし(連用修飾用法)「多く」

の意味について①②の記述にとどまり、次の(17)のような頻度を表す意味や(15)のよ うな「割合」を表すとは捉えられない例についての記述はなされていない。また、連体修 飾用法「多くの」と「たくさんの」における違いについても述べられていない。

(17) 過失の有無を判断する日本医師会の賠償責任の審査には時間がかかりすぎるとい う声を聞くことが多くある。 (BCCWJ)

以上を踏まえ、本研究では、「多く」と「たくさん」について「連用修飾用法」と「連体 修飾用法」を中心に相互の意味の類似点と相違点を明らかにする。

考察に入る前に、第 6 章で分析した「多く」と第 5 章で分析した「たくさん」の意味を 確認した上で、二語の類似点と相違点について考察する。

9.3 「多く」と「たくさん」

9.3.1 「多く」の意味

別義①<あるものや動きの数量が><ある基準を><上回ると捉えるさま>

(18) 先日テレビで外国人のほうがカルシウムを多く摂取しているのに日本人の方が骨 密度が高いと言っていました。 (BCCWJ)

(19) 運動 今よりも 1000 歩多く歩きましょう! (BCCWJ)

別義②<全体における><ある構成要素の割合が><高いと捉えるさま>

(20) このあとも桜前線は早いペースで北上し、北海道地方の多くの所で、ゴールデンウ ィーク中に開花や満開となるでしょう。 (朝日 2015/04/24) (21) 此の地方の人の性格は多く誠実で、何だか大きな山のような感じがします。

(高村光太郎『啄木と賢治』青空)

別義③<あるものの数量が><大であると捉えるさま>

(22) 群馬県南部は近畿地方と東北地方を結ぶ交通の要所だった。(略)農作物が豊富に とれ、有力な豪族が多く出現したといわれる。 (BCCWJ)

(23) このカロリヌムには、天文学者ケプラーから哲学者デカルトに至るまで、有名な学 者が多く訪れた。 (BCCWJ)

別義④<ある出来事の生起する回数・頻度が><大であると捉えるさま>

(24) 過失の有無を判断する日本医師会の賠償責任の審査には時間がかかりすぎるとい う声を聞くことが多くある。 (BCCWJ)

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(25) 抗がん剤は、細胞へのダメージの与え方によって数類にわけられ、治療の際には、

2 種類以上の抗がん剤を組み合わせて使用することも多くおこなわれている。

(BCCWJ)

9.3.2 「たくさん」の意味

本節では、「多く」との類義語分析を行う前に、第 5 章で記述した「たくさん」の意味を 再掲し、「多く」と置き換えが可能であるかを確認する。

別義①<あるものの数量が><大であると捉えるさま>

(26) 入院時はきっと暇な時間がたくさん(多く)あると思うのですが。 (BCCWJ)

(27) 「彼女を車に乗せ、ロスアンジェルスに連れていくんだ。彼女の財布にはお金がた くさん(*多く)ある 。 (BCCWJ)

別義②<ある動きの量が><大であると捉えるさま>

(28) 今日は皆でたくさん(*多く)遊びました。 (BCCWJ)

(29) いつもよりたくさん(多く)勉強したご褒美に、好きなだけ食べていいよと言われ ても、そんなわけにはいかない。 (BCCWJ)

別義③<話し手が体験したある量が><それだけで十分であると捉えるさま>

(30) 一つの題目に関して一つの引照で十分であると思う。例えば神のことについては、

ローマ書一章 18〜20 節でたくさんである。 (NLT)

別義④<ある事柄に対して><それ以上受け入れられない状態にあると捉えるさま>

(31) 貧困、そして混乱!ぼくは苦しさのあまり涙を流しながら、つぶやいていた。「も うたくさんだ!これ以上は我慢できない!」と。 (BCCWJ)

上の例から分かるように、「たくさん」がものの数量を表す意味①と動きの量を表す意味

②において、「多く」と置き換え可能な例が観察できる。したがって、次節では、この 2 つ の意味における、両語の意味の類似点・相違点を考察する。

9.4 「多く」と「たくさん」の類似点と相違点

前節の分析の結果から、「たくさん」が「多く」と類義関係にあるのは、ものの数量、

あるいは出来事や動きの量を表す場合であることが分かる。また、冒頭でも示したように、

二語が類義関係になるのは「連用修飾用法」と「連体修飾用法」の場合であるということ から、以下では、この 2 つの用法において、両語がものの数量、あるいは動きの量を表す 場合の類似点と相違点について考察する。

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