第 6 章 長安汽車における DC の形成・変化に社会ネットワークが与える影響
4. ケースの考察
4.2. 社会ネットワークの視点からみた DC の形成・変化
本項では,DCの判断基準を参照し,DCの各次元能力を反映する可能性のある企業の 行動あるいは出来事を記述した上で, 社会ネットワークとの関連で, 長安におけるDCの 四次元の変化に着目して考察する。
まず長安の環境感知能力を見ていく。以下の表では長安の環境感知能力に関する出来 事を示している。
表6-9 長安の環境感知能力に関する出来事 発展段階 環境感知能力
第1段階 ①スズキとの技術貿易および合弁事業により, 長安は(軽)自動車市
141 「長安汽車与中移智行達成戦略合作」,車主之家,2018年09月07日
(http://news.16888.com/a/2018/0907/12300250.html), 2020年12月18日閲覧。
(1984年-
2000年)
場に進出した。
第2段階
(2001年-
2005年)
①2001年に長安はフォードと合弁企業を設立し, 共同で乗用車の生産 に取り組み始めた。
②2001年から,長安は新エネルギー車の研究開発を開始した142。
③2001年以来, イタリア自動車設計企業I.DE.Aを代表として外国企業 と提携し, 自主的知的財産権を持つ車およびエンジンの自主開発を開始 した。
第3段階
(2006年-
2015年)
①2006年, 長安は「以微為本, 以轎為主, 発展商用, 進軍服務」143とい う戦略方針を策定した。外国企業と共同開発を行いながら, 乗用車市場 に進出した144。
②長安は新エネルギー車の研究開発に取り組み続け, 多くの大学・研 究機関と戦略的提携を行い, 新エネルギー車の先端技術に関する共同研 究開発を行っていた145。
第4段階
(2016年
-2019年)
①2017年10月に長安は北京で新エネルギー自動車戦略である「格里拉 計画」を発表した。2025年までに従来の燃料車の販売を完全に停止し, 製品の完全電動化を目標とする146。
②2018年8月に長安は知能化戦略である「北斗天枢」戦略を実施しは じめ, 当社が従来型の自動車製造企業からインテリジェント・モビリテ ィ・テクノロジー企業へと変貌することを示した147。
出所:各資料をもとに筆者作成。
上記の表から読み取れるように, 第1段階において, 長安はスズキとの技術貿易および 合弁事業によって, 「軍転民(軍事企業から民用企業へ)」の転身を実現し, 商用車の生 産をもって自動車市場に進出することができた。
142 長安で実施したインタビューによる。
143 軽自動車をベースに, 乗用車を中心に, 商用車を発展させ, サービス分野に進出する。
144 長安汽車年次報告書2005年による。
145 本段階各年の長安汽車の年次報告書を参照した。
146 長安汽車年次報告書2019年。
第2段階に入り, 長安はフォードとの提携を通じて, 共同で乗用車を生産することがで きるようになった。しかし, 当時長安は乗用車の自主開発能力を持たなかったため, 当該 企業は積極的にI.DE.Aを代表とした外国の自動車設計企業との提携を行いはじめた。自 社の自主開発活動もそれと並行して進められた結果, 2006年に乗用車の自主開発を実現し, その分野に進出するに至った。その後, 事業分野を新エネルギー車とスマートカー分野 に重点をシフトしていく中で, 長安は産学研および異業種企業との提携を強化しながら, 強い紐帯および自社を主軸とする提携を構築していった。それらの提携を通じて長安は 先端技術・新製品の開発に取り組み, その成果が新エネルギー車とスマートカー分野への 事業展開に結実している。
このように,社会ネットワークの強度, 異質性, 中心性の強化が, 長安の新たな市場への 参入, 新しい戦略の実行に大いに役立っている。社会ネットワークがそれら3つの次元で 高い値へと変化することで, 長安の環境感知能力が向上していることが確認できた。
次に, 長安の学習能力を検討する。以下の表は長安の学習能力に関する出来事を示して いる。
表6-10 長安の学習能力にかかわる出来事 発展段階 学習能力
第1段階
(1984-
2000年)
①長安はスズキと締結した技術貿易協定を通じて, 軽自動車製品とコ ア部品を購入し, 製品の分解と模倣生産を行い, 軽自動車の生産技術を 習得していた。
②スズキは専門家の指導, 生産技術, 組織の管理方法を長安に提供す ること, 長安の物流管理,生産ライン,技術などの面について多くの改 善案を提案したことなどを通じて, 長安の生産技術と管理能力を向上さ せた148。
第2段階
(2001年-
2005年)
①長安はフォードとの合弁事業を通じて,乗用車の生産技術, 組織の管 理方法を学習した。
②長安は共同開発プロジェクトにおける専門家の指導, 頻繁的な人的 交流を通じて, コア部品のエンジン技術, 設計・開発技術, 管理方法を学
148 長安で実施したインタビューによる。
習した。
③長安は提携企業の社員のスカウト, 外国人技術者の雇用などを通じ て優秀的な人材を採用していた149。
④長安は定期的な社員の海外派遣制度を確立し, 社員を提携企業と自 社の海外研究開発センターに派遣し始めた150。
第3段階
(2006-
2015年)
①2007年, 長安は北京理工大学, 上海交通大学, 吉林大学, 重慶大学, 湖南大学, 同済大学と「長安一高校工程研究センター」を設立して, 研 究開発活動を行う。
②2008年以来, 長安は重慶大学, 西南大学, 重慶郵電大学, 重慶理工大 学, 重慶交通大学, および西華大学と提携し, 「3 + 1」共同人材育成計画 を実施してきた。
③2013年, 長安は知識管理ソフトウェア企業である藍凌と提携し, 自 社の知識共有プラットフォームを構築し, プラットフォームで社内の知 識共有を実現した151。
第4段階
(2016-
2019年)
①2018年6月, 長安は重慶電子工程職業学院と共同で長安汽車大学智 能製造学院を設立して, 優秀な人材を育成する152。
出所:各資料をもとに筆者作成。
表6-10に示すように, 第1段階で長安はスズキとの技術貿易協定, 合弁事業を通じて, 生産技術, 管理経験, 部品技術を部分に学んでいた。しかし, スズキの長安への信頼度は
149 同上。
150 同上。
151ユーザーはこのプラットフォームを通じてカテゴリーで知識を検索し, 自由に質問し, 回答すること ができ, 従業員と専門家間で知識共有することができる。「東方電気, 長安汽車用数字辦公引領“智造“升 級」,藍凌サイト,2019年03月25日(https://www.landray.com.cn/activity/85269/),2020年12月19日閲 覧,および長安でのインタビュー。
152 本学部は自動車メンテナンス技術, 検査および自動車のマーケティングなどにフォーカスしている。
「我校与長安汽車共建長安大学智能製造工程学院」,重慶電子工程職業学院サイト,2018年06月28日
低く, 両社の関係における長安の中心性も低かったため, 長安はコア技術の学習ができな かった153。この段階では長安の学習能力は低いと判断できる。
第2段階に入って, 長安はフォードとの合弁事業を通して乗用車の生産技術や組織の管 理方法を学習した。同時に長安は共同開発を展開しつつ提携企業の専門家と人的交流の 頻度を増やしたり, 提携事業における自社社員の担当範囲を拡大させたりといった努力を 重ねることで, 設計・開発技術などの暗黙的知識を学習に成功した。
続いて第3, 4段階では, 長安の提携相手は大学・研究機関にまで拡大し, 彼らと共同で 人材育成および研究開発活動を行ってきた。例えば, 2008年以来, 長安は重慶大学などを 対象とし, 「3+1」の学校・企業合同研修プロジェクトを開始した。具体的には, 自動車 関連を専攻とする大学3年生に向けて募集を行い, 当プロジェクトに応募した学生を選抜 した。この選抜を通過した学生は「長安人」, 「職業人」, 「崗位(ポスト)人」という 3つの段階を経て, 一年間の専門的な研修に参加する154。さらに, 長安は優秀な技術者を 各生徒に割り当る「師傅帶徒弟」という一対一の指導制度を確立した。それらの技術者 は, 大学の指導教官と共同で学生を指導し, 学生の卒業論文の執筆をサポートする155。そ の他にも長安は知識管理ソフトウェア企業・藍凌と2013年に提携し, 当社の知識共有プ ラットフォームを構築した。これにより社内の知識共有が効率化された
以上のように, 第3, 4段階において長安汽車は大学・研究機関と緊密な提携関係を構築 しながら, 研究者および異業種の技術者と密接的な交流・共同作業を行い, 新エネルギー 車・スマートカー分野の先端技術を学習した。同時に共同人材育成にも着手して, 優秀な 人材の確保にも成功した。
また, 長安は第1・2段階においては主に他社の知識を導入・活用していたのに対して, 第3段階以降は他社との共同研究開発の中でより重要な役割を果たすようになった。つま り長安の知識学習の様態は, 他社の知識を一方的に吸収する段階から, 提携企業との知識 共創を図る方向へとシフトしている。
153路達(2011)を参照。
154 その中, 「長安人」の研修は主に企業文化と自動車の基礎知識を学び, 「職業人」は学生に長安汽車 の現在の生産状況と生産システムを理解させる研修となり, 「崗位人」は, 学生に基本的なポストとキャ リア開発を理解させる研修である。
155 内容は長安人事部で実施したインタビューによる。