第 2 章 ケース業界の概況とケースの選択
2. 中国自動車業界の概況
2.2 中国自動車業界の時代区分
本項では, 中国自動車業界の時代区分について述べる。中国自動車業界の発展段階は, その第1段階(1953年-1977年)である国家的支援によった成長の段階, 第2段階(1978 年-2000年)の合弁事業展開の段階, 第3段階(2001年から現在まで)の自主開発の段階 という三段階に分けられる。以下で各段階について, 順に説明をしていく17。
第1段階(1953年-1977年) 国家的支援によった成長の段階
1953年に中国政府は「第1次五カ年計画」という国家建設計画を実施し, この計画には 中国自動車産業にかかわる計画も含まれていた。
中国最初の自動車企業——第一汽車の前身である第一汽車製造廠——は1953年に工場 を建設し, 1956年に生産を開始し, その後政府からの支援とソ連からの技術援助を得て, 中国最初の自動車として「解放」ブランド・トラックのCA10を生産した。その後もトラ ックは市場の主流製品となってきた。1978年に自動車体生産台数がまだわずかの15万台 であり,そのうちトラックは12.5万台であった18。1969年には第二汽車製造 廠(現在の 東風汽車集団)が設立される。
17 中国自動車業界の時代区分の詳細について,①国務院発展研究中心産業経済研究部等(2011)『中国 汽車社会発展報告(2011)』社会科学文献出版社②『中国工業統計年鑑』各年,③中国汽車工業協会の公 表資料を参照したうえで筆者が整理したものである。
18 中国汽車工業史編審委員会 (1996) 『中国汽車工業史1901-1990』人民交通出版社。
この段階の特徴は, 中国自動車産業の成長がもっぱら国家的支援に依存している点に求 められる。
第2段階(1978年-2000年) 合弁事業展開の段階
1978年の「改革開放」後, 中国の企業は外国の先進技術や設備, 資本の導入に積極的な 姿勢を示した。また当時,中国は外国企業から技術移転することを図るため,「市場換 技術(市場を以て外国企業の技術と交換する)」の方針を実施しはじめた。
一方,1978年にGMのトーマス・マーフィー会長が代表団と共に中国を訪問して「合 弁事業」を紹介したことをきっかけに, 中国の自動車企業は海外企業との事業提携や合弁 事業を展開するようになった。
1983年北京汽車とアメリカン・モーターズが共同で中国最初の自動車合弁企業-北京 ジープを設立した。また1986年から実行された「第七次五ヵ年計画」では自動車産業を 国民経済の基幹産業として育成させる方針が決定された。1990年からは, 国務院が自動 車産業を再編し, 「三大三小二微」プロジェクト19を設定した。このプロジェクトはその 後は, これら8社を中心にして中国の自動車産業を発展させていくことを目的としていた が発展していく。
1994年に「汽車工業産業政策」が公布され, 自動車産業発展の焦点と目的が定められ た。当該政策は「国家は自動車企業が資産の合併,および持株制度を通じて部門や地域を 超えた企業グループを形成することを奨励する」ことを規定した20。
こうした一連の取り組みを通じて, 自動車産業はトラックといった商用車の生産から乗 用車生産への本格的な転換を推し進め, 急速に成長を遂げた。
さらに90年代に至って, 長城汽車(1984年に設立), 比亜迪(BYD, 1995年に設立), 奇瑞(1997 年に設立)や吉利(1997 年に設立)などの民営系自動車企業が台頭してき ている。それらの民営系自動車企業は, 「市場換技術」という方針には従わずに, 「自主 開発」の戦略を取っている。
この段階は中国自動車産業の発展における大きな転換点と言える。
19 「三大」は第一汽車, 東風汽車, 上海汽車であり, 「三小」は北京汽車, 天津汽車, 広州汽車である。
「二微」は貴州航空工業総公司, 長安機器製造廠である。それは1987 年に政府は打ち出した政策である
「三大三小」のもとに提出したものである。
20 中華人民共和国国家発展和改革委員会 「汽車工業産業政策」 (国発[1994]17号) 1994年3月12日 を参照。
第3段階(2001年から現在まで)-自主開発の段階
2001年に中国がWTOに加盟したことをきっかけに, 海外企業の中国市場21への参入と 投資が一層拡大するとともに, 輸入車関税も引き下げられた。同時に, 積極的な財政政策 と消費刺激策も実施されている。その例としては「第 11 次5 ヵ年計画(2006~2010 年)」,2004 年と2010年の「汽車工業産業発展政策」や2009年に実施された「汽車産 業調整和振興規划」,が挙げられる22。この「汽車産業調整和振興規划」の中で政府は
「四大四小23」政策を打ち出している。また2010年には低燃費車への補助金制度も設立 されている。この制度は, 購入した排気量が1.6L以下の乗用車の場合, 車両購入税を
7.5%の割合に変更するというものであった24。これら一連の政策により, 海外企業の中国
企業への投資, 中国自動車市場の発展, 自動車企業の自主開発にさらに拍車がかかった。
この第3段階に至って,民営系自動車企業は2008年以降は中国政府からの財政的支援を 受けたこともあって, いくつかの技術にで飛躍的な発展を遂げている。
政府・企業双方の努力の成果は具体的な数値として現れている。2001年には中国の自 動車生産台数は234.15万台に達し, 世界第8位に位置する。また中国国内における自動車 産業は中国のGDPの8.66%を占めるに至っている。2009年には, 中国の自動車生産と販 売台数はそれぞれ世界シェアの22.23%, 20.80%を占め, 米国と日本を抜き世界第1位とな った25。
図2-1は, 2001年-2019年における中国自動車生産と販売台数を示している。
21 とくに日米欧韓国メーカーの新規参入が現れてきた。
22 それらの政策の詳細について本章の2.3をご参照されたい。
23 四大は第一汽車・上海汽車・東風汽車・長安汽車, 四小は北京汽車, 広州汽車, 奇瑞汽車, 中国重汽で ある。
24 通常は10%である。
25 データの出所は『中国自動車工業年鑑』である。
図2-1 2001-2019年中国自動車生産と販売台数
出所:各年度の『中国自動車工業年鑑』,中国汽車工業協会『中国汽車工業産销快訊』
をもとに筆者作成。
2001年-2019年中国自動車生産と販売台数を表した図2-1やその他の資料を参照す るなら, 本段階の中でもさらに三つの発展段階を見分けることができる。①2001年から 2010年のあいだには自動車販売台数は急速的に伸び, 当該産業は急速な成長を遂げてい る。② 2011年から2016年の間には販売台数は着実に増加している。③ 2017年から2019 年までは中国自動車の生産・販売台数は大幅に減少し, 成長率も低下している。この最後 の段階では中国の自動車産業は成熟期に入ったと判断できる。
自動車産業の中でも, 新エネルギー車産業が著しい成長を遂げている。以下の図2-2 では, 主要な新エネルギー車生産国である中国, 米国, 日本とドイツにおける新エネルギ ー車の世界販売シェアの推移を示している。
図2-2 主要な新エネルギー車生産国の世界販売シェアの推移
出所:中国乗用車協会(CPCA)2019中国汽車流通協会年会「2019年汽車市場分析及展 望」をもとに筆者作成。
上記の図から読み取れるように, 中国の新エネルギー車の売上高は2013年以降急速に 伸びており, 2015年の売上高の市場シェアは米国を上回って世界最大の新エネルギー車市 場となっている。2019年までに市場売上高は56%に達している。現在, 中国の新エネル ギー自動車の販売量と成長率はともに世界の第1位となっている。
そこで最後に,中国の新エネルギー車市場に焦点を当てて, 2000年代のその発展段階を 整理しておこう。
この時期政府は新エネルギー車の開発を促進させるため, 多くの支援策を打ち出してい る。例えば2010年には,長春, 上海, 深セン, 杭州, および合肥の5つの実践都市では, プ ラグイン・ハイブリッド乗用車(PHEV)および純粋電気乗用車(EV), 燃料電池車の購 入者に対してそれぞれ最大5万元, 6万元, 25 万元の補助金を支給する制度が施行されて いる。この種の政策を追い風にして中国では新エネルギー車が台頭, 普及しつつある状 況にある。
図2-3は2012年-2019年における中国の新エネルギー自動車の販売台数とその増加率 を示している。
図2-3 2012年-2019年中国新エネルギー車販売台数と増加率
出所:中国汽車工業協会「2019汽車工業運営状況」をもとに筆者作成。
以上の図にある通り, 新エネルギー自動車の販売台数は一時期急激的に増加し, 2019年
には120.6万台に達している。ただし2019年には新エネルギー車補助金の減額, 米中貿易
摩擦といった影響で, 販売台数も減少傾向を示している。補足になるが, 中国新エネルギ ー自動車各種の中心は, 純電気自動車であり, 2019年にはその売上シェアは新エネルギー 自動車市場全体の80.6%を占めている26。