第 2 章 ケース業界の概況とケースの選択
3. 本論文における DC の構成次元への検討
3.2 本論文における DC の構成次元
中国の製造業の場合, 多くの企業は自社のコア技術となる知識を持たず, 外部の技術・
製品の知識を学習・統合する必要がある。また第1章で述べたように, 技術情報革命など の影響により外部環境が変動するなかで, 企業はまずもって自分の置かれた環境を感知す ることが重要であると考えられる。
さらに, 与えられた環境下で組織管理システム, ビジネスモデルを適切に変えていくこ とも企業にとって重要である以上,それを可能にする再構築能力がDCの構成次元として 不可欠であると考えられる。
そこで本論文では中国の製造業の状況を考慮し, DCを環境感知能力(詳細は後述), 学 習能力, 統合能力と再構築能力という4つからなるという仮説を提出する。提案した各次 元について論じている先行研究を表4-3 に示しておく。以下でDCを構成するそれぞれ の次元に説明を与えていくが, その際, この表にある先行研究を適宜参照する。
表 3-4 本論文の DC 各次元の先行研究根拠
DCの構成次元 出所
環境感知能力 Prahalad & Hamel(1990); 李興旺(2006); Wu(2006, 2007); Teece
(2007) ; 董保宝(2011); Jiao et al.(2013); Kwon(2013).
学習能力 Zollo & Winter(2002); Wu(2006,2007,2010) ; 賀小剛等
(2006); Wang & Ahmed(2007); 黄俊(2008); Protogerou et al.
(2012); 董保宝(2011); Lin & Wu(2014).
統合能力 Teece , Pisano & Shuen(1997); Eisenhardt & Martin(2000); Wu
(2006,2007,2010); Wang & Ahmed(2007); 黄俊(2008);
Protogerou et al.(2012); Lin & Wu(2014);Jiao et al.(2013), Kwon
(2013).
再構築能力 Teece , Pisano & Shuen(1997); Eisenhardt & Martin(2000); Teece
(2007); Wu(2010); Jiao et al.(2013); Lin & Wu(2014).
出所:筆者作成。
(1)環境感知能力(Environmental Sensing Capabilities)
環境感知能力とは, 組織が自らを取り巻く外部環境を認識し, 把握する能力である。多 くの論者によって, 環境感知能力がDCを構成する重要な能力のひとつであると論じられ てきた(Ho & Tsai, 2006;Pavlou & El Sawy, 2011;Teece, 2007;Wang & Ahmed, 2007)。
「環境感知」と呼ばれる活動には, 市場や技術のスキャン, 検索, 探索などの一連の活動 が含まれる(Teece, 2007)。
急速に変化する環境下で, 外部環境を感知・検索する能力は, 組織にとって必要不可欠 である(Danneels, 2002; Teece, 2007;Wu, 2006, 2007)。さらに, 資源の潜在的な利点を結 果に変換するには, 独特の感知能力を所有する必要もある(Zhang & Wu, 2013)。この能 力は企業の戦略的な調整にも役立ち(Kwon, 2013), 企業に新しい意思決定ソリューショ ンを提供して, パフォーマンスを向上させもする(Eisenhardt & Martin, 2000; Teece, 2007)。
環境感知能力の内容に関しては, Zahra & George(2002)が参考になる。彼らによると, 環境感知能力には消費者のニーズの変化を識別したり, 市場における新しい機会を発見し たりすることが含まれる。もう少し具体的に言えば, 研究開発に投資することや, 技術的 な可能性を探す傾向(Teece, 2014), あるいは市場機会を特定し(Day, 1994), 顧客の潜 在的なニーズ(Teece, 2007)や産業と市場の構造的進化, 潜在的なサプライヤーと競合他 社の反応, 政策を理解する企業の傾向に反映される。
Teece(1998)は, DCを機会認識能力と機会把握能力に分割した。Teece(2007)による
とDCは外部的に市場機会を認識, 監視, 識別する同時, 内部的に企業が構造調整と資源再
編成を通じて, 市場機会を把握してそれを活用するような能力であると指摘した。企業は テクノロジーがどのように進化したか, および競合他社, サプライヤー, 顧客がいつどの ように対応したかを判断する必要がある(Teece, 2007)。
(2)学習能力(Learning Capabilities)
学習能力とは組織が自らにとって有益な知識を習得し, 組織の知識として定着させる能 力である。学習能力がDCを構成する重要な能力のひとつであることも, やはり多くの論 者に指摘されてきた(Zollo & Winter, 2000;Pavlou & El Sawy, 2011;Ho & Tsai, 2006;
Kim & Mahoney, 2006; Kor, Mahoney & Michael, 2007;Teece, 2007;Wang & Ahmed, 2007;
Wu, 2006, 2007, 2010; Lin & Wu, 2014)。ときにはDCの「基礎」であるとさえ指摘される
こともある(Eisenhardt & Martin, 2000 ; Zollo & Winter, 2002)。
学習能力の重要性については, Eisenhardt & Martin(2000)は次のように説明している。
すなわち, 学習メカニズムはDCの進化と改善を導くだけでなく, 過程依存の基礎も形成 する。具体的には, 反復的なルーチン, 知識のコーディング, エラー(小さな失敗)など すべてがDCの形成に寄与する。
学習能力は, DC形成の前提ではなく, DCそのものと見なされることもある(Ambrosini,
Bowman & Collier, 2009)。学習活動により企業は新しい生産機会を特定し, タスクをよ
り効率的かつ迅速に実行できるようになる(Ambrosini, Bowman & Collier, 2009; Bontis et al., 2002 ; Lin & Wu , 2014; Teece et al. , 1997)。それだけではなく, 企業の能力, 資源の策 定および修正を促進する効果もあり(Zahra & George, 2002; Zollo & Winter, 2002), 能力 のコアリジリティの克服につながるとも指摘されている。
また, 変化する環境下での新製品開発(NPD)過程において, 企業は既存のオペレーシ ョン能力を再構成して, さらに新製品開発の知識を学習し, 新しい知識を創造することに 取り組みが必要であると指摘された(Cohen & Levinthal., 1990; Teece, 2007; Zahra &
George, 2002)。
学習の様態についても様々ある。例えば, 意図的な学習(Zollo & Winter, 2002)から計 画外の学習(Moorman & Miner, 1998), 暗黙知と形式知(Nonaka, 1994; Nonaka &
Takeuchi, 1995)の学習といった幅広い学習モードが存在する。そのなかでもとくに,
Zollo & Winter(2002)は, 意図的な学習メカニズムの重要性を強調する。というのもこ
のメカニズムを通じて, 企業は新しい過程とルーチンを策定することができるからであ
る。またZahra & George(2002)によると, 学習の4つの基本的なルーチンは, 知識の獲
得, 同化, 変換, 活用から成る。
学習の主体は個人, チーム, 組織の3つの次元に分けて考えることができる(Crossan et
al., 1999; Lane & Lubtkin, 1998)。そのなかでもKim(1993)などは, 組織学習の重要性を
強調し, 個人学習を組織学習に引き上げることによってのみ, 組織の知識を前進させるこ とができると論じた。その組織学習に関する研究は, 組織内の学習から組織間の学習へと 視野を広げつつある。例えばBrooks(1994)は, 組織学習研究は組織内の学習(問題の指 摘, 新しいアイデアや新しい情報の共有と議論など)だけでなく, 組織外の学習(組織外 の情報の取得と共有など)にも焦点を当てるべきであると論じている。
組織外の学習過程においては, 他社からの知識の移転が必要になる。しかし,知識の移 転は容易ではなく,情報の粘着性(stickiness)52がその障害となる(椙山, 2001; Von hippel,
1994)。例えば移転されるべき知識に暗黙知が多く含まれる場合には, 移転が困難になる
(Von hippel, 1994)。椙山(2001)は, 知識の粘着性は, 受け手の吸収能力, 移転の動機 づけ, コミュニケーション, 信頼にもとづく互恵的関係といった要因から影響を受けると 述べている。知識移転を阻害する他の要因もある。Szulanski(1996)は多国籍企業を対 象とし, 知識移転の阻害要因として, 知識の因果関係の不明確さ, 信頼性の欠如, モチベ ーション, 吸収能力の欠如, 関係の悪さなどを挙げている。
学習能力との関連で参照されるいまひとつの重要な概念はSenge(1990)が提出した
「学習する組織(Learning Organization)」である。彼によると, 学習する組織とは「革新 的発展的な思考パターンが育まれる組織」であり, そのような組織を構築するために, 自 己マスタリー」「メンタルモデル」「共有ビジョン」「チーム学習」「システムシンキ ング」という 5 つのディシプリンが必要である。Sengeの考えを引き継いで, Garvin
(1993)は学習する組織を「知識を創造・習得, 移転するスキルを有し, 既存の行動様式 を新しい知識や感知を反映しながら変革することのできる組織」として定義している
(p80:邦訳, 104-105)。
Nonaka & Takeuchi (1995)(= 邦訳, 野中・竹内, 1996)は組織的な知識創造のモデ
ルとして「SECI モデル」を提唱した。SECIモデルは「共同化」(暗黙知→暗黙知),
「表出化」(暗黙知→形式知), 「連結化」(形式知→形式知), 「内面化」(形式知→
52 Von Hippel (1994) によると, (所与の場合の所与の単位の)情報の粘着性とは「その単位の情報を
特定の情報の探索者によって使用できる形式で特定の場所に移転するために必要な増分支出」のことで
暗黙知)という4つの知識変換モードを区別する。そして個人・集団・組織間で, これら の過程がスパイラルすることによって新たな知識が創造されるとされる。
(3)統合能力(Integrating Capabilities)
Teece & Pisano(1994), Teece , Pisano & Shuen(1997)などの学者によると, DCの本質 は内部と外部資源を統合する能力である。Eisenhardt & Martin(2000)は統合能力がDC の中核であると指摘する。ここで統合の過程には, 不要な資源の解放と新資源の獲得が含 まれると想定されている。また資源の再構成により, 企業は柔軟な戦略を提供し環境の変 化に適応し, 競争優位を達成するとされる(Helfat & Raubitschek, 2000)。
統合能力の中でも, 知識統合の能力が最も重要な側面であると指摘されている
(Leonard-Barton, 1995;Teece, 2007)。Grant(1996a)は知識統合の過程で重要な役割を 果たすふたつの要因があるという(ただしGrantはもっぱら形式知の移転について論じて いる)。そのひとつ目は,(i)指示マニュアル(direction)である。(i)指示マニュアル は知識をコード化し, そのことによって統合を円滑化する。(Grant, 1996a)。によると, 作業が複雑であればあるほど, その活動が繰り返さなければならない場所が多ければ多 いほど, 成果に対して厳格であればあるほど, 指示マニュアルがより重要になる。知識統 合の過程で重要な役割を果たすもうひとつの要因としてGrantが挙げているのは(ii)組 織ルーチンである。知識の背後にある暗黙的な見方, 価値観, 行動様式等の知識は, 組織 ルーチンを通じて移転が可能になるのである。
そしてもう一つ重要な概念は技術統合である。技術統合に関しては, 多数の学者が異な る視点から研究してきた。技術統合という概念は, Iansiti(1993)によって最初に提案さ れた。Iansiti(1993)は, 技術統合は, 新しい技術, 製品設計, 製造過程, およびユーザー のニーズを並行して考慮する製品開発方法であると指摘した。つまり彼は技術統合が, 社 内の研究開発システムの統合であるという点を強調している。その後, Iansiti(1999)は,
「研究調査-技術統合-実物開発」の3段階の製品開発モデルを提案した。
一方, 中国の文脈では技術統合への理解が異なってくる。例えば, 傅家骥(2003)によ ると, 技術統合とは, 企業が製品のアーキテクチャと製造技術を選択・洗練し, これらの 技術を合理的な製品設計ソリューションおよび製造過程に統合するために使用する体系 的な方法のことを指す。また, 鄧艶, 雷家骕(2006)によると, 技術統合とは, 企業が内