第 1 章 流通チャネル論の研究系譜
3 社会的システムとしてのチャネル研究の展開
25
アメリカにおいては、1960年代後半以降、流通チャネルを1つの社会的システ ムとして捉え、その管理過程に注目するパワー・コンフリクト論が Stern(1969)
によって提唱され、チャネル研究の潮流となってきた。パワー・コンフリクト論は、
ある組織が流通システムでほかの組織の意思決定に影響を及ぼし得る能力(パワ ー)や統制で発生する組織間の対立(コンフリクト)を扱い、その原因や影響とい う行動的・過程的側面を明らかにしようとする考え方である(高嶋、1994、2 頁)。
一般的にパワーはある流通チャネルメンバーが他の流通チャネルメンバーのマー ケティング戦略における意思決定に影響を及ぼしうる能力であり、その形成に関 しては、パワー資源モデル、パワー依存モデルと取引依存度モデルの 3 つのモデ ルが提案されている。
パワー・コンフリクト論について最初の研究は、パワー関係がいかにして形成さ れるかという問題をめぐって展開されており、パワー資源モデルがその代表的な モデルである。French & Raven(1959)はパワーを報酬(reward)、強制(coercive)、
正当性(legitimacy)、同一性(identification)、専門性(expert)という 5 つの資源 に分類している16。パワー資源モデルでは資源の交換からパワーの形成を説明して いるが、それはBlau(1964)による資源交換の不均衡による考え方に基づいてい る。すなわち資源を相互に依存し合う関係にある当事者間で、資源交換の均衡が崩 れるとき、交換当事者の間に交換の不均衡を是正する動機が働き、その結果として パワー関係が形成されるというのである(高嶋、1994、41頁)。
パワーの形成を説明するもう 1 つの代表的なモデルは、Emerson(1962)が提唱 したパワー依存モデルである。パワー依存モデルはパワーを企業間の依存関係に 注目し、すなわち、チャネル・パワー形成に関しては、パワー資源モデルのように 統制可能性の規定因を誘因水準に求めるのではなく、企業間の相互の依存の大き さに求め、相手への依存が大きいほど、その相手企業による統制を受けやすいと 考 え、依存を決める要因として目標の重要性と代替性の 2 つを抽出した。取引依存 度(仕入れ依存度と販売依存度)モデルとは、風呂(1968)に代表されるチャネ ル交渉モデルの中で提示された依存度と交渉力との関係に基づいた考え方である。
取引依存度モデルは組織間の単なる依存関係ではなく、組織間の売買依存関係、つ まり売り手の販売額と買い手の仕入れ額の依存関係から製造業者と流通業者のパ ワー関係を説明するものである。
26
1970年代以降、パワー・コンフリクト論は以上の 3つのモデルを利用して、組 織のパワー形成を説明するとともに、パワーが他のチャネルメンバーの行動に及 ぼす影響について多数の実証研究が行われている。Hunt & Nevin(1974)、Etgar
(1976b、1978)および石井(1983)が代表的な研究として挙げられる。
3-1 Hunt & Nevin(1974)の研究
Hunt & Nevin(1974)は、パワーがチャネルメンバーの行動に及ぼす影響につい
て検証した。Hunt & Nevin(1974)はチャネル・パワーを「流通チャネル内部にお いてあるチャネルメンバーが他のチャネルメンバーの行動を変化する或いは修正 をもたらす能力」(Hunt & Nevin、1974、186頁)と定義し、さらにFrench & Raven
(1959)の5つのパワー資源を強制的パワー資源(coercive power)と非強制的パ ワー資源(non-coercive power)という 2つのパワー資源へと再編している(図 1-1 を参照)。ここで強制的パワー資源は相手に対して実行可能な制裁能力を意味し、
非強制的パワー資源はチャネルメンバーが制裁的な性格を持たず、自らの意思に よって他のメンバーに与える能力を意味している。
パワー 報酬
専門性
正当性
同一性
強制的パワー資源
非強制的パワー資源
図1-1 修正されたパワーモデル
(出所):Hunt & Nevin(1974)、187頁。
French & Raven(1959)はこの分類を検証するために、フランチャイズ契約にお けるフランチャイザーと加盟代理店の関係を対象として、強制的パワー資源、非強 制的パワー資源とパワー行使による影響に関する観点から検証を試みた。検証の 結果としては、強制的パワー資源はチャネルメンバーを統制するパワーの形成に
27
有効である一方で、チャネルメンバーの満足度やコンフリクトの水準に負の影響 を与える。他方で非強制的パワー資源はチャネルメンバーの動機付けや協調志向 を高める傾向がFrench & Raven(1959)によって検証された。
3-2 Etgar(1976b、1978)の研究
Etgar(1976b)によれば、ある特定のチャネルメンバーが他のメンバーを支配・
統制しうる程度は、そのメンバーのもつパワー資源とそのメ ンバーへの依存性に よって決定されることを主張している。つまり、チャネルの支配者が被支配者の行 動をどの程度統制することができるかは、①支配者のパワー資 源、②被支配者の支 配者への依存性、③被支配者の対抗パワーという 3 つの要素によって決定する。
Etgar(1976b)は生命保険会社の独立した代理業者に対する統制関係について調査
し、代理業者の戦略的意思決定諸変数に及ぼす保険会社の支配の程度が、支配者の パワー資源、代理業者の支配者への依存性、そして代理業者の対抗パワーによって どのように決まってくるのかが検討された。検証の結果としては、パワー資源、依 存性、対抗パワーの水準にしたがってパワー構造が形成されることを証明した上 で、①支配者のチャネル統制水準が支配者のパワー資源と被支配者の支配者への 依存度によって規制されており、その影響の方向は正であること、②被支配者は単 に支配者の影響力を一方的に受け入れるのではなく、その影響力に対抗しうる対 抗パワーを形成し、それが支配者の統制水準を相殺させること、が示された(図 1-2を参照)。
支配者のパワー資源
被支配者の支配者への依存性
支配者の支配水準 被支配者の対抗パワー
(+)
(+)
(-)
図1-2 パワーと対抗パワーのモデル
(出所):Etgar(1976b)、276頁。
さらにEtgar(1978)はチャネルにおける5つのパワー資源を再定義し17、経済
28
的観点を基準に18再分類を行った。Etgar(1978)は、報酬と強制のパワー資源を経 済的パワー資源に、そして専門性、正当性及び同一性を非経済的パワー資源に大別 する2分法をとっている。そして 8業界99の流通業者のサンプルを用いて、パワ ー資源のタイプごとの相対的有効性に関する実証的な研究を行った。 検証の結果 として、非経済的なパワー資源よりも経済的パワー資源のほうが チャネル統制の 効果が高い。Etgar(1978)の研究結果から得られる示唆は、流通チャネルにおけ る組織間の関係は非経済的パワー資源によってその関係が強化されるというもの ではなく、支配者の持つ経済的パワー資源を報酬と制裁に利用することで組織間 相互関係が強化されるということである。
3-3 石井(1983)の研究
アメリカでは、1970年代にかけてパワー・コンフリクト論が激しく論じられて おり、特にパワーの源泉と統制力の因果関係について多数の実証研究が試みられ てきた。しかしながら、既存の実証研究に関しては、個々の実証研究の間に矛盾す る結果が観察されていた。石井(1983)は情報19をキー概念として、流通チャネル・
システム内組織間のパワーの発生のプロセスと対立の発生・制 御のプロセスとい うシステム環境との関係に注目している。そして、石井(1983)は情報システム を前提として、いくつかの仮説を導出した上で、日本の製造業者39社のデータを 利用して経験的な検証を行った。実証研究の結果として、不確実性の高い環境にあ るチャネルにおいては、製造業者の情報処理能力が流通業者による在庫・品揃え活 動に対する重要な影響要因となる。しかし、不確実性の低い環境にあるチャネルで は、情報処理能力は重要な影響要因とはならず、報酬と強制という経済的パワー資 源が重要な影響要因となる。
要するに、1970年代にかけて高まりを見せたパワー・コンフリクト論は、モデ ルの提示―検証―修正という経験的研究の展開によって既存のチャネル研究から 大きく前進し、チャネル関係の行動的側面に光を当て、管理技術と直結したインプ リケーションをもたらした(尾崎、1998、9頁)。しかし一方で、チャネルの社会 的側面を重視しすぎるため、その経済的側面や環境的要因を軽視する傾向がある との批判もある。つまり、行動的側面を重視すればするほど、行動がもたらす結果 を心理的要素から捉えがちになり、行動的側面に影響を与えている構造的側面を
29
軽視しやすい。また、環境的要因を軽視すればするほど、チャネル関係や管理が歴 史的にどう変化するかを説明できない。1980 年代以降、チャネルにおけるコスト や成果、利益配分といった経済的側面や、経済的および政治的な環境要因を 分析枠 組みに取り込む政治経済アプローチが注目されるようになった。