第 5 章 大手スーパーの流通システムの変革と取引慣行
3 中国の小売市場における通道費の生成背景
中国では、1978年に改革開放が断行される前、日用品や農産物などの流通は高 度に集中した計画経済にしたがって行われた。また、中国の小売業は少数の百貨 店と無数の零細小売商という構造が一般的であった。1978年の改革開放政策の実 施以降、中国の小売市場は大きく変貌した。とりわけ、1992年、中国政府が小売 分野の対外開放政策を実験的に進めることを決定して以降、海外の小売業者が本 格的に中国市場へ参入し始めた。さらに、1994年以降チェーン経営の発展を推進 する政策が実施されたことを受け、1999年には大手スーパーの「聯華超市」がそ れまで売上高で首位の座を占めてきた「第一百貨店」を初めて追い越した 。その 後、スーパーは大きな成長を遂げた。
3-1 外資の進出とその影響
中国では、外資企業による小売業への参入は、1992年まで原則的に禁止されて きた。それ以前に参入した外資系企業はごく一握りの企業であり、あくまで特例 措置として参入が許可されるにすぎなかった。1992年に開催された「中国共産党 14期三中全会」において社会主義市場体制の形成という経済改革の目標が決定さ れたことを転機として、中国の小売流通は新たな近代化の段階へ進んだ。中国政 府は流通近代化を推進するために、流通開放政策とチェーンストア推進政策を打 ち出し、中国の流通業の成長に大きな刺激を与えた。
中国では、改革開放政策に転じた当初は、根強い産業保護の立場から、政府が
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開放の度合いをまず最小限にし、そのリスクを有効にコントロールできる範囲内 にとどめ、その後漸次開放の範囲を拡大するという方針を採った。対外開放政策 が一定の成果を得たことから、1995 年には外資への規制を緩和し、北京あるいは 上海で 2 社の合弁チェーンストア企業を試験的に設立することを決めた。国内貿 易部は流通業の外資導入についての新たなガイドラインを打ち出した。その中で、
米国のウォルマートやフランスのカルフールなどの国際的な大規模小売 企業が大 量に中国市場に参入するとともに、伝統的な業態である百貨店に代わり、スーパ ーマーケット、アウトレット・モール、ディスカウントストア、コンビニエンス・
ストアなどの新たな業態が中国市場に現れることになった。中国政府の対外開放 は、外資小売企業の中国への進出に触発された内資系小売業の発展に積極的な役 割を果たしている。その役割の一つは、外資の参入により、国内企業同士の合併・
買収が急増し、地場企業の大型化(チェーンストア化)の潮流を加速させ、流通 近代化への歩みを加速させたことである。もう一つは外資小売企業の市場参入に より、海外の先進的な営業、販売方法、管理経験および経営ノウハウなどが中国 の小売市場に移植され、内資のチェーン小売業構造の変革を強く 促進したことで ある。
これらの対外開放政策に加えて、中国政府はチェーンストアの発展を推進する 政策を1994年から本格的に導入し始め、食料品や日用雑貨を扱うスーパーマーケ ットのチェーン化を政策推進の重点課題とした。国務院の方針に基づいて、1995 年 6 月に国内貿易部は「全国チェーン経営発展計画」を制定し、チェーン経営の 原則、目標などを明確に示した。次いで1997年3月に国内貿易部は「チェーンス トア経営管理基準案」を公表し、チェーン経営組織の形態や内容、販売方法、営 業面積などについて、先進国の発展経験を参考にしつつ中国の現状に合った具体 的な要求を定めた。さらに、同年 11 月、「フランチャイズ・チェーン経営管理試 行条例」を公布し、フランチャイズ・チェーンの経営方法、チェーン加盟の条件、
フランチャイザーとフランチャイジーそれぞれの権利と義務などについて規定し た。このように、中国政府によるチェーンストア推進政策は、 当時、改革開放の 拡大と市場経済体制への移行につれて弱体化が進んでいた中小の国有・集団所有 企業が、チェーンストア運営方式の導入によって競争力を高めることを意図して いた。
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このように、中国政府による外資政策の導入とチェーンストア推進政策の実施 は、外資系小売企業の中国市場への進出に大きな発展を促進するものと評価され ている(謝、2000、184-185頁)。外資企業の経営活動は、中国の流通近代化の促 進や消費生活の向上などに大きく寄与し、国内総生産の成長率は毎年 12%を超え、
食料品、衣料などの生活必需品や家電品などの消費が大幅に拡大した16。1990 年 代半ばから、アメリカのウォルマート、フランスのカルフール、ドイツのメトロ といった世界的な巨大小売企業が中国市場に進出しており、外資小売業の企業規 模、管理技術、顧客サービスなどの経営管理の経験が中国企業の手本となってい る。特にカルフールは、1990 年代半ば頃中国全土へ急速に店舗を展開し、大きな 成功を収めた。カルフールが台湾の小売市場で確立した低経営コスト・高収益を 実現する拡張方式は、中国市場でも成功の武器となり、多くの中国の小売企業が カルフールの成功に刺激されてその経営モデルを模倣するようになった。この中 で、後述する通りカルフールの通道費という経営方式が中国の多くの小売業に導 入され、一つの取引慣行として普及するに至った。
3-2 台湾で確立したカルフールの経営方式
フランスのカルフールのアジア戦略は、台湾での成功が契機となり、1990年代 半ば以降加速した。1986年、カルフールはアジアに進出する方針を固め、主要諸 国・地域を市場調査した後、台湾を最初の進出国に決めた。1987年、カルフール は 60% の 出 資 比 率 で 台 湾 最 大 の 食 品 メ ー カ ー で あ る 統 一 企 業 と の 合 弁 で
「PresiCarre Corp」を設立し、1992年までの 5年間に5 店舗のハイパーマーケッ トを出店した。売場面積は 4,300㎡から5,600㎡までの規模であった。1993 年か ら会員制ホールセール・クラブの倉庫型店舗の展開に着手した。倉庫型店舗は1993 年から96年の4 年間で4店舗が開店され、売り場面積は 8,500㎡から 12,200㎡ と初期店舗のほぼ 2 倍にあたる大きな規模であった(矢作、2007、217-219頁)。
カルフールが台湾で大きな成功を収めた要因として主に以下の3つが挙げられる。
第 1 に、進出初期にはハイパーマーケットという業態の革新性が地元小売業者や 競合する外資小売業者に対する競争優位性の基盤となった。低価格でワンストッ プショッピングができるという小売店舗ブランドのコンセプトは台湾の消費者に 広く受容された。第 2 に、分権管理体制の実施によって競争力を高めた。カルフ
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ールは参入初期、各店舗は分権管理のもとで地域の需要に合わせた適切な店舗運 営により、商品と資金を効率よく回転させた。具体的には、生鮮食品、加工食品、
衣料品など各売場担当マネージャーは取引先の選定、品揃え形成、販売促進計画、
在庫管理、価格設定および人事管理まで最終決定を委ねられていた。当初、店長 はフランスからの出向社員であり、各売場の部門長に対して売上高、利益計画の 達成を管理した17。第 3に、他業態への展開によって収益を確保した。カルフール はテナント収入の確保のため、専門店や飲食店をテナントとして導入するショッ ピングセンター方式をいち早く台湾で導入した。第 4 に、いち早く希少資源であ る優れた店舗立地を確保し、そこで顧客の支持基盤を構築して先発者の優位性を 確保した。第 5 として指摘されるのが、上記 4 つが有効に作用するための原動力 としての同社の低コスト・高収益モデルの特異性である。カルフールは 、主に中 小の供給業者から新店舗開業費、各種の販売促進費、祝祭日費などの通道費を徴 収することを通じて低コストの店舗経営を実現した。
カルフールはその後中国、インドネシア、タイなどのアジア諸国へ進出するが、
特に、同一中華文化圏である中国では台湾で蓄積さ れた経験が躍進のテコとして 作用した。低コスト・高収益の拡張方式も中国市場に導入された。
3-3 カルフールの中国市場への進出
1992 年、外資の参入を誘致するために、「超国民待遇」政策と呼ばれる外資優 遇策のもと、中央政府による税制面での優遇や地方政府による企業や店舗立地条 件の優遇などの政策が打ち出された。この政策の実施を受け、カルフールは 1996 年に上海と深圳にハイパーマーケットを出店し、中国市場への大規模な進出を開 始し、台湾で確立した低コスト・高収益モデルの拡張方式の採用を通じて店舗網 の拡大を実現した。カルフールは、主要都市の中心に位置する商業施設あるいは その複合体としての商業地区を借り上げ、その核テナントにカルフールのハイパ ーマーケットを出店し、輸入品も含む幅広い品揃えとワンストップショッピング を提供するとともに、その他のスペースはテナントにサブリースし、店舗の収益 をさらに拡大した。カルフールの商品販売を通じた利益への依存度は 20%程度に 過ぎず、残りの80%は商業施設のサブリースによる家賃収入によって賄われてい るという(東・葉、2011、24頁)。