第 1 章 流通チャネル論の研究系譜
5 垂直的協働のパラダイム
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ンフリクト論が抱える問題を基本的に受け継ぐことにな った(渡辺、1997、42頁)
という理論的な限界が見られる。このように、政治経済アプローチにおけるチャネ ル関係の捉え方は、パワー・コンフリクト論とのチャネル関係の捉え方とあまり変 わっていないため、1980年の政治経済アプローチはパワーに代えて影響力といっ た用語を用いることが多かった。
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パートナーシップという新たなチャネル関係が注目されるようになった。1990年 代以降、アメリカの影響を受け、多くのチャネル研究者がパートナーシップに照準 を合わせ、製販間の新たな取り組みを本格的に理論化しようとする動きが広がっ てきた。近年、チャネルの研究も長期支配的なパラダイムであったパワー・コン フ リクト論から、チャネル・パートナーシップ論へと変わっている。本節では、新し いチャネル研究パラダイムとしての垂直的協働関係論に焦点を当てて、アメリカ の協調的関係論と日本のチャネル・パートナーシップ論の展開についてレビュー する。
5-1 アメリカにおける協調的関係論の展開
1980年代以降、パワー・コンフリクト論に代わって組織間の対等的かつ継続的 な協調関係に注目する協調関係論がチャネル研究の中心となった。その初期の代 表研究として挙げられるのはArndt(1979)の「内部化市場モデル」である。Arndt
(1979)は、市場取引を組織的な内部取引に代替することによって、①需給調整 に関する不確実性の吸収、②交渉手続きのルーティン化による取引効率の 向上、③ 経営資源のプールによる規模の経済及び余剰資源の有効活用が実現され 、経済的 優位性が もた らされ る として、 チャ ネルの 協 調的関係 の形 成を説 明 している。
Dwyer, Schurr & Oh(1987)は内部化市場モデルに触発され、買い手と売り手関係 の視点から「関係的交換モデル」(relational exchange)を提唱している。Dwyer,Schurr
& Oh(1987)は先ず関係的交換に関する先行研究を参照し、買い手と売り手との 取 引 関 係 に つ い て は 、 内 部 化 市 場 モ デ ル で 指 摘 さ れ た 市 場 取 引 を 離 散 型 取 引
(discrete transaction)とその対極概念としての関係交換取引に分類し、企業行動の 比較を行った。関係的交換モデルによる取引関係においては、信頼や人的結合など の取引当事者間の社会的な関係が確立されると、当該取引関係は交換から長期継 続的な関係的交換へと変化することができる。結果的に企業間の協調的関係は長 期的関係取引となって協働関係を構築し、それぞれの相互依存関係の中で、取引基 準の構築、パワーの調整、コミュニケーションの向上などによって価値の共有や協 調関係に基づいた新たなガバナンスが構築され、得た成果は経済的なものだけで はなく非経済的なものや社会的満足をも包括している。Arndt(1979)の「内部化 市場モデル」とDwyer,Schurr & Oh(1987)の「関係的交換モデル」とは、信頼と
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コミットメントに基づく協調をキー・コンセプトとして前面に立て 、明るいイメー ジのチャネル論が提示された(崔、1993)という評価を受けて、数多くの実証研 究が行われている。以下では、信頼、取引コストおよびパワーバランスという3つ のアプローチから代表的な実証研究を簡単にまとめる。
5-1-1 信頼アプローチ
(1)Anderson & Weitz(1989)の研究―信頼・コミュニケーション
Anderson & Weitz(1989)はパワー・コンフリクト論の鍵概念であったパワーに 代わって信頼とコミュニケーション概念を導入し、「取引関係の継続性」の問題を 中心に、買い手と売り手の取引が安定的に継続するための条件について検討して いる。Anderson & Weitz(1989)は、取引相手との信頼21やコミュニケーションに よって関係継続性への期待水準が高まるという仮説を設定し、電子製品における 独 立 販 売 代 理 店 を 対 象 に 製 造 業 者 と の 関 係 に つ い て 実 証 研 究 を 行 っ て い る 。
Anderson & Weitzの研究結果としては、チャネル関係の継続性は人的関係 を通じて
醸成される信頼関係の水準に依存することが検証されたが、コミュニケーション が関係継続性への期待に及ぼす予期の影響は確認されなかった (図 1-5 を参照)。
図1-5 信頼―コミュニケーションのモデル
(注):点線の矢印は実証分析より統計的に支持されなかったことを示す。
提供される支援
目標の一致性
文化的類似性
対境担当者の能力
信頼
コミュニケーション
パワーの不均衡性
関係継続性への期待
利害関係
否定的評判
関係継続期間 (+)
(+) (+)
(+)
(+)
(+) (+)
(-)
(+) (+)
(+) (+)
(+)
(-)
(-) (+) (-)
(-)
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(出所):Anderson & Weitz(1989)、311頁をもとに筆者が加筆・修正。
(2)Morgan & Hunt(1994)の研究――信頼・コミットメント
Morgan & Hunt(1994)はチャネル組織間の継続的取引関係を「信頼」と「コミ ットメント」との結合概念によって説明しようとしている。Morgan & Hunt(1994)
は「信頼」と「コミットメント」の結合概念に、それぞれ先行変数(関係終結コス ト、関係ベネフィット、価値の共有度、コミュニケーション、機会主義的行動)と 結果変数(黙従、関係離脱への傾向、協調、機能的コンフリクト、意思決定の不確 実性)を設けている。各変数がそれぞれ正または負に中心概念に影響を及ぼし、あ るいは影響を受けている。これらの変数の変動によって「信頼」と「コミットメン ト」の度合いが変化し、継続的取引関係の度合いも変動すると考える。そして製造 業者との取引関係を明確するため、自動車用タイヤのディーラーに対して調査を 実施した。共分散構造分析を用いてその調査データを分析した結果、図 1-6 に示 されるように、大半の因果仮説は統計的に支持されたが、「信頼」が「コミットメ ント」にプラスの影響を与える一方で、「コミットメント」が「信頼」にどう影響 するかは示されていないことがわかった。つまり、コミットメントよりも信頼のほ うが協調度に大きな影響を及ぼすことが示唆されている。
図1-6 信頼―コミットメントモデル
(注):点線の矢印は実証分析より統計的に支持されなかったことを示す。
機会主義的行動
黙従
関係離脱への傾向
協調
機能的コンフリクト
不確実性 関係的コミットメント
信頼 関係終結コスト
関係ベネフィット
価値共有
コミュニケーション
(+) (+) (+)
(+) (+)
(+)
(+)
(+) (+) (-) (-)
(-)
(+)
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(出所):Morgan & Hunt(1994)、22頁をもとに筆者が加筆・修正。
5-1-2 取引コストアプローチ
(1)Heide & John(1990)の研究―資産特殊性・環境不確実性
Coase(1937)は取引コスト(transaction-cost)を「取引相手や財の品質・価格に ついての情報を授受するための探索費用」「契約内容に合意するための交渉費用」
及び「合 意し た契約 内 容を相手 に確 実に守 ら せるため の執 行費用 」 と定義し、
Williamson(1975)によってその理念が精緻化された。Williamsonの取引コスト論
は限定合理性と機会主義的行動の行動仮定と不確実性の環境仮定から出発し、そ の後、関係特定的投資ないしは資産特殊性22の概念を導入した。取引コスト論の中 心内容としては、市場取引の実行には取引相手の探索、契約締結に向けた交渉、さ らに契約の履行が求められるものの、環境の不確実性や取引に伴う投資の特殊性 が高くなるにつれ、取引コストが増大する(結城、2014、58頁)。このような状況 に直面する組織は、中間組織や垂直統合という代替的な取引形態の採用を通じて、
取引コストの削減を実現することができる。
Heide & John(1990)は、Williamson(1975)の取引コスト論に基づいて取引コ スト最小化の観点から関係特定的投資や不確実性の程度が取引成果や取引行動に 与える影響について説明しようとしている。Heide & John(1990)のモデルでは、
買い手(製造業者)と売り手(部品供給業者)の取引関係を分析対象に設定し、買 い手の立場から共同行動(組織境界の相互浸透度、協調関係に対応)の先行条件に ついて仮説を設定している。すなわち、①買い手及び売り手による関係特定的投資 が直接的に、あるいは取引継続性への期待を高めること を通じて間接的に共同行 動を促すこと、②将来的な技術的要求水準の不確実性が高ければ、取引継続性への 期待が低くなること、③取引相手から得られる成果の不確実性が高い場合には売 り手能力の検証努力によって共同行動が促されること、という 3 つの取引関係が 検証された(渡辺、1997、66頁)。Heide & John(1990)のモデルは図1-7に示し ている。
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共同行動 買手の取引特定的投資
売手の関係特定的投資
数量的不確実性
技術的不確実性
成果の不確実性 供給側能力の実証 取引継続性への期待
(+) (+)
(+)
(+)
(+) (+)
(+)
(-) (+)
(+)
図1-7 Heide & John(1990)のモデルの仮説と分析結果
(注):点線の矢印は実証分析より統計的に支持されなかったことを示す。
(出所):Heide & John(1990)、26頁をもとに筆者が加筆・修正。
5-1-3 パワーバランスのアプローチ
(1)Bucklin & Sengupta(1993)23の研究
パワー・コンフリクト論は、パワーの不均衡に基づく組織間の統制問題が議論の 中心であるが、協調的関係論のパワーバランスのアプローチは、パワーの不均衡が 組織間の相互同調を阻害することとパワーや依存関係の対称性が協調関係を生み 出すこと、という2 つの正反対の課題に注目している。Bucklin & Sengupta(1993)
によれば、組織間においてはもしパワーの不均衡が生じれば、弱いパワーを持つ組 織は相手組織から資源やスキル等を一方的に搾取されるリスクが潜在する。一方、
弱いパワーを持つ組織がこのリスクを懸念し、自らの資源提供や協力を抑えたり 他組織との代替的な協調関係を探したりする等の消極的な態度を相手組織に見せ れば、相手組織も自身の協力度を下げてしまい、当該組織間の協調関係が失敗する 可能性が高いと指摘している。Bucklin & Sengupta(1993)は、アメリカのコンピ ューター産業と半導体産業に属する企業から得られた調 査データを利用して実証 研究を行った。結果として、一方の組織にパワーが偏在する場合、その不均衡の度