1 はじめに
本章では、中国では大型百貨店をはじめ今日多くの小売企業で一般的に採用されて いる聯営制1に焦点を当て、改革開放以降の小売流通政策、小売市場の競争環境と百貨 店の経営活動の観点から、聯営制の形成要因および制度化の過程を明らかにする。
中国では 1970 年代後半から改革開放が始まり、その後、百貨店が飛躍的に発展す るとともに、その経営方式にも大きな変化が起きた。多くの百貨店は伝統的な自主経 営(自主経営)から聯営の経営方式に切り替わり、近年、聯営商品の比率は90%以上 に達している2。本論文においては聯営を次のように定義する。すなわち、百貨店がリ スク回避を前提として、企業誘致の方式で有名な商品やブランド品を導入し、供給業 者が商品の販売や在庫管理などの日常の運営をするとともに、百貨店は供給業者から 賃貸料、管理費などの日常運営のための固定費のほか、売上の一定の割合を控除し、
粗利益として徴収するという売場経営方式の一種である。
欧米では多くの百貨店は買い手の危険負担という古くからの商取引原則に基づいて、
売れ残り商品のリスクとコストを百貨店が負担すべきであると考え、自主経営を行っ ている3。それに対して、日本の百貨店の多くは欧米の百貨店と正反対の取引原則、す なわち売り手の危険負担の商取引原則である委託仕入れ4を一般に採用している。近年、
日本の百貨店は長年にわたって経営不振に陥っており、特にバブル崩壊後、百貨店の 売上が連続的に低下している。その原因としては小売市場全体の成長の鈍化、スーパ ーや量販店などの他業態の成長による過当競争など多くの要因が考えられるが、委託 仕入れ制度も主な要因として指摘されることが多い5。
中国の百貨店の聯営制は、1980年代に中国の商業体制改革を背景として大型百貨店 により導入され、1990年代後半から2000年頃にかけて百貨店の主要な経営方式とし て定着した。近年、聯営制は委託仕入れと同様に小売機能の低下をもたらした元凶と して業界関係者や研究者から批判され、百貨店の経営方式を自主経営にするか、それ とも聯営にするかに関する検討が一層差し迫った課題になっている。大多数の議論は、
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自主経営が中国百貨店の低収益性を改善できる唯一の処方であると主張している6。少 数の研究者は、百貨店の低収益性の問題解消の焦点は、盲目的に自主経営に転換する ことではないと論じ、周囲の環境や自身の条件を踏まえて聯営の是非を考えなければ ならないと指摘している7。
本章は、歴史的な視点から聯営制の形成と制度化の過程に焦点を絞って論じようと するものである。これには次のような意義がある。近年、中国の百貨店に関する研究 は、聯営制がマーチャンダイジング能力の減退や売場の同質化、さらには収益性の悪 化をもたらす要因であるとして批判的に捉えるものが多い。しかし一方で、その多く は百貨店の経営モデルを変え、すなわち、聯営を捨て、自主経営に回帰すべきと主張 するにとどまり、聯営制に代わる新たなビジネスモデルの提示が十分になされてきた とは言い難い。歴史的に見れば、聯営制の生成は、中国の商業体制改革という特殊な 背景の下で、百貨店が経営資源の欠如を補完するために導入した制度である。多くの 研究は、そのことを踏まえず聯営制の弊害のみに関心が集中する傾向があり、単に一 面的であるのみならず、非現実的ですらある。さらに、従来の研究は、ミクロな視点 に立ち百貨店の経営問題として聯営制を取り上げたものがほとんどであるが、聯営制 の形成要因と制度化の過程を論じるためには、中国の流通政策と市場の競争環境とい うマクロな観点からの分析が不可欠である。
中国の百貨店の聯営制は日本の取引慣行である委託仕入れ・返品制と表面上は類似 点が多くみられ、聯営制が日本の委託仕入れと同じ制度であると指摘している中国人 の研究者もいる8。しかしながら、法的規制を逃れ合法的に商品の返品を実現するため の方策であった日本の委託仕入れ(江尻、2003、89頁)と、改革開放を推し進める政 府の様々な商業改革政策に裏付けられながら制度として定着した聯営制とでは、その 形成過程は大きく異なる。したがって、歴史的な側面から聯営制の形成過程を把握す ることは、日本の委託仕入れと中国の聯営との異同を議論するうえで不可欠であり、
国際比較の面でも大きな理論的意義がある。
本章では、百貨店の外部環境要因と内部要因に注目して、中国の大型百貨店におけ る聯営制の生成・発展要因を分析したい。具体的には、外部環境要因として、①政府 の流通政策、②市場の競争環境、の2 点を中心に検討する。内部要因としては百貨店
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の経営資源に焦点を当てる。対象となる時期については、改革開放以降、聯営制が定 着する2000 年代初頭までを中心に分析する。中国では建国後から 1977 年までの30 年近くの間、百貨店は小売機能というよりむしろ配給機関としての機能を担ってきた に過ぎず、1978 年から百貨店は小売機能を徐々に回復した。1980 年代の百貨店は政 府の流通体制改革(所有制の構造改革、市場経済方式への改革および国有流通企業の 体制改革の3 つを中心に展開した体制改革)により前期成長期を迎えた。この時期の 百貨店は、①構造的な供給不足、②国の独占政策による保護、③都市中心部の好立地 という3 つの条件下で自らの改革、すなわち、店舗の改装・増床、品揃えやサービス 水準の強化などを行わないまま成長した。1990年代前半の百貨店は政府の対外開放政 策で大きな成長を遂げた。1990年代初頭から始まった小売分野の対外開放により大量 の外資百貨店が中国市場に進出した。国内の百貨店は外資百貨店の店舗運営を手本と して自ら革新を行い、政府の政策も相まって急速に発展した。1990年代後半から2000 年代初頭にかけて、国有百貨店の従来の優位性が次第に失われ、多くの百貨店が経営 不振に陥る中で、聯営制が一種の経営方式として定着した。その後、聯営制は全国の 大型百貨店において広範囲に採用されるにいたった。これらのことを踏まえて、本章 では、①1980年代の前期成長期、②1990年代前半の後期成長期、③1990年代後半か ら 2000 年代初頭までの成熟期という三段階に分けて、聯営制の形成と制度化の過程 を分析する9。
なお、本章の研究対象は、大型百貨店に限定されている。『中国統計年鑑』や『中国 商業年鑑』では、一定規模以上、具体的には従業員が 60 人以上、年間売上が 500 万 元以上の百貨店を大型百貨店として定義している。本章において中小百貨店を取り上 げない理由としては以下の2点が挙げられる。第1に、中小百貨店では聯営制があま り見られないことである。よって、聯営の形成過程を論じる上で、中小百貨店を含め て検討する必要性は低い。第2 に、分析において本研究が利用した統計データは『中 国統計年鑑』、『中国百貨行業発展報告』と『中国商業年鑑』であることである。これ らはいずれも大型百貨店のデータだけを公開している。このように、中小百貨店を研 究対象とするには資料の制約が大きい。
以下、本章第 2 節では、中国改革開放後の 1980 年代の小売流通政策を概観し、政
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府の政策の下で百貨店の経営方式がどのように変容したかを明らかにする。第3 節で は 1990 年代前半における百貨店の市場競争環境を分析し、その環境の中で百貨店が どのように自己革新を果たしたのかを明確にする。第 4 節では 1990 年代後半から世 紀転換期にかけての百貨店の経営資源を分析し、聯営制への転換過程を論じる。最後 に第5節では本章の結論を示す。
2 改革開放後の流通政策と百貨店の経営方式変革(1980 年代)
1978年に改革開放が断行される直前まで、中国経済全体を支えていたのは、国営企 業と集団所有企業であった。1950年から中国政府による計画経済が始まり、すべての 百貨店は共産党政権によって国営化された。当時の中国は物資不足の時代であり、百 貨店は流通において支配的な地位を占めていたため、百貨店の経営のすべては行政部 門として管理され、商品流通機能の大部分を担っていた。つまり、百貨店は一次卸か ら商品を仕入れ、他の小売業者に販売する一方で、直接消費者に商品を販売する機能 も果たしていた10。1978 年まで 30 年近くの間、中国の百貨店は国家の計画下、商品 を配給する機能を果たしたに過ぎなかった。この時期の百貨店はすべての経営権を中 国政府が掌握しており、独占政策によって保護されながら発展してきた。計画経済体 制の下で商品配給機関として機能をした百貨店は、1978年の改革開放の実施以降大き く変容した。
2-1 改革開放後における小売段階の流通改革
1978 年「共産党第11 期三中全会」において、政府は経済体制の改革を決定すると 同時に対外開放政策を計画した。1980年から実験的に5 か所の経済特区が設置され、
中国の小売市場は大きく変貌した。1980年代から90年代を通して、中国政府は計画 経済期の企業経営の低効率の問題に対して一連の流通政策を実施し、小売業の近代化 を促進した。改革の結果、商品の配給制度の崩壊と価格統制の廃止によって小売価格 の自由化が実現するとともに、企業に自主経営権が与えられたことで、小売業は自ら の判断にしたがって商品在庫を保有できるようになった。