第 7 章 日本の流通システムの変革とパートナーシップ型 流通システムの生成
3 日本におけるパートナーシップ型流通システムの構築
3-1 大丸とワールドの共同売場開発
日本では長い歴史を持っている百貨店業界は、バブル崩壊後、低迷が続いてい る。近年、百貨店業界の低迷を伝える論調では、その低迷の要因は外部と内部の 2 つの側面から分析されている。外部要因としては、一般的に消費者の成熟化・多 様化という市場環境と、百貨店の過剰出店・増床や異業態の大量出現という競争 環境が指摘される。内部要因としては、返品制と派遣店員制をセットにした委託 仕入れ制度にあるとよく指摘される。日本の百貨店の商品仕入れは買取り仕入れ、
委託仕入れおよび売上仕入れ(消化仕入れ)という 3 つの形態から成り立ってい る。買取り仕入れは売買の完結により、商品の所有権が移転する仕入れ形態であ る。委託仕入れは供給業者から商品の販売の委託を受け、販売されたものについ て一定の手数料を取る仕入れ方式である。委託仕入れは戦後復興期の 1954年頃に オンワード樫山が百貨店に提案して導入した取引制度であると一般に言われてお り、それに付随する返品制と派遣店員制の利用に伴って拡大した(高岡、1997)。
委託仕入れの百貨店は商品所有に伴うリスクを回避できる代わりに、通常の仕入 れ方式に比べてマージンが縮小する。委託仕入れのもう一つの問題は、仕入れの 機能を取引先に依存することから、百貨店の自主的なマーチャンダイジング(MD)
能力が低下することである。その結果、百貨店の営業力を弱体化させ、競合相手 と差別化することが困難となり、売上の減少や粗利益の低下に陥るとよく指摘さ れる(高岡、1997;江尻、2003)。売上仕入れとは百貨店に陳列する商品の所有 権を納入業者に残しておいて、百貨店で売上が計上されたと同時に、仕入れが計 上されるという仕入れ形態である。売上仕入れの取引形態は百貨店が商品の仕入 れと販売で生じた在庫コストや売れ残りのリスクを供給業者に転嫁することがで きると同時に、返品と派遣店員の経済的優位性を享受することができるため、1990 年代以降、急増した(矢作、2011、290頁)。しかし、売上仕入れも委託仕入れと 同様に返品と派遣店員により一定の売れ残りのリスクを回避する反面、 仕入れや 販売の機能を取引先に依存するため、百貨店の自主的な MD 能力が低下し、低収 益の体質をもたらす原因となる。1990年代以降の各百貨店は、失った MD能力を
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取り戻す戦略を模索し始めた。大丸は「仕入れをするかどうか」という百貨店内 部の二元論から離れ、取引先との協働関係に視点を入れて、取引先と共同で店舗 運営を改革しMD能力の回復を目指した(新井田、2010)。
バブル崩壊後の大丸は、売上偏重と利益志向の欠如、マーケット対応の弱さと 採算性の見通しの甘さなどの問題に対応するため、店舗のリニューアルに巨額の 資金を投入したが、期待された成果が出なかった。当時、大丸の売場は買取り仕 入れモデルと売上仕入れモデルが混在していたにもかかわらず、買取り仕入れ時 代の発想のままの業務体系となっていた(奥田、2014、151頁)。そのため、百貨 店にとって大事な店頭業務において販売とそれに付随する業務が混在し、供給業 者の派遣社員と大丸の社員の職務や役割も曖昧であった。例えば、売上仕入れの 売場では供給業者の派遣店員が販売業務を担当し、大丸の社員は商品発注や売上 分析などの後方業務を中心に従事した。買取り仕入れの 売場でも、販売業務の大 半を供給業者の派遣店員に依存していた。大丸は直面している課題を克服するた め、1998年から組織を仕組み化することによる営業改革がスタートした。営業改 革は「接客パターンの分類」「売場運営形態別のマネジメント」「店頭業務の再設 計」という3つの切口を柱として始まった(同上、153頁)。そのなかで、最小の コストで最大の顧客満足を実現するため、取引先と百貨店との役割分担を明確化 し、それぞれがしっかりと役割を遂行しながら、取引先と協働で商品開発・売場 開発に力を注いだ4。2001年、大丸は、ワールドと協働して人材やノウハウを出し 合い、「esche(エッシュ)」というブランドを共同企画するパートナーシップ型事 業を行った。
2001年、大丸梅田店では大幅な改装工事が行われ、婦人服部門の戦略ブランド を企画する際、ワールドと共同でバーチャルカンパニー(仮想企業)を発足した。
そこでは、大丸とワールドは従来の仕入れ先・納品先という取引関係ではなく、
事業パートナーとしてバーチャルな共同事業体を形成し、事業計画の立案から運 営・利益配分に至るまでを協働する。具体的には、両社は専属スタッフ組織を結 成し、役割分担や責任を明確にした上で、商品企画から売れ切るまでの業務プロ セスを共同で完成する。大丸は販売・店頭面を担当し、ワールドは MD 面の業務 を中心に担当した。大丸はワールドとのコミュニケーションを密にするため、週 ごとにミーティングを開催し、商品動向分析・顧客分析など の情報を積極的に開 示し、データベースの共有化を通じて、迅速 で精度の高い商品管理と、店頭で収
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集されるお客様のご要望に即応できる商品開発・売場づくりを行った。
また、大丸は取引先の知識と情報を獲得するため、自社のバイヤー・販売員を 取引先に派遣する場合も多い。例えば、大丸は婦人服のバイヤーを取引先企業に 派遣し、店舗関連の業務、生産関連の業務および企画関連の業務について勉強さ せる。そして得られた知識と情報は発注や販売業務にフィードバックする (新井 田、2010、212-214頁)。このように、大丸は、取引先との密な情報交換を通じて 厚い信頼関係を構築した5。近年、大丸は店舗の物件についても取引先と協働して 店舗を開発するケースが多いという6。
3-2 イトーヨーカ堂のチームマーチャンダイジングによる共同開発
イトーヨーカ堂は 1960 年代の高度経済成長に伴って大きな成長を遂げた7。 1967 年、流通業界の先頭に立ってコンピューターを導入し、1972 年には東京証 券取引所第二部市場に上場した。1973年に株式会社のヨークセブン(現:セブン
-イレブン・ジャパン)とデニーズ・ジャパンを設立した。1981年にイトーヨー カ堂は経常利益が 229.7 億円で三越百貨店を超えて日本一の小売企業となった。
しかし、1982年7月は、イトーヨーカ堂、ジャスコ、西友ストアなどの大手総合 スーパー各社は既存店売上高が軒並み前年同月の実績を下回った8。イトーヨーカ 堂は創業以来初の減益となった。当時、イトーヨーカ堂は買い手市場の到来に気 付かず、売り手市場の発想のままで店舗を経営し、環境の変化に対応できていな かった9。このような背景の下で、1982年1月にイトーヨーカ堂の業務改革委員会 が発足し、業務改革が開始した。改革の中で、死に筋の排除による過剰 在庫の削 減は大きな成果を挙げて驚異的な利益成長を遂げた。しかし、バブル崩壊後、金 融危機やデフレ不況という厳しい消費環境が続く中で、総合スーパーの成長は鈍 化し始め、「スーパー冬の時代」の到来が宣伝されるようになった。この状況の中 で、イトーヨーカ堂は供給業者と連携し、無駄のない合理的流通体制を築か なけ ればならない。イトーヨーカ堂は 1990 年代から情報システムが変更され、POS データを活用した単品管理が本格的に始まる と同時に、衣料品の分野では、アパ レル業者との組織を横断したプロジェクトチームによる業務改革、つまりチーム マーチャンダイジング(以下「チーム MD」)の取り組みを通じて不振から抜け出 した。チーム MD とは、イトーヨーカ堂が素材メーカーや縫製工場、染色工場な どの取引先とチームを組み、共同で各専門分野の知恵と情報を出し合って、一つ
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の商品を作り上げていく方式である(溝上、2002、154頁)。つまり、チーム MD の元で、小売業者が消費者の情報を収集して分析した後、それらの分析結果を製 造業者に提供することによって、顧客のニーズにあった新商品の共同開発が可能 である。1990 年代に入ってからイトーヨーカ堂は衣料品分野においてチーム MD に取り組み始めた。衣料品分野のチーム MD は原糸メーカーとも話し合い、発注 に応じる生産体制を構築することによって商品の在庫負担が削減され、調達、生 産、物流および販売プロセスで生まれるロスやムダを排除することができる10。す なわち、イトーヨーカ堂は、アパレルメーカー、素材メーカー、縫製メーカーな どと一緒に新しい商品をつくるためのチームを編成し、お互いの持つ情報やノウ ハウを出し合って相談しながら商品の開発や 在庫ロス削減の取り組みを実施する ことで、それぞれの知恵を出し合い、より顧客のニーズにあった服をつくること ができる。チーム MD の手法は、イトーヨーカ堂の情報収集力、商品提案力、販 売力および信用力を必要とし、他社には容易に模倣 できない協働性・戦略性・排 他性の極めて高いパートナーシップ関係である。1992年、イトーヨーカ堂が衣料 品分野に投入した「新合繊ポロシャツ」はチーム MD の初期の成功例であった。
当時、デパートで販売されるポロシャツは6,000円-12,000円の価格であったが、
「新合繊プロシャツ」では品質を落とさずに 2,900 円の小売価格が実現された11。 その後、セーター、トレーナーの商品にも自社開発商品のプロジェクトチームを 編成した。イトーヨーカ堂の新合繊ポロシャツでは、チーム MD の取り組みによ り、商品開発期間の短縮、市場に対応した商品の開発、期中での補充生産による 機会損失の削減を実現した。イトーヨーカ堂が商品開発においてチームメンバー と相互に資源を補完したことに加え、対等な関係作りを通じて信頼関係を構築し たこと12もチーム MD の取り組みを成功させた大きな要因である。1995 年、イト ーヨーカ堂は客単価を上げるため、コーディネートを前提とした商品作りをチー ム MD に反映させ、さらに進化した MD を展開した。つまり、コーディネートの 知識を通じて新合繊ポロシャツを着る際、どんな風合いのズボンが似合うのかと いう着こなしを重視するようになり、チーム MD も複数のチームを巻き込んで、
それぞれの間の情報の共有化を密にし、より高いレベルの商品開発を行うように なった。