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社会的アイデンティティの捉え方への示唆

第 6 章 日系ペルー人児童が表出するアイデンティティの多様性

6.2.2. 社会的アイデンティティの捉え方への示唆

第2章で述べたように、社会的アイデンティティとは、個人が所属する階層階級に対す る意識及び所属集団の一員としての意識及び行動であると言う。本節では、テレサが意識 している、自分が所属しているコミュニティ及び階層階級について述べる。

テレサは自分が日系社会に所属していることを意識しているのか、ということに興味を 持っていた筆者は2011年5月21日に実施した半構造化インタビューを行った時、日系と いうことばについてテレサに聞いた。

1)「私の将来」の文章作成:第一回の指導のブレインストーミング

支援者はテレサと話し合い始めた時、将来についての質問は単純すぎるといった顔をし て、驚いた様子だった。

エピソード7 <みんなと同じだよ。高校に入って、大学、仕事、結婚でしょ>

支援者がテレサに将来何をしたいかと聞くと、テレサは分からない顔をして、「みんなと 同じじゃないの。まず高校に入って、次、大学に入って、仕事を見つけて、結婚する」と 答えた。どういうことを大学で勉強したのかと聞くと、「スペイン語を学ぶ」と言って、文 章の「教育」というところにびっくりマークをつけて書いた。(中略)続いて、大学 2 年 生もしくは3年生の時、友達と旅行して、アメリカへ行きたいとテレサは言った。(中略)

支援者は家族について聞くと、日本人と結婚したいと言って、「相手は、ずっと日本に居た から、日本人がいい」と書いた。

2011年10月15日のフィールドノーツより

このように、テレサは日本社会において高く評価されることの価値をシェアしているこ とがわかる。高校や大学への進学は勿論、仕事を見つけることや家庭を作ることを大切に するテレサは、大学時代アメリカへの憧れの旅行まで、日本人の若者と同様の価値観を持 っていること浮き彫りとなる。さらに、将来の相手は「日本人がいい」と言って、「自分が

ずっと日本に居たから」ということを理由づけとして言う。おそらく、この言葉の裏には、

「日本人が一番分かりやすい、話しやすい人であり、良く知っている人」ということがあ ると予測できる。そしてテレサはまだ意識していないかもしれないが、テレサは日本人と 同様の価値観を持っているため、日本人との人間関係を順調に構築できる可能性が高いと 考えられる。

このエピソードは、テレサが自分を日本社会の一員として捉えていると解釈できる。自 分がずっと日本に住んでおり、皆と同様のこと(保育園や小中学校)をやってきたため、

これからのことも皆と同じようなことになるだろうと考えているといえる。高校受験や日 本語の勉強を優先し、スペイン語を大学で勉強することやペルーではなくアメリカへ行き たいという希望もテレサが大切に思っていることが日本人の若者と共通していることの証 拠であると考えられる。

今回の指導以外でも、テレサが日本社会とのつながりがやや強いということが明らかと なったエピソードや出来事が沢山あった。次にその中で筆者にとって最も印象的だったエ ピソードを二つ紹介する。

エピソード8 <先生は外人だから知らないんだ>

テレサは AKB48が大好きで、ペンケースのストラップやノートにAKB48のメンバー

が映ったものが沢山ある。なぜこのようなものを選ぶのかと聞く、テレサはびっくりして、

「だって、みんな好きでしょ。可愛いし、歌がうまいし、スタイルがいい。みんな大好き よ。あ、でも、先生って外人だから、知らないんだ」とテレサは言った。「まあ、一人一人 の名前は分からないけど、グループの名前は知っている。そして知らない理由は、国籍で はなく、興味がないからね。AKB48 はテレサみたいな女の子、中高生の子に人気がある かなと思ってたよ。外国人だからではなく、世代が違うからね」と支援者は説明した。「い や、お父さんも先生も大好きだから、年齢は関係ないと思う」とテレサは支援者の説明に 納得しなかった。

2010年12月18日のフィールドノーツより

このエピソードでは、テレサが多くの日本人女子中高生が好きなものである AKB48が 好きであることがわかる。テレサは自分がAKB48を好きな理由として、筆者が他の人か ら聞いたことやマスメディアで書かれていたことを挙げている。そして、筆者は AKB48

のことをよく知らない理由を「外人だから」と解釈する。日本人は年齢や性別と関係なく、

皆AKB48が大好きだと信じており、「好きじゃない人は外人に決まっている」というテレ

サのビリーフが明らかとなっている。

このエピソードは、筆者とテレサが出会ってから 2‐3 週間がたっているものである。

その時、筆者はテレサとラポールをまだ作れていなかったため、テレサが自分の多様な側 面を見せようとせず、「みんなと同じような女の子、日本人と変わらない」というアイデン ティティを示したかったというふうに解釈できる。

しかし、テレサは日本人の子どもと同じようなことがやりたい気持ちはその後も変わら なかった。

エピソード9 <だって、こうやって宅配のものをやらないと、(受験)合格できないよ>

今日の支援のためにテレサは通信の受験対策の教材を持ってきて、それをやりたいと言 った。テストをやりたい理由について聞くと、「だって、こうやって通信のものをやらない と、(受験)合格できないよ。私の友達もみんなやってるよ」とテレサは答えた。

2012年4月7日のフィールドノーツより

このように、テレサは日本人の友達がやっていることをよく観察し、自分も同じような ことをやらないといけないと信じていることがわかる。先にも触れたように、テレサの夢 は、「普通の高校に進学する」ことであり、そのために、同級生がやっていること(塾に通 うことや通信の教材に載っているテストをすること)をやれば、夢が叶うと信じていると 言う。自分が日本人と異なる側面があり、異なる方法があるということには気づきがなく、

自分は日本人とは変わらないから同様のやり方がいいという考え方が明らかであるといえ る。テレサは、自分が日本人とあまり変わらないと信じていても、自分が持っている異な る側面に少しずつ気づき始めていることも否定できない。それは、「私の将来」の文章作成 の第二回の指導の時、明らかになっているといえる。

2)第二回の指導の文章作成

エピソード10 <お金がないの。大学は無理なので、専門学校がいい>

テレサは「私の将来」の文章を持ってきたが、「教育」のところでは、「スペイン語の通 訳をするために、スペイン語を学べる大学に行きたい」という文章を削除するために線が

引かれていた。なぜと聞くと、「やっぱり大学ではスペイン語を勉強しない」とテレサは答 えた。「私だって、大学無理だよ」と悲しそうにいった。「なんで、今頑張っているんじゃ ん。受験合格できるよ」と支援者が言っても、「いや、勉強の問題だけじゃないの。お金が ないの。大学は学費が高いでしょ。高校もそうだし、でも高校なら親はお金を出すと言っ てるけど。でも大学は無理なので、専門学校がいい」とテレサはきっぱりと言った。「友達 はみんな大学へ行くのにね。さびしい」とテレサは続けた。

2011年12月10日のフィールドノーツより

このエピソードでは、テレサは自分の階層階級への所属に言及することがわかる。「階層 階級」ということばを使わなくても、お金の問題で日本人の若者と同様に大学に入れない と述べる。もちろん、テレサの家族と同様にお金に悩む日本人の家族も多い。しかし、テ レサはそのようなことに気づいておらず、「友達はみんな大学へ行く」ということを羨まし そうに言う。実際は、テレサの同級生が皆大学に進学できるのかは不明だが、テレサの想 像している世界では、日本人の友達はお金があり、受験がうまくいけば、大学に進学でき るはずであると言う。自分だけがお金がなく、大学は無理だということを考えていること がわかる。

続いて、支援者は奨学金をもらう可能性について聞くと、テレサは次のように答える。

エピソード11 <私は日本人じゃないよ。ペルー人って奨学金、無理かなあ」

支援者はテレサを励ますために「お金がなかったら、奨学金に申し込むという方法もあ るね」と言った。すると、テレサは「奨学金って何?」と聞いた。(中略)その説明を聞き 終えたテレサは「でも、私は日本人じゃないよ。ペルー人って奨学金、無理かなあ」と疑 うような声で言った。「成績が良ければ、頑張れば、奨学金がもらえるよ」と説得してみて も、テレサは頭を下げて、あまり反応しなかった。

2011年12月10日のフィールドノーツより

このエピソードでは、テレサは自分が日本人の友達と異なる側面に言及することがわか る。それは自分の国籍はペルーであることである。そしてテレサは自分がペルー人なので、

多分奨学金がもらえないと信じており、つまり自分にとってある道が閉ざされていると考 えている。