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ひかり:母語・日本語学習という戦い

第 5 章 日系ペルー人児童が持つバイリンガル言語能力の多様性

5.4. ひかり:母語・日本語学習という戦い

エピソード1 スペイン語母語話者と日本人の発音を同時に持っているひかり

<状況> 支援者はひかりが持っている英語の発音を確認するために、ひかりに複数の単語 を言わせる。

ひかりに複数のことばを言わせると、テレサや亜美と同じように、[R]と[L]の音が 区別できないことがすぐにわかった。Arrogant を Elegant と聞き間違ったり、英語のこ とばを外来語(Classic→クラシックなど)に切り替えたりすることがあった。英語のLは スペイン語のLに似ていることを教え、スペイン語でもRとLの差が分からないのかを 聞くと、ひかりは「いいえ、分からないことはない」と笑って答えた。支援者は「[Falda]

(正しい発音、スカート)と[Farda](存在していない単語)はどちらが正しいのか」と 聞くと、ひかりは迷わず「Falda」だと答え、その発音もスペイン語母語話者並みの発音 だった。支援者は「Falda のL だけを発音してみて」と頼んだら、ひかりは「できない、

『アル』、単語は言えるけど、この『アル』だけは言えない」といった。支援者は「え、単 語は言えるけど、音は言えないの」とびっくりした。すると、ひかりは「そうよ、Falda

はよく知っている言葉だから簡単。でも、こうやって音だけは言えない、おかしいって言 うか、不自然」と答えた。

2011年10月8日のフィールドノーツより

このエピソードでは、ひかりは様々な言葉を発音してみることによって、自分の音声能 力を示している。そしてひかりの音声能力は非常に興味深い特徴を持っていることがわか る。ひかりは日本人と同様に、L とR の音を間違えたり、「子音+子音」の組み合わせを 言えなかったりすることがあるが、スペイン語で話す時、[R]と[L]を区別することが できる。そして言葉を一つの塊として捉え、一つの音を取り出して言えないことは支援者 にとって驚きのある出来事だった。

このように、ひかりは同時に日本人の音声能力とスペイン語母語話者の音声能力を持っ ていることがわかる。だが、ひかりはスペイン語の音声能力を英語学習に転移することが できないことから、この二つの音声能力が孤立しているように見えると考えられる。つま り、BHLEの先行研究によれば、自然に起こることが多い言語間の転移や干渉はひかりの 場合、起きていないように見える。さらに、ひかりが音だけを言えないことは、ひかりの 自分の音声能力を意識的にコントロールする力が不十分であるためと考察できるが、この 点は議論の余地がある。ひかりが音を言えないのか、それとも言いたくないのかは、ひか りにしかわからないことである。第6章で述べるが、ひかりは自分の民族的アイデンティ ティに関して大きな戸惑いを持っているため、自分が持っている能力を否定的に捉える可 能性があるため、意識的に支援者の依頼に答えないこともあり得る。

いずれにせよ、ひかりが持っている音声能力及び音韻意識は大変興味深い特徴を持って いることは事実である。そしてひかりが成長していくにつれ、それらの能力は徐々に変化 していく。

2)文字と音の差が分かる力

エピソード2 自分の名前は三つの音からなると考えているひかり

<状況> 母音と子音について学んでいる時、支援者はひかりに自分の名前にいくつの音が あるのかを分析してみるように言う。

ひかりは迷わずに「三つある」と答えた。支援者が、「なんで三つなの」と聞くと、ひか りは自分の名前を日本語で「ひーかーり」と書いて、「ほら、三個あるでしょ」と言った。

支援者が、「いや、違う、『ひ』は二つの音―[H]+[I]、『か』も二つ、[K]+[A]、そし て『り』は二つ、[R]+[I]でしょ。だから、合わせて 6 個あるでしょ」と言っても、ひ かりは分からないような顔をした。「でも、三個、三つ書くでしょ、なんで急に 6 個になっ たの」と納得できないような表情で言った。支援者はひかりを「Hikari」と書いて、もう 一度見せた。「見て、6 個の音を表わす 6 個の文字でしょ」といっても、ひかりは「うちの 名前はローマ字ではない。日本語で 3 つ書くでしょ」と少し苛立っているような声で答え た。結局、ひかりは「何か違うことをやろうよ。未来形のテストがあるから、未来形を教 えて」と言った。

2011年11月05日のフィールドノーツより

このエピソードでは、支援者が音と文字の指導を行いながら、ひかりの理解を確認する ために、ひかりの名前にある音の数を数えるように言った。ひかりの「三つある」という 答えは、支援者にとって意外だったことがわかる。そしてひかりが自分の答えを説明する ために、ひらがなで自分の名前を書いて「見て、三つ」という発言から、ひかりは文字と 音の差が分からなかったことが明らかとなる。支援者は音の数をより明示的に見せるため、

ローマ字で書いてみるが、ひかりはこのような方法に違和感をも示す。「うちの名前はロー マ字ではない」ことを述べ、「三つ」ということを主張し続ける。このように、ひかりは、

音の数が日本語と英語の場合異なる概念として捉え、ローマ字で書く場合三つではないか もしれないが、「うちの名前は日本語で書く」ため、三つあるということを考えている可能 性がある。

先にも指摘したように、ひかりが抱えているアイデンティティ形成の戸惑いは彼女の言 語能力に影響を与えていることがわかる。ひかりは、文字と音という概念は普遍的なもの であるとは考えられず、それを日本語的なものと英語的なものとして捉え、そして自分の 学びたいものは日本語的なものであると自分の反応で示していると考えられる。しかし、

文字と音の差がまだ正確にわかっていないため、間違うが、それを認めたくない。そのた め、別の課題、未来形に移るように支援者に求める。

このように、このエピソードから、ひかりは文字と音の差に関する理解が不十分である ことと言語を分析する力が低いことがわかる。続いて、それの力に関係している、言語を 意識的に学ぶ力をひかりはどの程度持っているのかを見てみよう。

3)言語の共通点や相違点に気づく力

エピソード3 英語とスペイン語の文字について考えさせられるひかり

<状況> 音韻の読み方について指導を行う支援者は英語とスペイン語において使われる 文字A、EとIの読み方の差に着目する。

ひかりが単語の綴りとその発音を正確にできるようになりたいと言ったため、今日は音 韻を表わす文字の読み方について勉強することにした。ひかりは学校の教材で出てきた動 詞の発音と綴りを確認しながら、勉強したいと言った。Participateという動詞が出てきた とき、支援者がその綴りを一文字ずつ P-A-R-T-I-C-I-P-A-T-E と言い出した時、ひかりは

P-A-R-T-E-C-E-P-I-T-Iと書いてしまった。支援者は「違うよ。Tの後、Iだよ」と言うと、

ひかりはまた「E」と書いた。支援者は「これは、「E (イ)だよ。I(アイ)と書いて」

と言うが、ひかりは「A」と書いた。支援者はまた「これはA(エイ)だよ。」と言うと、

ひかりは「あ、わかんない」と嘆いた。次に、Pの後のAも聞き取れず、Iと書いてしま うが、支援者が指摘するまでに自分の間違いに気づかなかった。そして最後のEも、「I」

と書いてしまって、支援者の表情を見ると、「あれ、また違うの」とイライラするように言 った。支援者はページを二つの欄に分け、英語とスペイン語を題目に書いて、英語は A-エイ、E‐イ、I- アイ;スペイン語は A-ア、E-エ、I‐イと書いて、スペイン語と英語の 文字の読み方を整理した。そして、「これ、覚えておいてね」とひかりに言った。すると、

ひかりは頷いて、「はい、これってわかりやすいね」と言った。「スペイン語と英語って、

ことばの書き方が似ていても、発音は違うね」とひかりは言った。「Participate はスペイ

ン語でParticiparと言うんだけど、超似てるけど、発音は全然違うね」と続いて指摘して

くれた。支援者は「そうね。文字の読み方と、文字が表わす音が違うからね、ただスペイ ン語の綴りの方が覚えやすいから、それをよく知っていれば、英語で書くことは徐々に簡 単になっていく」と言った。ひかりは「あ、そう。何でスペイン語の方が簡単なの」と聞 くため、支援者は「だって、スペイン語は言う通り書くから、発音さえ知っていれば、書 ける。英語は綴りがややこしい場合が多いから、発音が分かっていても、可能な綴りが二 つか三つあることが多い」と言った。ひかりは「なるほど、知らなかった」と言った。支 援者は、「Participar →Participate,Preparar→Prepare」というふうに書いて、ひかりに 示した。ひかりは「あ、本当、超似てる」といった。

2012年1月07日のフィールドノーツより

このエピソードでは、ひかりが支援者からの明示的な指摘を受けても英語の文字を正確 に書けないことがわかる。その理由は、ひかりが英語の文字になれていないこともあるが、

スペイン語の文字と間違えたりすることが主であるといえる。ひかりはスペイン語と英語 において使われているA,EとIの書き方と発音を間違えることで、単語がなかなか書けな い様子が窺える。このように、ひかりの場合は、自然に起きている言語間の転移が負の転 移になっている母語からの影響が間違いを招く原因となっているといえる。しかし、支援 者はそれを明示的な指導の機会として利用し、スペイン語と英語の文字や音を二つの欄に 書いて、その差を整理する活動を支援に取り入れた。ひかりはこの指導を「わかりやすい」

と肯定的に捉え、受け止めたことがわかる。

さらに、ひかりは明示的な指導を受けたことをきっかけに、スペイン語と英語の綴りと 発音について考えはじめ、言語を対照する第一歩である共通点(書き方が似ているという 発言)に気づく力を示す。それに気づいた支援者は、英語とスペイン語を明示的に対照し、

自分の考えをひかりに提示する。支援者の考え方に興味を持ったひかりは、「あ、そう。何 でスペイン語の方が簡単なの」といい、躊躇いながら、支援者から理由づけを求めた。ひ かりは支援者の理由を聞いてから、あまり分からなかったことを表わしたが、実例を見た ら、「本当、超似てる」と言い、納得したような反応を示した。

このように、ひかりは言語の共通点に気づく力を持っていることが明らかになったとい える。ひかりは共通点に気づくことから言語を対照することへの移動はしなかったが、そ れを行う支援者についていくことができた。そのため、ひかりは言語を対照する活動には 慣れていないが、継続的にこのような支援を受けていれば、言語を分析・対照する力を獲 得できると考えられる。さらに、ひかりは明示的な指導を肯定的に受け止めたことで、言 語について考える力がある程度あり、言語を使って言語について考えるという実践に違和 感を持っていないことがわかる。続いて、ひかりが文法用語を使いながら、明示的に英語 の時制について学ぶエピソードを紹介し、上記のことを改めて指摘する。

4)言語を意識的に学ぶ力

エピソード4 文法用語を使いながら、言語を学ぶひかり

<状況> 支援者はひかりとケイティに指導を行っている。現在形、過去形と未来形を整理 しながら、文法コンスペクトを作成していく。そのため、助動詞、原形などの 文法用語を使いながら、動詞の活用をまとめる表を作る。