第 6 章 日系ペルー人児童が表出するアイデンティティの多様性
6.3.3. 民族的アイデンティティの捉え方
エピソード8 <日系コミュニティ?聞いたことがない>
支援者が「日系社会のためにボランティア活動とかやりたくないの」と聞くと、「日系社 会?聞いたことがないよ」と亜美は答えた。「ここみたいなところで、ペルー人やアルゼン チン人、ブラジル人の子どもが来て勉強するところで何かを教える気持ちはある?お金は 稼げないけどね」と支援者は説明しようとした。すると、亜美は「教えたい、私みたいに 算数が困る人、日本語が難しい人を手伝いたい」と答えた。
2011年6月18日のフィールドノーツより
このエピソードから、亜美はテレサと同様に、日系ということばを知らないことがわか る。そして自分が日本における日系社会に属しているという意識もない。しかし、自分の ように困っている人たちを手伝いたいという気持ちが強く、ボランティア活動にも興味が あると亜美は言う。このように、亜美は自分が「日本で困る人たち」にある程度所属して いることを意識していることもわかる。
指導中、亜美はテレサと同様に自分が日本社会の価値観を共有することや、日本社会へ の所属を明らかにする発言はしなかった。次に、亜美は自分の民族的アイデンティティを 通して、日本社会への帰属感を持つのかを見てみよう。
この発話から、亜美の背景は非常に複雑であることがわかる。亜美の曾お祖父さんが日 本人だったということから、亜美は日系4世であると判断できる。亜美は日本の名字を持 ち、名前と名字を漢字で書く。しかし、亜美はその日本人の曾お祖父さんと会ったことが なく、その家族史もよく知らない。または、日本人の家族とのつながりを持つ父親は今別 居しており、そのつながりはさらに薄くなってきているという様子が窺える。
お母さんのお祖父さんがドイツ人だったということは、亜美にとってより大きな意味を 持つことがわかる。その理由には、亜美はお母さんと住んでおり、ドイツの家族について 聞く機会がよくあるのかもしれない。しかし、それよりいとこの家族、つまり亜美にとっ てよく知っている、年齢的に近い、または生きている家族がより大きい存在であると思わ れる。亜美は、いとことより親しくなりたいという気持ちから、ドイツの家族のことを知 りたい、ドイツへ行きたい、つまり自分のルーツについてもっと知りたいという動機が生 まれる。亜美は、自分がドイツ人とは言わないが、明らかにドイツへの親近感を持ってい る。筆者は、亜美から日本への親近感をあまり感じておらず、「日本に住まなくてもいい」
という発言は、亜美は日本とのつながりをあまり感じないということの証拠であると考え られる。
筆者は、このような複雑な背景を持つ亜美に、民族的アイデンティティを押し付けない ように丁寧に質問をする必要性があると判断した。そのため、「私の将来」の文章を作成し ていた時、亜美が自分の民族的アイデンティティを自分で取り上げることを待っていた。
1)第一回の指導のブレインストーミング
第一回の指導中、亜美は自分の民族的背景について話さなかった。先にも述べたように、
亜美はヨーロッパの言語に興味があり、自分を「ヨーロッパ言語話者」として捉えている ことが分かった。さらに、将来色々な国に行きたいため、様々な言語を学びたいと言った
(エピソード1と2を参照)。このように、亜美は民族を超えるアイデンティティを構築 していることがわかる。それはヨーロッパ人のアイデンティティである。亜美は自分の名 前(お母さんが継ぐ二番目の名字)がドイツ系であり、また自分の外見が西欧人に近いこ とを意識し、ヨーロッパへの帰属感を、ヨーロッパ言語学習を通して強化したいというの が筆者の印象だった。
亜美はそれらを明確に言ってはいないが、本研究で述べる実践全体を通して、「私は日本 人には見えないのね(2011年10月8日の発言)」、「家族はドイツにいる(2011年6月11
日、2012年6月09日などの発言)」、「日本には家族がいない(2011年6月18日、2012 年3月10日の発言」というような発話を繰り返していた。さらに、亜美はペルーへの帰 国を考えずに、自分の活躍舞台を「色んな国」として捉え、そして一番に行きたい国はド イツであると主張していた。
2)第二回の指導の文章作成
亜美は「私の将来」の文章の最終版を作った時、文章全体を見ながら、興味深い発言を した。
エピソード9 <このまま全部できれば、すごいね。こういうことができるペルー人ってい ったい何人いるだろうね、先生>
亜美は出来上がった文章を見ながら、微笑んだ。「このまま全部できれば、すごいね。こ ういうことができるペルー人っていったい何人いるだろうね、先生。ペルー人の有名な漫 画家とかはいないでしょ。そして漫画家にならなくても、幼稚園の先生になって、子ども の成長を支えることができればいい仕事だね」と亜美は言った。「もちろん、私は有名なペ ルー人の漫画家を知らないけど、いるんじゃないかな。私のペルー人の友達が言ってたの は、アメリカでたくさんのペルー人がいて、建築家とか教師として仕事をしてるって。だ から、亜美が望む幼稚園の先生の仕事でも、漫画家の仕事でもすごくいい夢だと思うね」
と支援者は頷いた。「あと、旅行も、インターンシップもできれば、お母さんは自慢できる だろうね」と亜美は言った。「そうね、でも亜美はそれをお母さんのためだけじゃなくて、
自分のためにやるでしょ。この計画はすごくいいと思う。応援するわよ」と支援者は言っ た。
2011年6月18日のフィールドノーツより
このエピソードでは、亜美は自分がペルー人であることを意識していることがわかる。
そして、亜美は自分がロールモデルになりたい、夢を見ることができるペルー人になりた いという気持ちを表している。これからの道は長いと分かりつつも、それが実現できれば、
お母さんの誇りになることを想像している亜美の姿は筆者にとって感動的であった。母子 家庭で育てられている子ども、さらに少数派に属している子どもの動機の努力、そして夢 をあきらめない気持ちがこのエピソードからは溢れているといえる。亜美は、自分が日本
人ではないことを意識して、ペルー人として成功するのは難しいことを知っている。その ため、様々な選択肢を含む計画を立てて、日本では成功が出来なければ、「色んな国」に出 かけることを覚悟している。だが、日本でも、ペルー人として成功したい気持ちがあり、
国内漫画家のコンクールや学生時代のインターンシップはその例である。