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民族的アイデンティティの捉え方

第 6 章 日系ペルー人児童が表出するアイデンティティの多様性

6.2.3. 民族的アイデンティティの捉え方

テレサは日本生まれで、日本の公立教育を受けてきた子どもであり、日本人中学生とあ まり変わらない外見を持っているというのが筆者の最初の印象だった。先行研究で述べら れている派手なファッションやピアスは、テレサは持っていない。バッグやペンケースに ついているおもちゃやストラップには日本人の中学生に人気があるバンドやキャラクター のものである。地域教室内でもテレサの振る舞いは大人しく、ペルー人を含む南米人の特 徴であると一般的に言われている大きな声での話やキスの挨拶を全くしない。テレサが自 分のことを日本人だと思っているのかずっと気になっていた筆者は、少しずつ民族のこと を取り上げていた。次にテレサの考え方がある程度明らかとなったエピソードを記述し、

考察を行う。

テレサは初めて自分の民族的アイデンティティに言及したエピソードは以下である。

エピソード12 <ペルー人に生まれてよかったね>

今日は冠詞の話になって、日本語では冠詞がないから、分かりにくいし、間違いやすい が、スペイン語ではあるし、9 割ぐらいの使用は英語と一緒だと説明した。支援者の母語

であるロシア語には冠詞がないから、日本人のように苦労しているが、テレサはスペイン 語ができれば、いつか私より英語が上手になる可能性が高いと言った。すると、テレサが 亜美に向かって、「ペルー人に生まれてよかったね」と嬉しそうに言った。

2011年1月15日のフィールドノーツより

このエピソードでは、支援者が英語とスペイン語の共通点に言及し、スペイン語学習の 価値に着目した。テレサはスペイン語能力とペルー人であること、つまり民族をつなげ、

自分がペルー人であることの誇りを、亜美とシェアするような発言をした。そこで、テレ サは自分のペルー人としてのアイデンティティ、そしてペルー人コミュニティへの帰属感 を肯定的に捉える様子が窺える。支援者はスペイン語が英語学習に役立つ、つまりスペイ ン語の実用性に着目することは、テレサは初めて自分の民族的アイデンティティについて 発言したことのきっかけとなったことがわかる。

1)「私の将来」の文章作成:第一回の指導のブレインストーミング

エピソード1でも述べたように、以下のエピソードからもテレサは自分をペルー人として 捉えていることがよく分かる。

ブレインストーミングは主に日本語で行われた。テレサはすぐに「教育」という領域に ついて考えはじめ、「スペイン語を学ぶ!」とびっくりマークをつけて、書いた。「スペイ ン語は簡単だし、私はペルー人だから勉強すればいいんじゃないか」というふうに説明し はじめた。さらに、「親も、特にお母さんはスペイン語が役立つと言っているし、通訳の仕 事が楽だし、稼げると言ってるのね」と説明していた。

2011年10月15日のフィールドノーツより

しかし、テレサはペルー人であることの意味や日本人との文化的な違いについて何も言 わなかった。また、将来の家族について考えたテレサは相手は日本人がいいと答えたこと についても上述した。しかし、その時支援者が次に投げかけた質問についてまだ述べてい ないため、次にそのエピソードを記述する。

エピソード13 <日系人?日系人って?初めて聞いたよ>

「日本人がいいの」と支援者は驚いた声で聞いた。(E)「日系人はどう」と意図的に支 援者は聞いた。テレサは「日系人?日系人って?初めて聞いたよ」と答えた。「日系人は、

ペルーに移民した日本人の子どもたちと孫たちのことだよ。たとえば、テレサのお祖父ち ゃんは日本人だったんだよね」と聞いても、テレサは分からない顔をする。「そういうこと ばを聞いたことがないし、お父さんは私たちがペルー人だと言ってるね。お父さんはペル ーで生まれたから、ペルー人だ、そして私はペルー人だよ」とテレサは答えた。支援者は 日系人という呼び方はそもそも好きじゃないから、そしてテレサにそのアイデンティティ を押し付けることを避けるために、次の領域、「仕事」について話し始めた。

2011年10月15日のフィールドノーツより

このエピソードは大変興味深いと考えられる。テレサは日系人ということば、つまり日 本社会がおそらくテレサに押し付けるアイデンティティについて何も知らないことがわか る。テレサの父親が、日系ということばを娘に教えない理由は何であれ、先行研究でも述 べられているように、ペルー人としてのアイデンティティを育もうとしていることが窺え る。そしてテレサは自分のお父さんのことばを疑う理由はないため、「お父さんはペルー人 だから、私もペルー人である」というように考えていることが明らかである。

しかし、前述したエピソードから、テレサは自分が日本社会に所属していることを明確 にし、筆者を「外人」と呼び、自分が日本人と同じような立場にあることを主張したと考 えられる。もし、テレサは自分を完全にペルー人として捉えたら、自分も筆者と同様に外 国人であることに気づいたはずだった。だが、テレサはペルー人でありながら、日本人の 名字を持ち、日本生まれである。つまり、筆者とは明らかに異なる背景を持ち、日本社会 への帰属感を感じる根拠はやや強いといえる。テレサにとってペルー人であることはどの ような意味を持つのかを次のエピソードで見ていく。

2)第二回の指導の文章作成

エピソード14 <ペルーの家族は皆子どもが3人ぐらい>

テレサは文章の「将来家庭」のところに「24 才ぐらいで結婚し、女の子 2 人男の子 1 人ぐらい産む」と書いた。支援者は、「三人も?多くないの。一人か二人の子どもがいる家 庭が多いでしょう」と聞いた。テレサは「いや、ペルーの家族はみんな子どもが3人ぐら

いいるよ。うちの家族もそうだし、いとこの家族もそう、ほら、亜美の家族も兄弟三人で しょ」と答えた。支援者は「そして、24才の結婚って早くないの。今はみんな30歳ぐら いで結婚するけど、私は27歳で結婚したけどね」と聞き続けた。でもテレサは、「いや、

30歳は遅いよ。それは日本人がやることだよ。ペルー人は24-25歳で結婚するから、子 どもを3人産むよ。30歳になってから結婚するとしたら、確かに3人も産む時間がなくて、

一人か二人になるんだね」とテレサは言った。

2011年12月10日のフィールドノーツより

このエピソードは、テレサによる、日本人とペルー人の文化的な違いの捉え方が明確に なると考えられる。それは家庭に関する考え方である。日本社会における価値観を意識し ているテレサは、日本社会において存在する結婚や家族に関する傾向は受け入れていない ことがわかる。テレサの考えでは、30歳で結婚することは遅く、子どもが一人か二人は少 ないと言う。その一方、ペルーの家族は子どもが多く、女性も早く結婚するということを テレサは肯定的に捉えている。無論、テレサは多くの若者と同様に過剰一般化する傾向も あるかもしれないが、自分の家族を考える時、日本人の友達の家族を取り上げず、周りに いるペルー人の家族に着目していることが興味深い。

このように、テレサにとってペルー人であることは、大きい家族を持つことであること がわかる。それは「今、ここ」でテレサが感じている文化的な違いであることを言ってお きたい。将来、ペルー人も、30歳前後で結婚する女性が多いことを知ったテレサは日本人 の家族とペルー人の家族の違いを見なくなる可能性がある。家族面以外の文化的な違いを 発見する可能性もある。そして文化的な違いより、共通している点により興味を持つ可能 性もある。しかし、テレサの考え方の変容を検討することは、別の研究になり得るが、本 研究では、「今、ここ」でテレサが感じている、日本人とペルー人の家族は違い、自分がペ ルー人であるため、ペルー人と同様に大きな家族を作りたいという気持ちに着目する。

さらにテレサが、ペルー人の自分と日本人とのもう一つの文化的な違いについて言及し たのは、2012年1月21日だった。

エピソード 15 <日本人って夜遅く何もしないね。寝ちゃうね。つまらないね。ペルー人 って大きなパーティを開く>

支援中お正月のお祝いと年末年始のことについて話し合い、文章を書いていた。終わる

時間になると、テレサは文房具を片付けながら、支援者に「先生、ロシア人ってどのよう にお正月を祝うの」と聞いた。ロシア人は一晩中寝ないで、食べたり、飲んだり、踊った りすることや、花火をすることを説明したら、テレサは亜美とひかりに向かって「ペルー 人と一緒だね。日本人って夜遅く何もしないね。寝ちゃうね。つまらないね。ペルー人っ て大きなパーティを開く、ロシアも一緒なんだね」と言った。また支援者に向かって、「ね え、先生、ロシアもパネトネ(クリスマスとお正月に作る特別なパン)を食べるの。パネ トネは美味しいね、大好き、お正月の楽しみ」とテレサは言った。

2012年1月21日のフィールドノーツより

このエピソードでは、テレサは日本人とペルー人のお正月の祝いを比較していることが わかる。ペルー人の祝い方のほうが楽しく、日本人の祝い方はつまらないと述べる。お正 月の楽しみの一つとして「パネトネ」を取り上げ、パネトネが大好きだと嬉しそうに言う。

テレサがパネトネに言及し、「お正月=パネトネを食べる」ということは、Leung 他(1997)

が述べる「文化的人工物」の概念に当たるといえる。文化的人工物は文化的意味を持ち、

個人によって大切にされる。テレサにとってパネトネはペルー文化の代表的な「文化的人 工物」であり、自分の民族的アイデンティティのシンボルの一つでもあると解釈できる。

上記のことをまとめてみると、テレサの自分の民族的アイデンティティに対する考え方 が明確だという解釈はしやすい。テレサは、自分のことを「ペルー人」と呼び、ペルー風 の祝いを大切にし、自分の家族などをペルー人と同様に作りたいことを述べる。

しかし、将来の相手は「日本人がいい」と言い、相手と子どもはスペイン語が出来なく ても困らないと述べる。日本人と「ペルー人の同様な家庭」を作れるのか、そしてお正月 の祝いをどうするというところまでテレサはまだ考えていない。

このように、テレサはペルーの文化が好きなところがありながら、日本の文化を馴染み 深い文化として捉えていることがわかる。そして、テレサはペルー文化の嫌いなところに 言及しなかったが、日本文化の嫌なところ(お正月はつまらない)について簡単に述べる。

テレサは徐々に両文化に関する知識と理解を深めながら、文化接触の経験を重ねることに よって、ペルー文化と日本文化をより比較的にみることができ、両文化に対して矛盾する 感情を持つ可能性が高いと筆者は考えている。それはTse(1998)が述べている「民族的 二重性」という民族的アイデンティティの構築の第2段階であり、テレサがこれから入る と予測できる段階である。おそらく、テレサは多くの若者と同様に、「私は何者」、「一つの