第 5 章 日系ペルー人児童が持つバイリンガル言語能力の多様性
5.5. ケイティ:母語・日本語・英語能力のバランスの重視
エピソード1 文法用語を使いながら、英語を分析するケイティ
<状況> ケイティに第一回の支援を行う。ケイティは英語の品詞を学びたいと言う。学校 のテストによく出てくるため、代名詞やTo-be動詞を最初に教えてほしいという 希望を言う。
ケイティは代名詞を学びたいとすぐに言った。そこで、支援者はまず、どのような代名 詞があるのかを聞く。すると、ケイティは I、 you、we、があるといって、「そうだ、先 生、リストみたいに書きましょうよ」と言って、自分のノートを二つの欄に分け、書き始 めた。左側に日本語で「私、あなた、彼、彼女、私たち、あなたたち、彼ら」と書いて、
右側に「I、you、he、she、we、you、they」と書いた。
ケイティが「先生、代名詞とAとAnは一緒に使うんですか」と聞くので、私は「冠詞 ですか。いや、使わないね」と答えたら、「冠詞というんですか。(ノートに書く)冠詞は
代名詞と使わないね」と確認する。
2012年4月21日の記録データ要約
このエピソードでは、ケイティは自分が学びたい文法を明確に言っている。「代名詞」と
「To-be 動詞」という文法用語を使いながら、用語自体を知っていることを示す。支援者 から代名詞の例を挙げるように言われ、正確に I、You など言い出したケイティは、その 用語は何を指すのかもわかっている様子が窺える。次にケイティは代名詞のリストを作り たい自ら言い出すことから、ケイティは明示的な学習に慣れていることがわかる。
ケイティが言語学習の経験者のように、ノートのページを二つの欄に分け、日本語と英 語の欄を設け、代名詞を書いていくことは、ケイティが明示的な言語学習に慣れているこ とを示した。支援者の指導なしでも自分で文法用語をまとめるコンスペクトを日本語と英 語で作成しはじめたことから、ケイティが明示的な指導を受けるレディネスを持っている ことがわかる。
さらに、支援者とケイティがAとAnの使用についてやり取りをはじめた時、支援者の 使った「冠詞」ということばにケイティの示した反応は興味深いといえる。ケイティは「冠 詞というんですか」と聞いたことから、この文法用語を知らなかったことが明らかである。
しかし、やり取りの文脈からすぐにその意味を理解し、ノートに書き、代名詞と冠詞は一 緒に使わないという知識を確認してから、それをコンスペクトに記録する。このように、
支援者によって使われた文法用語は支援を邪魔することなく、ケイティが持っている文法 知識を整理することに貢献できたといえる。そして、このエピソードは数秒の間の出来事 であるということが、明示的な文法指導は必ずしも時間がかかり、退屈でありながら、学 習者の話す力に貢献できないというものではないことを示唆すると考えられる。ケイティ の場合は、明示的な指導が自然なやり取りの一部であり、その結果はケイティが持ってい る英語知識の整理になっただけではなく、ケイティが新しい日本語の用語を学んだことで、
今後受けるテストの指示が理解できる可能性が高くなった。これは学習言語を理解する力 の向上や言語を意識的に学ぶ力の育成の機会でもあったといえる。
2)言語を対照する力
エピソード2 英語のto-be動詞とスペイン語のSerの動詞を結びつけることができる ケイティ
<状況> 第一回の支援を続けながら、To-be動詞の原形と現在形を学ぶ。
ケイティがTo-be動詞を学びたいと言った時、支援者はTo-be動詞の文章の例を挙げて みように促した。すると、ケイティは「I am Katy. I am a student. I am 13 years old. I am good friend. I am from Peru」などを支援者の支えを受けながら言ってくれた。すると、
ケイティは少し考えて、「先生、スペイン語も To-be 動詞あるよ。Soy Katy、 Soy
estudiante」と自分で二つの動詞を結びつける。支援者は「そうね、SerとTo-be 動詞は
同じだよね。ただスペイン語はEstarもあるよね。それを使う時、英語ではまたTo-be動 詞を使うのね。たとえば、Estoy cansadaは I am tiredとか言うのね。ケイティは「な るほど、スペイン語では二つあるんだ」と驚いた。そこで、支援者は「少し、この文章を 見て、スペイン語に訳すと、どうなる?」と聞いて、「I am 13 years old」の文章を指した。
ケイティは「Tengo 13años」と言って、「あれ、Tengo、また違う動詞を使うね、スペイン 語ってすごい」といった。支援者は「そうね、英語は一つの動詞だけど、スペイン語は三 つもあるのね」と言った。ケイティは「そうしたら、スペイン語の方が難しいね」と言っ た。
2012年4月21日の記録データ要約
このエピソードでは、ケイティは英語で様々なことが言えることがわかる。To-be 動詞 を使いながら、自分について様々なことをが言えるケイティは、英語能力をある程度持っ ていることが窺える。そして、ケイティは自分について様々な文章を言いながら、英語の
To-be動詞はスペイン語のSerに当てはまることに気づく。ケイティが使っていることば
はSer(辞書形)ではなく、Soy(一人称の活用)であることは、ケイティは頭の中で英語
の文章をスペイン語に訳していたことを示唆する。そしてそれをきっかけに、Am はSoy であることを発見することがわかる。スペイン語を明示的に学んできた支援者は、辞書形 を使い、ケイティの発見が正しいと確認する。さらに、Estar という動詞もTo-be動詞に 当てはまるということを明示的に示し、例を挙げた。ただし、I am tiredという例はI am Katyという例とは質が少し違うため、To-be動詞+分詞と言う文法を教えるとケイティは 混乱してしまうことがあり得ると思い、その説明は続けなかった。ケイティにもう一つの ことを発見してほしかった支援者は、「I am 13 years old」という例について少し考えるこ とを求めた。すると、支援者の意図通りに、ケイティはTo-be動詞がスペイン語のTener という特別な動詞に当てはまること気づく。そして、ケイティの「スペイン語ってすごい
ね」という発言は支援者にとって意外だったが、支援者はケイティが持っている自分の母 語に関する肯定的なコメントを支えた。ケイティは自分の発見を「スペイン語の方が難し い」というふうにまとめた。このように、ケイティは言語を対照することを行っているこ とが明らかである。無論、英語では一つの動詞しかないのに、スペイン語では三つあるた め、スペイン語の方が難しいと言う対象のやり方は少し単純に見えるが、言語を対照する 経験が少ないケイティにとって重要な学習実践であるといえる。
したがって、ケイティは言語を対照する力が既にある程度見られ、たとえば、言語を様々 な観点から対照する方法などその育成につながる言語学習の実践は可能であるといえる。
そして、言語を対照する活動は言語学習の焦点でなければならないことではなく、多様な 活動と融合してできるといえる。今回の指導では、言語の対象が、自分のついての文章を 作成するプロジェクトに一部であるとしてのケイティが自分について例を挙げる活動と自 然に結びついたことがわかる。
3)文字と音の差が分かる力
エピソード3 文字と音の記号を自由に使い分けるケイティ
<状況> ケイティは読めるようになりたいと言って、英語教師からもらった教材を支援者 に見せる。日本語で書かれている内容があまりわからないため、支援者に説明し てほしいと説明する。
ケイティが持ってきた教材は内容がやや難しく、それを読みながら勉強する意味があま りないと支援者は思った。でも、音と文字の差が書かれている箇所を読んでから、色んな 文字がどのような音を表わすのか、そして文字の組み合わせの読み方を教えることができ るのではないか思った。ケイティにこのように勉強してみることを伝えると、彼女は頷い て、やる気を示した。自分が持ってきた教材を見ながら、「先生、この鍵括弧のなかに書い てあるものって、文字ですか、音ですか」と聞いて、自分が音と文字の差が分かる事を示 唆した。支援者は「音ですよ、ほら、例えばこの音は特殊な記号で、文字には見えないね」
と([ʌ]や[ʊ]を見せながら)説明した。ケイティは「そうね、文字とは違う形をして いる。先生、この記号をすべて覚えなくてはいけないですか」と聞いた。「そうね、覚える と、新しいことばを辞書で調べて、読めるようになるからね」と支援者は言った。ケイテ ィは「あ、大変だ、アルファベットだけではなく、そう言う記号も覚えないといけないね」
と嘆くような発言をした。「そうね、大変、私も色々と苦労して、覚えるのに時間がかかっ