第 4 章 確率的フラッシュ AD 変換器の設計理論 49
4.2 コード欠けなしの保証法
第3章では確率的フラッシュAD変換器は精度を得るために多数の比較器が必要となるこ とを示した.解析結果から,N ビットを得るために必要な個数nの「期待値」はわかったが,
#1 #2 #3 #4 #5 #6#6#6 #7#7 #8 #9 #10
0 FS
Normalized comparator offset voltage
図4.1 10個の等間隔に設定された階級にオフセット電圧が一様分布するn=50の比較器 を分配する例.
その「分散」が分らないので,期待値に基づいて製造した個々の確率的フラッシュAD変換器 がコード欠けを生ずる可能性がある.これを解消する方法を検討する[53].
したがって,問題の設定は, 確率的フラッシュAD変換器の精度決定においてどの程度の 比較器数があればコード欠けを無くせるか である.
図.4.1は,オフセット電圧が一様分布するn =50個の比較器をr= 10の幅の等しい階級に 分ける例を示している.FSは一様分布のフルスケールを表す.図4.1の例では,#4の階級に は3個の比較器 があり,#6の階級には7個の比較器があるなど,一様分布ではあっても,各 階級に含まれる比較器の個数はちょうど50/10=5個ではなく,統計的にばらつく.
もし,比較器の総数nに階級の数rを近づけると,比較器が1個も含まれない階級の出現す る確率が大きくなることは直感的に理解できるであろう.階級の中に1つも比較器がなけれ ば,その階級付近への入力に対してAD変換器は感度をもたないことを意味するからビット分 解能が減少する.したがって,本当にN ビット精度の分解能を達成しようとすると,より多 数の比較器を用いて階級の欠落をなくす必要がある.
以上より,比較器をひとつも含まない階級が出現する確率を十分低く抑えるためには,与え られた階級の数 r(r = 2N −1)に対して比較器の総数nをどれくらい多く選べばよいかが問 題となる.
さらに,隣接する階級にそれぞれ 1個ずつ比較器が含まれるとき,最悪の場合オフセッ ト電圧が各階級の左端と右端に偏ると,2 つの比較器のオフセット電圧の差が2階級分の幅
(=2LSB分)となり得る.これは量子化のステップが1LSBを越えることを意味するので,変 換精度を確保するためには避けなければならない.この事態を確実に避けるには,階級の数を 2倍に増やし,どの階級にも最低1個の比較器が含まれるようにしなければならない.
以上の考察から,次のような問題設定ができる:N ビットの分解能が必要な場合,階級数は r =2N であるが,使用する比較器の総数n(>2N−1)を何個にすれば,各階級に含まれる比較
器が1個以上になる確率を予め指定された値以上にできるか?ただし,比較器のオフセット電 圧は一様分布に従うものとする.
この問題の解は,次節のようにして得られる.
n個の比較器をr個の階級に分ける場合の数
n個の比較器をr個の階級に分ける問題を解くにあたって,比較器 はそれぞれが異なるオフ セット電圧を持っているので,区別しなければならない.また,r個の階級は出力のデジタル 値に対応するので,階級も区別しなければならない.すなわち,階級と比較器のオフセット電 圧の組み合わせがただ一つ定まる.勝手に組み合わせを入れ替えたり,比較器が階級を移った りすることもない.この様子を図4.2に示す.
図4.2 上のように,n個の比較器をr個の等幅の階級に分けると,各階級には平均的にn/r 個の比較器が含まれるが,その数は統計的にばらつく.したがって,各階級には最小0個から 最大n個の比較器が入り得る.そのような場合の数は明らかにrnである.
次に,n > rを仮定して,相異なるn個の比較器を相異なる r 個の階級に1個以上配分す るやり方の数,すなわち,n個の要素よりなる集合から,r 個の要素よりなる集合への全射 (surjection)の数を f(n,r)とすると,これは組合せ論により次式で与えられることが知られて いる[54].
f(n,r)=
r
∑
k=0
(−1)r−krCkkn (4.1) したがって,全ての階級に比較器がひとつ以上割り当てられる確率 PAは
PA = f(n,r) rn =
∑r
k=0(−1)r−krCkkn
rn (4.2)
となる*1.
これで,コード欠けをなくすために必要な比較器数を知る方法がわかった.逆にどの程度の 確率でコード欠けが発生するかについては,PB =1−PAで計算できる.
*1実際は,無限個の一様分布する比較器からなる母集団があり,そこからn個取ってr個の階級に分ける試行を 無限回繰り返す場合を考えている.無限回の試行では相異なるn個のオフセット電圧のあらゆる組み合わせが 出現するので,これを相異なるr個の階級に分ける場合の数を調べる問題と等価になる.
#1 #2 #3 #4
0 FS
Normalized comparator offset voltage
#1 #2 #3 #4 #r−1 #r
0 FS
#r−2
#r−1 #r
#r−2
n / r
comparators per bin on the average
r bins
⇓
図4.2 n個の異なるオフセット電圧をもつ比較器をr個の階級に分配する例.比較器と階 級は1対1で結びつくから,勝手にほかの階級に移ることはない.