第二章 可能を表す〈-得了/-不了〉と〈-不得〉
2.1. 研究の背景
(表5) 可能: 先行述語の意味素性と可能補語の意味範疇
先行述語 可能補語
意味素性 述語の種類 形式 意味範疇
・意志性
・働きかけ 動作動詞
〈 -得了 / -不了 〉
-DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten
状況可能
・意志性
・許容・受容
動作動詞の中の知覚 を表す動詞
〈 -不 得 〉
-NEG-DEpoten
心理的不可能
(24) 平时 工作 忙碌, 想 去 的 地方 去 不 了。 (CCL:《新华社2004年新闻稿》)
普段 仕事 忙しい AUX(したい) 行く NOM 場所 行く-NEG-LIAOpoten
「普段は仕事が忙しく、行きたい場所へ行けない。」
(25) 苒青 知道, 他 是 个 喜欢 流 泪 的 男人,
苒青 知っている 彼 COP CL 好む 流す 涙 NOM 男性
而 她,向来 看 不 得 男人 的 眼泪。(百合《哭泣的色彩》)
しかし 彼女 ずっと 見る-NEG-DEpoten 男性 ASSOC 涙
「彼は良く泣く男性であるが、しかし、自分はもともと男性の涙を見ていられないという ことを、苒青は知っている。」
(24) は〈平时工作忙碌: 普段は仕事が忙しい〉という事態が原因で、〈想去的地方去不了: 行 きたい場所へ行けない〉、即ち「行こう」と意図しても、その事態が実現しない(「行けな い」)という不可能の意味を表している。それに対して、(25) は〈看不得男人的眼泪: 男性 の涙を見ていられない〉というように、主体が対象を知覚する、或いは知覚していること を仮定した上で、その状態を続けることが主体にとって心理的或いは心情的に困難である ということを表している。そこで本研究では、前者のような〈動作動詞-得了/-不了:
-DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉が表す意味を状況可能と呼び、後者のような〈知覚動詞-不
得: -NEG-DEpoten〉が表す意味を心理的不可能と呼ぶこととする。
可能を表す〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉は、補語〈了: LIAO〉が「終了 する」という本来の語彙的意味を失い、ある種、文法化した形式であると言える。そのこ とから、先行述語が表す動作や行為が実現するまたは実現しないことを表す形式であるこ
とが、これまでの研究で指摘されてきた。また、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉 が状況可能として用いられ出したのは、元代以降のことであり、もともと状況可能の意味 を表す形式として清代までは〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉が主に使用されていた。し かし、普通話では〈-得/-不得: -DEpoten / -NEG-DEpoten〉が〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten /
-NEG-LIAOpoten〉に完全に取って替わられることとなった。この通時的な議論に関しては、
先行研究の記述をもとにして、本章2.3.1.1節で詳細に論じる。また、この可能を表す〈-得 了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉に関しては、既にChao (1968) 、刘月华 (1980) 、
李宗江 (1994) 及び刘月华他 (1982, 2001) 等多くの先行研究で取り上げられ、様々な分析並
びに考察が行われてきた。その中では、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉の状 況可能の意味として、大よそ次のように定義されてきた。当該形式は、「ある条件のもとで、
先行述語が表す動作、行為或いは変化等が実現するか否か(刘月华他2001, 李宗江1994等 参照)」を表す。先行研究における議論の中で、この形式が表す可能の意味として重要であ ると思われる点は 2 点ある。それは、ある動作を行うことがどうして可能或いは不可能で あるのかという、何らかの条件が必ず含意されている点と、補語である〈了: LIAO〉の意味 の漂白化により、先行述語が表す動作、行為或いは変化等が指向されるようになったとい う点である。この2つの特徴が〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉の意味を規定 する上で、非常に重要な要素であるとこれまで考えられてきた。そこで本研究では、この 条件の含意ということと、先行述語の動作行為の指向性ということに関して、更に考察を 行うこととする。
心理的不可能を表す〈-不得: -NEG-DEpoten〉は、知覚動詞を先行述語とし、「見ていられな い、聞いていられない」といった心理的に困難であるというニュアンスを表す。また、こ れは主に否定の表現となることより、考察の範囲を否定形式に限る。本来、可能の意味を 表す〈-不得: -NEG-DEpoten〉は、普通話ではほとんど用いられなくなっているという事情も あり、本研究で扱う心理的不可能〈-不得: -NEG-DEpoten〉というのは、先行研究での記述及 び分析では、ほとんど扱われることがなかった。しかし、〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉は 普通話でも用例が見られ、〈知覚動詞-不了: -NEG-LIAOpoten〉と意味特徴が異なるという点で も分析の必要性があると思われる。心理的不可能を表す〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉は、
その意味として、「主体が許容或いは受容している事態に対して、主体の性格・性質として 現れる心理・心情的な要因により、知覚を受け入れられないという主体の恒常的な感情を表 す」と記述することができる。この定義は〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉が、許容・受容
を表し、心理的影響という意味が現れるという分析に基づいている。この点で、働きかけ を表す〈知覚動詞-不了: -NEG-LIAOpoten〉とは、意味的に異なると言える。更に、意味的特 徴の相違が、構文的或いは文法的特徴の相違と連動して現れることを指摘する。簡潔にま とめると、〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉は常にSVO(S = 知覚主体, V = 補語を含めた述 語部分, O = 知覚対象)という語順を取り、主題化や主題-評言という構文を取ることができ ない。もしも主題-評言となる場合、〈-不得: -NEG-DEpermi〉は不許可の意味となる(不許可 の意味に関しては第三章3.3節で論じる)。 また、〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉は心理上 の抽象的な活動を表す述語と用いられる副詞〈最: とても〉とも共起し、更に目的語要素と して主述句を取ることもできる。一方、それに反して、〈知覚動詞-不了: -NEG-LIAOpoten〉は、
可能の意味として、主題化を許し、副詞〈最: とても〉とは共起し難く、主述句を目的語と する用例も見受けられない。このことから、文法的或いは構文的に見ても、〈知覚動詞-不得:
-NEG-DEpoten〉は〈知覚動詞-不了: -NEG-LIAOpoten〉とは異なる特徴を有すると言える。この
ように、本研究では〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉を普通話の一形式として分析し、文法 的及び構文的な特徴との関連性も考慮した上で、その意味的特徴を考察する。
本章の構成として、まず、2.2節では可能とは何か、また可能補語が表す可能の意味につ い て 考 察 を 行 う 。 そ の 上 で 、2.3 節 で は 可 能 を 表 す 〈-得 了/-不 了: -DE-LIAOpoten / -NEG-LIAOpoten〉について、更に2.4節では心理的不可能を表す〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉 について議論する。最後に、2.5節で本章の議論及び主張をまとめることとする。