第二章 可能を表す〈-得了/-不了〉と〈-不得〉
2.3. 状況可能を表す〈‑得了/‑不了〉
2.3.1. 状況可能を表す〈‑得了/‑不了〉の諸特徴
2.3.1.1. 形式の移行
2.3.1.1 節では、主に李宗江 (1994) の記述に沿って、可能を表す〈-得/-不得: -DEpoten /
-NEG-DEpoten〉が〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉に取って替わられる通時的 な過程を追う。また、普通話において〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉が用いられなくな る要因として、〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉の多義性及び先行動詞の音節数による制 限、更には可能補語が本来表す意味から得られる特徴への類推という観点で主に説明され ている(李宗江1994)。以下では、基本的には李宗江 (1994) の議論に従うが、この形式の 交替の原理に関しても、特に他の特徴をも考慮した上で再度検討したい。
まず、通時的な観点から、〈-得/-不得: -DEpoten / -NEG-DEpoten〉から〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten / -NEG-LIAOpoten〉へ取って替わられる過程を概観する。〈-得/-不得: -DEpoten /
-NEG-DEpoten〉は唐代の資料に大量に出現し、清末に至るまでずっとその使用頻度が高いこ
とが指摘されている。〈近代汉语〉(近代中国語)における資料から、次のような例が挙げ られている。
(35) 兵马较多,趂到界首,归去不得。(敦39页)20 (李宗江1994: 379)
「兵隊と軍馬が割合多く、界首に到着して、帰ることができない。」
一方、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉は、元代以降になって初めてその用例 が見られるが、用例の出現数としては明代になってもそう多くはない21。この要因として、
李宗江 (1994) では、執筆時期に著者の方言の中で、まだ〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten /
-NEG-LIAOpoten〉が使用されていなかった可能性を指摘している。それが、清代に入り、
〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉の使用が急激に増加する。更に、〈北京口语〉(北 京口語)では完全に可能を表す〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉はその地位を奪われ、 〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten / -NEG-LIAOpoten〉に取って替わられた22。つまり、唐代、宋代で は可能を表す可能補語として〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉が用いられており、〈-得了
/-不了: -DE-LIAOpoten / -NEG-LIAOpoten
〉は使用されていなかった。しかし、元代に入り〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉も可能の意味で使用されるようになるが、明代 ま で そ の 用 例 は 非 常 に 少 な か っ た よ う で あ る 。 そ れ が 、 清 代 に 入 り 〈-得 了/-不 了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉の使用が急激に増加し、普通話においては〈-得/-不得: -DEpoten / -NEG-DEpoten〉が〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉に完全に取って替わられた という。以上が歴史的な資料をもとにして、論じられた事実である。
次に、このような〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉の衰退の要因を概観する。この点に 関して、李宗江 (1994) では、意味的な負担の重なりという観点から、〈得: DE〉の多義性 と先行動詞の音節数の制限を挙げる。更に、可能補語の意味的な特徴からの類推という点 からも説明を試みる。しかし、これらの要因がどのような関係を持って、またどの要因が
20 《敦》は《敦煌变文集》の略である。
21 李宗江(1994:379)では、《金瓶梅词话》前50回のうち6例、《水浒传》、《西游记》の中に は一例も見られないと指摘されている。
22 現代語においても、《骆驼祥子》の中にも30例の〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉が 見られるが、その内の29例は、慣用化した〈顾得/顾不得: 構う/構っていられない〉、〈舍得
/舍不得: 惜しまない/惜しむ, 離れがたい〉が占めていることが、李宗江(1994:379)で指摘さ
れている。更に、40万字の現代小説を基にしたコーパスでは、〈顾不得,算不得,怨不得,
少不得,等不得〉等がいくつか現れるが、これは〈古语: 古語〉の名残あるいは、方言の参 入であると考えられている(李宗江1994:379)。
どの時期に〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉の衰退に関与しているのかという点に関して は論じられていないため、ここでは、李宗江(1994)が取り上げている順番に合わせて提示す ることにする。まず、〈得: DE〉の多義性であるが、可能補語を取り不許可を表す用法、動 詞の後に用いて実現のアスペクトを表す用法(〈完成体〉(完成アスペクト)と言われる)23、 動詞の後に用いて〈获得: 獲得〉の意味を表す用法に併せて、可能補語の可能の意味を表す 用法をも考慮すれば4種類の意味用法が存在することになる。このように〈得: DE〉が多義 であるということから、その意味的な負担が大きく、可能を表す〈-得/-不得: -DEpoten /
-NEG-DEpoten〉が衰退して行った要因の一つであると考察されている。しかし、様々な言語
現象を考えると、一見異なるように見える意味を1つの形式が担うという現象は他にも多々 存在する。そのため、この点が単純に可能を表す〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉の衰退 と関連しているかについては慎重に議論する必要があると思われる24。次に、先行動詞の音 節数による要因であるが、もともと〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉が取る先行動詞の音 節数は、1音節の動詞に制限され、2音節の動詞は取りにくいことが指摘されている。それ に対して、中国語の中の2音節動詞の増加に伴い、その制限のために、他形式である〈-得 了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉に取って替わられた可能性があることが指摘され ている。最後は、可能補語の意味的な特徴からの類推である。可能補語は必ず結果の実現 性を表すという点で、結果の部分が補語 (C) として表される〈V得/不C〉という形式を取 る。この意味に適合した形式の台頭により、可能を表す場合も、特に肯定形式では、〈V得:
-DEpoten〉よりも〈V得了: -DE-LIAOpoten〉が好まれるようになった可能性があるという。こ
れらの指摘は、実際に実証することは非常に困難であるが、これらの特徴が可能を表す〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉の衰退に大きく影響している可能性は非常に高いと考えら れる。
以上、李宗江 (1994:378-340) の記述を参考にして、可能を表す〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten
/ -NEG-LIAOpoten〉と〈-得/-不得: -DEpoten / -NEG-DEpoten〉について見てきた。ここで指摘さ れているように、結果的に普通話では、可能を表す〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉とい う形式は基本的には衰退し、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten / -NEG-LIAOpoten〉に取って替わら れたと言える。そこで、本研究では基本的に普通話を対象としているため、特段必要があ
23 特に初期の白話で見られる用法である。
24 例えば、日本語の「(ら)れる」は、可能という意味も表すが、同時に受身、尊敬、自発 等といった意味特徴をも同時に有する。また、可能には「ことができる」という形式もあ るが、可能を表す「(ら)れる」も現代日本語において意味的に重なりを見せる。
る場合を除いて、可能の意味を表す可能補語の分析は〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten /
-NEG-LIAOpoten〉のみに止めることとする。