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可能の意味

ドキュメント内 ― 可能とモダリティ ― (ページ 36-40)

第二章 可能を表す〈-得了/-不了〉と〈-不得〉

2.2. 可能の意味

を表し、心理的影響という意味が現れるという分析に基づいている。この点で、働きかけ を表す〈知覚動詞-不了: -NEG-LIAOpoten〉とは、意味的に異なると言える。更に、意味的特 徴の相違が、構文的或いは文法的特徴の相違と連動して現れることを指摘する。簡潔にま とめると、〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉は常にSVO(S = 知覚主体, V = 補語を含めた述 語部分, O = 知覚対象)という語順を取り、主題化や主題-評言という構文を取ることができ ない。もしも主題-評言となる場合、〈-不得: -NEG-DEpermi〉は不許可の意味となる(不許可 の意味に関しては第三章3.3節で論じる)。 また、〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉は心理上 の抽象的な活動を表す述語と用いられる副詞〈最: とても〉とも共起し、更に目的語要素と して主述句を取ることもできる。一方、それに反して、〈知覚動詞-不了: -NEG-LIAOpoten〉は、

可能の意味として、主題化を許し、副詞〈最: とても〉とは共起し難く、主述句を目的語と する用例も見受けられない。このことから、文法的或いは構文的に見ても、〈知覚動詞-不得:

-NEG-DEpoten〉は〈知覚動詞-不了: -NEG-LIAOpoten〉とは異なる特徴を有すると言える。この

ように、本研究では〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉を普通話の一形式として分析し、文法 的及び構文的な特徴との関連性も考慮した上で、その意味的特徴を考察する。

本章の構成として、まず、2.2節では可能とは何か、また可能補語が表す可能の意味につ い て 考 察 を 行 う 。 そ の 上 で 、2.3 節 で は 可 能 を 表 す 〈-得 了/-不 了: -DE-LIAOpoten / -NEG-LIAOpoten〉について、更に2.4節では心理的不可能を表す〈知覚動詞-不得: -NEG-DEpoten〉 について議論する。最後に、2.5節で本章の議論及び主張をまとめることとする。

は否定詞〈不: NEG〉は、否定する要素の前に置かれるのが規範である。

(26) 我 不 去。

NEG-行く

「私は行かない。」

(26) において、否定詞〈不: NEG〉は述語〈去: 行く〉の動作を行おうとする意志性、及び

「行く」という動作の両方を否定して、「行かない」という意味を表している。それに対し て、(27) のように可能補語〈-不了: -NEG-LIAOpoten〉を用いると、「行く」という動作の実 現性は否定されるが、主体の「行こう」とする意志は否定されない。

(27) 我 去 不 了。

私 行く-NEG-LIAOpoten

「私は行くことができない。」

このように、「行こう」とする意志が否定されないという点が、可能の意味を成立させる重 要な特徴であると言える。これは、否定詞〈不: NEG〉が先行動詞〈去: 行く〉の前に置か れるのではなく、先行動詞の後ろ、つまり補語〈了: LIAOpoten〉の前に置かれるという相違 の反映である可能性が高い。

次 に 、 実 現 性 と い う 点 に 関 し て で あ る が 、 本 研 究 が 扱 う 可 能 補 語 〈-得 了/-不 了:

-DE-LIAOpoten / -NEG-LIAOpoten〉が表す可能の意味は、主体の行為が実現するだけの「許容

性、萌芽がその状況の中に存在する(尾上1998:93)」17という、いわゆる「潜在的な」或い は「可能性がある」と記述されるポテンシャル (potential; POTEN) な可能を表すと言える。

このようなポテンシャルな可能に対して、アクチュアル (actual; ACTU) な可能18と言われる

17 「動作主がその行為をしようという意図を持った場合にその行為が実現するだけの許容 性、萌芽がその状況の中に存在する(尾上1998:93)」という記述を参考にしている。

18 アクチュアルな可能は、「実現可能」又は「意図成就」等と言われることもある(尾上1998,

川村2004, 渋谷1994等参照)。尾上 (1999) では、意図成就とは「動作主がその行為を意図

したところ動作主自身の期待どおりに実現したということ(尾上1999:91)」であるとし、

可能の意味である「事態全体の生起に関してその成就への期待の存在を意識する用法(尾

上1999:91)」という点で共通性は見いだせるものの、両者にはそれ程近接性はなく、両者

を「広義可能」という名で一括することに消極的な態度を示している。

一類型も可能の意味として存在する19。特に日本語における可能を表す形式である「れる・

られる」及び「できる」は、語用論的意味の含意の違いにより、ポテンシャルな可能及び アクチュアルな可能の両方を表し得る。ポテンシャルな可能とは、「動作の実現(非実現)

を含意しない(渋谷1993:14)」可能のことを言い、主に「動詞の動作性を失って、過去・現 在にかかわりなく状態的な意味の様相を帯びる(渋谷 1994:15)」という点で、形容詞と類似 した用法であると見られている。そこで、次に中国語可能補語が表すポテンシャルな可能 の例を挙げる。

(28) 山 太 陡, 开 不 了 路。

山 とても 急で険しい 通す-NEG-LIAOpoten

「山が険しすぎて、道を通せない。」(《中国补语例解》p.273)

(29) 今天 下 雨,去 不 了 颐和园 了。(刘月华等2001:590②)

今日 降る 雨 行く-NEG-LIAOpoten 頤和園 SFP

「今日雨が降っているから、頤和園へは行けなくなった。」

(30) 今天 阿里 病 了,上 不 了 课 了。(刘月华等2001:590④)

今日 アリ 病気 PERF出る-NEG-LIAOpoten 授業 SFP

「今日アリは病気にかかって、授業には出られなくなった。」

(28) の〈山太陡: 山が険しい〉ことが原因で、〈开不了路: 道を通せない〉という不可能の 意味は、実際に動作が試行された事態を表しているのではなく、その状況として潜在的に 不可能であるということを表している。(29) は〈今天下雨: 今日雨が降っている〉、(30) は

〈今天阿里病了: 今日アリは病気になった 〉ということから分かるように、一時的な状況 が条件として機能しており、一見すると実現可能のように思われるが、この文は事態の非

19 特にモダリティ(modality)の議論で、realis-irrealis (現実相-非現実相)の対立でモダリティを 規定する場合、ポテンシャルな可能を表す文法形式はモダリティ形式に入るが、アクチュ アルな可能の中でも特に意図成就の意味を表す場合には、モダリティ形式とは言えない。

この点において、両者の分類は非常に重要であると考えられる。しかし、本研究では主に 主観性(subjectivity)を軸にしてモダリティを考えているため、両者をもともとモダリティ形 式とは考えない。

実現を含意しているのではなく、「頤和園に行けない」及び「授業に出られない」という状 況にあるということを表している。つまり、(28) から (30) はポテンシャルな可能の例であ り、この場合には、可能補語〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉を用いて表すこ とができる。

それに対して、次に提示するように、事態の非実現を表すアクチュアルな可能を表す文 では、可能補語を用いることは非常に難しい。上に挙げた (29) 及び (30) の例文を、過去 に事態が実現したことを表すアクチュアルな可能表現にすると、(31a) 及び (32a) のように なる。これらの文は、対応する中国語を考えると (31b)〈没去成: 行けなかった〉及び (32b)

〈没能上课: 授業に出られなかった〉というように表現され、可能補語を用いた〈去不了: 行 けない〉及び〈上不了课: 授業に出られない〉という表現では表すことができない。

(31) a. その日は雨が降って、頤和園に行けなかった。

b. 那天 下 雨, 没 去 成 颐和园。

その日 降る 雨 ない 行く-達成する 頤和園

(32) a. その日アリは病気に掛かって、授業に出られなかった。

b. 那天 阿里 病 了, 没 能 上课。

その日 アリ 病気になる PERF ない AUX(できる) 授業に出る

アクチュアルな可能とは、「動作の実現(非実現)を含意する(渋谷1993:14)」可能のこと を言い、主として「一回的な動作の(非)実現(渋谷 1994:15)」について言及することが 多い。もう一例、アクチュアルな可能を表す肯定形の例を加える。

(33) a. 張三は100キロのバーベルを持ち上げられた。

b. *张三 举起 得 了 了 100公斤 的 杠铃。

張三 持ち上げる-DE-LIAOactuPERF 100キロ ASSOC バーベル

c. 张三 成功 举起 了 100公斤 的 杠铃。

張三 成功する 持ち上げる PERF 100キロ ASSOC バーベル

(33a) は、現実としてその場で、「張三が 100 キロのバーベルを持ち上げる」という行為が

実現したことを表している。このように、アクチュアルな可能は、中国語の可能補語では 表すことができない。つまり、(33a) の文を中国語に訳すと、可能補語を用いた (33b) のよ うな表現とはならず、(33c) のような〈成功举起: 持ち上げることに成功した〉という表現 となる。つまり、中国語の可能補語は、アクチュアルな可能を表すことはできないと言え る。

中国語の可能補語〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉が表す可能の意味に関し て、動作主の「意志性」、及び動作・行為の「実現性」という 2 点について考察し、その特 徴を明らかにした。その結果、可能補語〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten / -NEG-LIAOpoten〉は、

否定形式の場合において、動作主の意志性には否定のスコープが及ばず、必ず意志性が保 持されることが分かった。更に、その事態は、動作の実現性を含意せず、その状況の中に 事態を実現する可能性があるか否かを問うポテンシャルな可能を表すのである。

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