第六章 可能から認識的・義務的モダリティへ
6.4. 状況可能からモダリティへのシフト
〈-不了: -NEG -LIAOprob/deduc〉の認識的モダリティ及び〈-不得: -NEG-DEpermi〉の義務的モ
95 不必要を表す〈-不了: -NEG-LIAOnecess〉における状況可能〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/
-NEG-LIAOpoten〉との関係性は、今後の課題としたい。それは、〈-不了: -NEG-LIAOnecess〉の
不必要の意味は、非常に制限された条件で現れ、また現時点で不可能と不必要の関連性を 述べる用意がないため、今後慎重に考察の方を進めたいためである。
ダリティは、共に状況可能に由来する用法である可能性が高いことを論じた。それは、主 に、条件の含意という意味論的、語用論的な共通性において指摘した。このように、両形 式ともに状況可能を表す(或いは、表していた)という共通性があり、その特徴である条 件の含意を共通として、モダリティへの意味の拡張が行われているとすれば、逆に、〈-不了:
-NEG -LIAO〉が義務的モダリティの用法へ拡張し、〈-不得: -NEG-DE〉が認識的モダリティ
の用法へ拡張していても良さそうである。しかし、現実には、〈-不了: -NEG -LIAO〉が認識 的モダリティの用法へ、そして〈-不得: -NEG-DE〉が義務的モダリティの用法へ拡張したの であり、どうしてその逆ではなかったのかということについて、考察を行う。しかし、本 質的には、この原理を実証的に説明するのは非常に困難であると言える。そこで、本研究 では、補語にくる語である〈-了: 終了する〉及び〈-得: 獲得する〉の文法的意味及び語彙 的意味の相違、〈-不得: -NEG-DE〉が有する許容・受容という意味素性、並びに通時的な観点 からの両形式の使用の転換という観点から考察を行う。
状況可能と認識的モダリティ及び義務的モダリティは、条件の含意という点で共通性が あった。また、モダリティを表す〈-不了: -NEG -LIAO〉及び〈-不得: -NEG-DE〉は、主に 有題文として成立するという共通性もあり、無題文でも成立する状況可能とは異なる特徴 を有すると言える。
(表30)状況可能と認識的・義務的モダリティ
意味範疇 状況可能 認識的・義務的モダリティ
共通点 条件の含意
相違点 無題文 / 有題文 有題文
まず、補語にくる動詞〈-了: 終了する〉及び〈-得: 獲得する〉の意味的相違という観点 から、〈-不了: -NEG -LIAO〉が認識的モダリティに拡張し、〈-不得: -NEG-DE〉が義務的モ ダリティに拡張することの原理を説明する。動詞〈了: liao〉は、語彙的には「終了する」
という意味を表す。この〈了: 終了する〉は、基本的には、動作主体の意志性に関与しない、
自発的 (spontaneous) な事態である。それに対して、動詞〈得: de〉は、語彙的には「獲得
する」という語彙的意味を表す。この〈得: 獲得する〉は、基本的には、動作主体の意志性 に関与する、活動的(active)な事態を表す。その根拠として、〈了: 終了する〉が主語位置に 取る要素として、(231a) のような出来事や、更には心配事や事件等に限られるのに対して、
〈得: 獲得する〉は基本的に動作の主体を主語位置に取るという特徴がある。しかし、二次 的な意味としては、〈了: 終了する〉であっても、(231b)のように「終了させる」という使役 的な用法もあり、〈得: 獲得する〉においても、主語に立つ〈我: 私〉の身の上に自然に起 こることとして「病気にかかる」という用法もあるが、基本的な意味としては、〈了: 終了 する〉は出来事主語を取り自発的な事態を表し、〈得: 獲得する〉はヒト主語を取り活動的 な事態を表すと言える。
(231) a. 这 件 事 已经 了 啦。(吕叔湘1999:366)
この CL事柄 すでに 終了する SFP
「この件はすでに終了した。」
b. 我们 得 抓紧 把 这 案子 了 了。(吕叔湘1999:366)
私達 AUX(しなければならない) 急いでやる BAこの 事件 終了する SFP
「私達は急いで、この件を終了させなければならない。」
(232) a. 数学考试 我 得 了 一百分。
数学 試験 私 得る PERF 100点
「数学の試験で、私は100点を取った。」
b. 我 得 病 了。
私 なる 病気 SFP
「私は病気にかかった。」
つまり、典型的には、本来〈了: 終了する〉は出来事が自発的に起こることを表すのに対し て、〈得: 獲得する〉はヒトの活動を表すとまとめることができる。そこで、本研究では、
このような両形式の意味の相違に着目して、これらの述語が補語の位置に現れる際の意味 に影響を与えているのではないかという推測のもとで、まずは分析を行う。文法化した可 能補語〈-不了: -NEG-LIAO〉及び〈-不得: -NEG-DE〉は、その語彙的意味を失い、先行述語 が表す事態の成立或いは不成立を表す。それが状況可能の解釈を得るのに重要な点である と言える。そこに、文法的意味として、〈-不了: -NEG-LIAO〉に自発性、〈-不得: -NEG-DE〉
に行為性という素性が存在しているとすれば、意味的な関連性の観点から考えると、〈-不了:
-NEG-LIAO〉よりも〈-不得: -NEG-DE〉の方が、義務的モダリティである不許可の意味を 得やすいと考えることができる。例えば、先行述語として、〈吃: 食べる〉を例にして考え る。
(233) a. 吃 不 了 (了: 事態の自発性)
食べる-NEG-LIAOpoten
「食べられない」
b. 吃 不 得 (得: ヒトの働きかけ)
食べる-NEG-DEpoten/permi
「食べられない / 食べてはいけない」
可能補語形式全体が表す意味について、各々の要素の意味関係を考慮して考える。まず、〈吃 不了: 食べられない〉は、先行動詞〈吃: 食べる〉で主体の意図性(食べようとする)を表す。
更に、可能補語〈-不了: -NEG-LIAOpoten〉で「食べること」という事態の生起を否定する。
つまり、食べようとしたがその事態が起こらない、つまり、「食べられない」という可能の 意味となる。それに対して、〈吃不得: 食べられない〉も同じように不可能の意味を表すこ とがかつてはできたが、普通話では不許可の意味となり、その原理を考察する。まず、〈吃 不了: 食べられない〉と同様に、先行動詞〈吃: 食べる〉で主体の意図性(食べようとする) を表す。更に、補語では、〈得: 得る〉が表すヒトの働きかけという側面より、主体がその 事態を得ようとするが、それが否定される。つまり、「してはいけない」という不許可の意 味が類推されやすい。また、そこに話し手及び聞き手という関係性が介入すれば、聞き手 である動作主体の活動を否定することからも不許可の意味が導かれやい。このように解釈 することで、〈-了: LIAO〉よりも〈-得: DE〉の方が、補語の意味特徴という観点から考察す ると、義務的モダリティの意味を表す可能性が高いと言うことができる。
次に、第二章で分析した、〈-不得: -NEG-DEpoten〉が言及する許容・受容が、義務的モダリ ティの意味と関連しているという観点から考察を試みる。〈-不得: -NEG-DEpoten〉が表す許容・
受容の意味とは、「対象を受け入れる」ということを表す。また、主として〈-不得:
-NEG-DEpoten〉が表す心理的不可能及び不許可の用法は、否定形式で用いられることより、
「対象を受け入れられない」という意味を表す。この許容・受容という意味素性が、不許可 を表す〈-不得: -NEG-DEpermi〉の意味と関連性が見て取れるという点で分析を行う。まず、
不許可を表す〈-不得: -NEG-DEpermi〉は、遂行的行為表現であり、そこには話し手と聞き手 の関係性が現れることを論じた。
(234) “你 不要 出去,外面 更 危险。 你 去 不 得!”(CCL:巴金《家》)
あなた NEG AUX(するな) 出て行く 外 いっそう 危険だ あなた 行く-NEG-DEpermi
「『出掛けないでよ。外はもっと危険よ。出て行ってはいけない!』」
つまり、(234) の不許可を表す〈去不得: 出て行ってはいけない〉から分かるように、話し 手は、行為主体である聞き手が「出て行く」という行為を許可できないということを表し ている。そこで、この「許可できない」という意味は、ある種、許容・受容である「受け入 れられない」ということで説明することができる。よって、〈-不得: -NEG-DE〉が有する許 容・受容という意味素性が、必然的に義務的モダリティの意味を獲得することになったと考 えることもできる。
更に、通時的観点を加えて、本来、状況可能を表していた〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉 が、形式的に〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉に取って変わられた経緯を考慮 して、更に分析を進める。2.3.1.1節において、李宗江(1994)の議論に基づいて論じたが、も ともと状況可能は、〈-得/-不得: -DEpoten/ -NEG-DEpoten〉が表していた。しかし、元代に入る と、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉が台頭し、普通話においては、〈-得了/-不 了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉に完全に取って代わられた。そこで、このような形式の 転換が起こった要因として、李宗江 (1994) は、〈得: DE〉の多義性と先行動詞の音節数の 制限、及び可能補語の結果事象を肯定・否定するという特徴からの意味の類推という点から 説明を試みた(詳しくは2.3.1.1節参照)。要因はどうであれ、事実として〈-得/-不得: -DEpoten
/ -NEG-DEpoten〉が状況可能としての地位を失ったとすれば、次に拡張する可能性の高い意
味は、やはり認識的モダリティよりは、義務的モダリティの不許可の意味となろう。なぜ なら、先行述語として、動作或いは行為を表す動詞(稀に意志性は保証された上で、形容 詞の場合もある)を取るという点が状況可能と義務的モダリティでは共通しているためで ある。また、可能と許可の意味は、3.2節でも述べたように、非常に類似している。このよ うな点から見ても、状況可能としての地位を失った〈-不得: -NEG-DEpoten〉が不許可の意味
へとシフトする可能性は非常に高いと考えられる。