第二章 可能を表す〈-得了/-不了〉と〈-不得〉
2.3. 状況可能を表す〈‑得了/‑不了〉
2.3.2. 状況可能
2.3.2.2. 動作への指向性
可能補語〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉は、これまで主体の動作行為とい う先行述語が表す事態の実現性を問題とすることが指摘されてきた。しかし、本節では、
結果性の実現を指向するという可能補語形式の特徴が、一時的な条件を取るという点に引 き継がれ、主体が本質的には動作行為を実行できることを前提としているということを主 張する。
従来、可能補語〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉が表す意味特徴として、「先 行述語が表す動作を指向し、可能補語形式全体で動作の実現性の可能性を表すようになる
(李宗江 1994:375 参照)」という指摘が成されてきた。この指摘は、典型的な可能補語が、
補語成分が表す動作の結果或いは方向の実現を指向することとの相違を意識しての指摘で あると言えよう。
(66) a. 教室 里 很 吵, 听 不 清 录音。(刘月华他2001:582)
教室 の中 とても 騒がしい 聞く-NEG-明白である 録音
「教室の中はとても騒がしくて、録音がはっきり聞こえない。」
b. 他 搬 不 出 这 门 城市。(刘月华主编1998:219)
彼 運ぶ-NEG-出る この CL 都市
「彼はこの都市を出ていけない。」
(66ab) のように、典型的な可能補語は、先行述語の〈听: 聞く〉及び〈搬: 運ぶ〉という行
為が行われ、その結果として〈-不清: 明白でない〉或いは〈-不出: 出られない〉というこ とを表している。このように、否定のスコープは補語が表す要素の意味に掛かるため、補 語を指向する表現であると考えられる。それに対して、(67) の例である可能補語〈-不了:
-NEG-LIAOpoten〉は、先行述語である〈做: する〉という事態が実現できないことを表して
いる。この現象から〈-不了: -NEG-LIAOpoten〉は、先行述語が表す動作を指向していると分 析されてきたと言える。
(67) 这 事 太 难,我 做 不 了。(Chao 1968:453)
これ 事柄 とても 難しい 私 する-NEG-LIAOpoten
「これはとても難しく、私にはできない。」
李宗江 (1994)の「動作への指向」という指摘は、可能補語〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten /
-NEG-LIAOpoten〉が、典型的な可能補語が表す結果事態の実現性ではなく、先行動詞が表す
事態の実現に関与しているという点から得られた考察の結果であると言える。
可能補語〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉と典型的な可能補語の指向性の相 違は、文中の要素としても違いが現れる。例えば、可能補語を用いた表現から法助動詞〈不 能: できない〉を用いた表現に変えた場合、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉及 び典型的な可能補語とでは、言い換えられるか否かという点において違いがある。典型的
な可能補語の場合、(66ab) の可能補語〈-不清: 明白でない〉及び〈-不出: 出られない〉を、
不可能を表す法助動詞〈不能: できない〉に変えて、(68) のようにすると、同じ意味を表す ことはできない。
(68) a. #教室 里 很 吵, 不 能 听 录音。
教室 の中 とても 騒がしい NEG AUX(できる) 聞く 録音
「教室の中はとても騒がしく、録音を聞くことができない。」
b. #他 不 能 搬 这 门 城市。
彼 NEG AUX(できる) 運ぶ この CL 都市
「彼は都市から出て行けない。」
これは、典型的な可能補語は、補語の要素(〈清: 明白である〉, 〈出: 出る〉)がそれだけ で語彙的に意味を有しており、単に可能・不可能を表す法助動詞〈能/不能: できる/できな い〉とは異なる意味を表すためであると考えられる。それに対して、〈-不了: -NEG-LIAOpoten〉 の場合、(69) のように代わりに法助動詞〈不能: できない〉を用いて表現しても、その意味 は可能補語の場合とほぼ変わらない45。
(69) 这 事 太 难, 我 不 能 做。
これ 事柄 とても 難しい 私 NEG AUX(できる) する
「これはとても難しく、私にはできない。」
このように、典型的な可能補語が表す結果事態への指向性、つまり結果事態の実現性とい うことと、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten / -NEG-LIAOpoten〉が表す先行述語への指向性、つま り動作行為の実現性ということは、その意味特徴として、何らかの違いがあることが窺え、
両者を区別することは、可能補語の研究において有益であると考えられる。また、 〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten 〉が先行述語の動作の実現性を問題とするのは、補語〈-了: LIAO〉が、本来有する「終了する、終わる」という語彙的意味の漂白化を通して、実質
45 法助動詞を用いる場合と可能補語を用いる場合では、厳密に言えば、語用論的な含意が 異なることがあるが、述語が表す意味としては同じ意味を表すと言える。
的な意味が感じられなくなることに起因していると言えよう(Chao1968等参照)。
しかし本研究では 、意味の漂白化の進ん だ可能補語〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten /
-NEG-LIAOpoten〉と典型的な可能補語における事態に対する指向性の相違は認めつつも、両
者の結果の実現性を問題にするという特徴との平行性を根拠として、指向性においても共 通する側面があることを主張する。
まず、両形式の諸特徴の平行性とは、可能補語〈-不了: -NEG-LIAOpoten〉も典型的な可能 補語も、否定詞〈不: NEG〉が先行述語の前ではなく、先行述語の後ろ、つまり補語の前に 現れるという点である。
(70) a. 可能補語〈-不了〉 : 听 不 了 「聞くことができない」
聞く - NEG - LIAOpoten
b. 典型的な可能補語 : 听 不 懂 「聞いて理解できない」
聞く - NEG - 理解する
中国語において、否定詞は否定を受ける要素の前に置かれる。つまり、否定詞の後ろの要 素が否定されることとなる。よって、本来であれば、(70a) は否定詞の後ろの要素である〈了:
LIAOpoten〉が、(70b) は〈懂: 理解する〉が否定を受けることとなる。(70b) に関しては、
〈-不懂: 理解できない〉というように、規則通り補語である〈懂: 理解する〉が否定の意味を 受けている。しかし、(70a) の場合は、先行述語〈听: 聞く〉の実現が否定されるというよ うに、先行述語を否定しているかのような意味として実現している。しかし、本研究では、
例え先行述語の動作行為を指向していたとしても、結果を否定するという特徴の反映が、
異なる形で〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉にも引き継がれているのではない かという予測のもとで分析を行う。
結論としては、2.3.2.1節で考察したように、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉 は、主体の能力や心理・心情といった恒常性を条件に有する可能を表すことができず、必ず 何らかの一時性を有する条件の含意が必要であるという点に求められるということと関連 させて主張を行う。
つまり、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten / -NEG-LIAOpoten〉が使用できる場面というのは、主 体が本質的には動作行為を実行することができることが前提としてあり、何らかの一時的
な条件によって、その動作行為の実現が可能或いは不可能であることを表していると言え る。(71) を例に取ると、〈做不了菜: 料理が作れない〉というのは、確かに先行述語〈做(菜): (料理を)作る〉という事態の否定となっているが、本来、主体は料理をすることができるの であり、これは、「今日は材料がない」という一時的な条件によって、事態が成立しないこ とを表しているのである。
(71) 今天 没有 材料,做 不 了 菜 。
今日 ない 材料 作る-NEG-LIAOpoten 料理
「今日は材料がないので、料理できない。」
この事実から、「(料理を)作る」という先行述語が表す事態の実現性は、本来的には保持さ れていると考える。つまり、〈-不了: -NEG-LIAOpoten〉は先行述語が表す動作行為は実現可能 であるが、一時的にある条件によって実現することができないというように、語用論的な レベルで先行述語の実現性が保たれていると分析する。このようにレベルは異なるが、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉と典型的な可能補語は、実現性という点で平行 的に捉えることができる。それは、補語〈了: 終了する〉の意味が文法化により薄れていく 過程で、否定を受ける要素としては意味的に不十分となり、否定を受ける対象が語彙的意 味を有する先行述語の表す意味へと移ったと考えられる。しかし、それが一時的な条件と いう制限が付くとこで、先行述語が表す動作性或いは行為性の可能性が保持されると解釈 した方がより合理的ではなかろうか。
本節では、可能補語〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten/ -NEG-LIAOpoten〉と典型的な可能補語に おける結果の実現性を問題にするという特徴との平行性により、〈-得了/-不了: -DE-LIAOpoten
/ -NEG-LIAOpoten〉にも結果に対する指向性が、一時的な条件を取るという点に引き継がれ、
主体が本質的には動作行為を実行することができることを前提としていることを論じた。