第2章 障害児教育裁判
第5節 考察
2 特別支援教育担当教員の専門性
障教裁判の中には、子どもが教師の指示に従わないために教師が暴行を加えた事案も含 まれている。それは、障害児の教育に携わる教師の教育力が問われるケースにほかならな い。子どもを力で抑えることは、最も安易な方法ではあるが、教師としては避けなければ ならないものであり、障害児教育にあってはとりわけそうである。障害に対する慎重で深 い理解を前提とするのでなければ、特別支援教育を担当することはできず、また担当すべ きではない。子どもや親の、もしかすると言葉で表現されないでいる種々の教育的ニーズ を的確に把握し、それに応えることのできる教育・指導・補助を提供するのが、教師に求 められる専門性であろう。
また、子どもの障害の重度化・重複化が進む中、医療的ケアを含んで教師の専門的知見 が求められる事案も見受けられる。各専門職が学校に配属されているアメリカなどとは異 なり、日本の養護学校では、子どもの学習に加えて摂食指導、排泄、自立活動等、生活全 般に関わる指導が一人の教師に課せられており、教師の責任・負担は大きい。反面また、
そうした事情にあるにも拘わらず、特別支援教育の免許を有しないで特別支援教育に従事 する教師も少なくない。こうした体制を今後どのように改めていくかなど、システム上の 課題としてさらに検討を加え、然るべき対応をとることが求められよう。
さらに、自治体によっては、ALTや臨時教員にセクハラ等防止のマニュアルを配布し、
そこで、子どもを抱き上げてはいけない、身体接触はいけない等の禁止事項を細かく指摘 するケースもあると聞く。学校での教師の振る舞いが裁判になることを事前に防ごうとす る意図に基づくものと考えられるが、一方で、子どもとの接触のあり方等に神経質になれ ばなるほど教育はマニュアル化され、萎縮し、学校は親に対して防衛を張っていくことと なる。こうした中で、特別支援教育を担う教師たちの専門性をどのように発揮していくべ きか。これは、障害児童生徒たちの自由・権利・尊厳とも関わって、親と教師と行政当局 者が、慎重に共同議論していかなければならないであろう。
「健常児」は、やがて自立して社会に出、職業を得て然るべき生活を始めることがほぼ 長期的に確保でき、学校も教育行政もそのことを前提として教育活動を行う。しかし、障 害のある子どもについては、多くの場合、親はその明らかな見通しを持つことが必ずしも できず、むしろ、自らが老いて親が子どもをあとに残して先に死ぬこともあるのである。
障害のある子どもの権利の主張は、こうした親の側のどうしようもない不安や焦りに1つ の淵源を有する。子どもや保護者の権利意識、そして子どもや保護者を支える人たちのそ れが高まっていくにしたがい、障教裁判は今後さらに増えていくと思われるが、「障害児教
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育裁判」は時に大きなエネルギーを費やし、関係者を無用な負担や苦痛に陥れてしまうこ とにもなりかねない。裁判によって正義が実現され、新たな正義が樹立されることは確か である反面、裁判によって生活設計が一変してしまうこともあるのである。そうしたリス クを小さくしていくためには、障害のある子どもを支援する仕組みを整え充実させていく ことと並んで、障害のある子どもを育てる親たちをも支援する仕組みを確立していくこと が不可欠である。そうした仕組みを樹立し、子どもも親も安心して適切な教育を受けるこ とができるようにすることにより、障教訴訟の発生は、幾分なりともこれを予防すること ができるかもしれない。
3 (補論)
なお、本章末に、2006(平成 18)年以降 2013(平成 25)年 9 月現在の障害児教育裁判例 を「追加別表」として挙げたが、以下、幾つかの判例から、ここ7~8年の傾向や特徴を 見てみる。
(1)入園・就学判例 1)インテグレーション
平成 18 年の判例には、気管支切開手術を受け、カニューレを装着している児童の保育園 入園承諾に関する仮の義務付け申立事件(大阪地裁 平成 18 年 1 月 25 日決定)、同請求事 件(同年 10 月 25 日)がある。障害のある子どもの保育所入園が承諾され、画期的な決定 である。医療的ケアの必要な子どもにも、保育園という集団生活が長い状況下でのインテ グレーションが可能になったのである。
普通学校への就学に関する判例では、脳性麻痺の四肢障害を有し、車椅子生活を送って いる女子生徒が、町立 A 中学校へ入学を希望したが、設備の不備を理由に進学が認められ ず、それを不当として入学請求をした事案(「就学中学校指定の仮の義務付け申立事件」奈 良地裁 平成 21 年 6 月 26 日決定)がある。希望した中学校には特別支援学級は置かれて おらず、校舎は4階建てであるがエレベーターもなく階段や段差もある。専門の教員もい ない。申立人のような肢体不自由者の受け入れ経験がない。財政面の問題、等々の理由か ら、町教委は女子生徒の進学を認めなかった。
裁判所は、町教委の判断は特別支援教育の理念を没却するとして、A 中学校への入学を義 務付ける仮決定がなされた。
「…当該生徒および保護者の意向、当該市町村の設置する中学校の施設や設備の整備状況、
指導面で専門性の高い教員が配置されているか否か、当該生徒の障害の内容、程度等に応 じた安全上の配慮や適切な指導性の有無・程度などを総合考慮した上、当該生徒を当該市 町村の設置する中学校に就学させることが、障害のある生徒等一人ひとりの教育上のニー
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ズに応じた適切な教育を実施するという観点から相当といえるか否かを慎重に検討しなけ ればならず、その判断が、事実に対する評価が合理性を欠くなど著しく妥当性を書き、特 別支援教育の理念を没却するような場合には、その裁量権を逸脱又は濫用したものとして 違法であるというべきである」という観点から、裁判所は本件の検討をしている。
「本来、個々の教員には、上記の特別支援教育の理念にかんがみ、特別支援教育に関す る専門性の向上が求められているのであるから、肢体不自由者を受け入れた経験がないと いうことが、教員の配置に欠けることの理由とはならないというべきである」。
「認定就学者の該当性の判断に当たっては、生徒自身が何ができないかとの観点のみか ら判断するのではなく、どのような能力が残され、何ができるのかとの観点から将来の可 能性を信じ、生徒及び保護者の意向を踏まえて判断するのが、教育一般の、また、特別支 援教育の理念に沿うものであるというべきであるからである。そうすると、申立人が認定 就学者に該当しないと判断し、本件指定を行わなかった判断は、著しく妥当性を欠き、特 別支援教育の理念を没却するといわなければならない」。
学校教育法の改正を受け、特別支援教育体制や整備が進められていることが、事案の検 討に大きく影響を与えていることが窺われ、これ以後、普通学校への就学に関する申立等 は見当たらず、普通学校におけるインクルージョンについて、市町村教委に大きな影響力 を与えた裁判所の決定であったといえる。
2)不登校児の就学
就学に関しては、特別支援学校就学への請求事件がいくつか見受けられる。「気管支喘息 の子の特別支援学校就学に関する仮の義務付け申立事件」(大阪地裁 平成 19 年 8 月 10 日 決定)、「同、抗告事件」(大阪高裁 平成 20 年 3 月 28 日)、「統合失調症の子の特別支援学 校就学に関する仮の義務付け請求事件」(大阪地裁 平成 20 年 3 月 27 日決定)「同、申し 立て却下決定に対する抗告事件」(大阪高裁 平成 20 年 7 月 23 日)、「アレルギー疾患の子 の特別支援学校就学に関する仮の義務付け請求事件」(大阪地裁 平成 20 年 7 月 18 日決定)
などである。
アレルギー疾患の子どもの特別支援学校就学仮の義務付け請求は、アトピー性皮膚炎に 罹患するなどして、小学校3年生の頃から不登校になっている中学2年の女子生徒が、中 学校の養護学級への就学を拒否し、新しい人間関係の構築と一人ひとりのニーズにあった 教育の受けられる養護学校に就学を希望している事案で、裁判所は養護学校就学を仮に指 定すべきという決定を下している。
「…その就学すべき学校としてZ中学校が指定された場合には、今後とも不当呼応の状態 が継続する蓋然性が高いものと一応認められ、同人の心身の健全な発達がいっそう阻害さ れることは明らかである一方、…その就学すべき学校としてZ養護学校が指定された場合 には、同人は同校において、その教育的ニーズに応じた適切な教育をうけることができる