第5章 裁判及び裁判外の教育・保育紛争解決
第3節 行政型の教育紛争解決システム
1 先行の行政型教育紛争解決システム
(1)先駆
戦後わが国における教育関係プロパーのADRは、1960 年代前半の短い期間、法律に 基づく設置の経験を持ったことがある(28)。1962 年 4 月の「学校法人紛争の調停等に関 する法律」によるそれである。同法は、特定の私立M大学で経営をめぐる長年の紛争が 激化していたため、その解決を図ることを目的に、2 年間の限時法として制定されたも ので、「学校法人の役員又は評議員の間における当該法人の管理及び運営についての」、
いわば内部紛争を対象とする調停の組織・手続等を定めたものである。同法の「学校法 人紛争調停委員」(3 人以上 5 人以下)は、先に定義したのとは異なる性質の教育紛争を 扱う調停機関で、実際にも同大学の紛争解決にだけ適用された後失効したが、教育関連 紛争プロパーの行政型ADRとして先駆的な意味を持つ。
M大学では 1954 年頃から紛争が生じ、国会でも問題が取り上げられるほど事態は深刻 化していた。やむをえない場合には制度上、監督庁は私立大学を解散できることにはな っていたが(学校教育法第 13 条)、学校法人紛争は訴訟では解決できない性質のものが 少なくないという観点から、紛争を実情に即して公正迅速に解決するための調停制度を
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同法によると、学校法人紛争が生じたときは、所轄庁は当事者の申し出により、又は 私立学校審議会・私立大学審議会等の建議により、もしくは職権で、学校法人紛争調停 委員に調停を行わせることができる(第 3 条)。調停委員は必要と認めるときは、調停成 立前の措置として当該学校法人に必要な勧告をすることができ(第 6 条)、また、適当な 時期に調停委員の全員一致の調停案を当事者に示して受諾を勧告することができる一方、
相当の期間を経過しても調停が成立しないときは調停を打ち切ることができる(第 8 条)。
同法制定の約 3 週間後に公布された同法施行令は、さらに具体的な条項を用意した。
M大学の紛争が調停に付されたのは 1962 年 7 月であるが、文部省(当時)は後年、次の ように書き留めている。「調停委員の一年にわたる調停活動の結果、(昭和)三十八年七 月当事者の大部分については調停が成立したが、文部大臣は、同年八月調停案を受諾し なかった者を解職するとともに、仮理事の選任を行なった。三十九年二月には新たな理 事が選任され、その後同校の学校運営は、円滑に行なわれるようにな(った)」(29)。
因みに、学校法人紛争調停と裁判を受ける権利との関係をめぐっては、所轄庁(文部 大臣 当時)がM大学の紛争につき調停開始を決定したことに関する判決例がある。事 案は、学校法人紛争調停法は紛争当事者に調停案の受諾を強制し、対審公開によらない で調停委員が実質上の裁判をなすものであり、行政機関が終審として裁判を行うことに なるのであるから違憲である等として、同大学理事長が調停手続開始決定の無効を求め たものである。
しかし判決は、「調停法による調停によって当事者は調停案の受諾を強制されるもので はなく調停案の受諾によって調停が成立したとみなされてもこれによって裁判がなされ たものということができないことは前記のとおりであるから、これに対し不服の申立を 認めないとしても(・・・)行政機関が終審として裁判を行うことにはならない」として、
原告の請求を棄却した(東京地裁昭和 38 年 11 月 12 日判決 判例タイムズ 155 号 143 頁)(30)。
(2)他の幾つかの先行例
上記調停法が失効して 4 半世紀ほど後の 1986 年 4 月、臨時教育審議会は第二次答申に おいて、「苦情処理の責任体制の確立」を提言した(第 4 部第 2 節「地方分権の推進」)。
教育委員会は「教育に関する各種の苦情や相談を積極的に受け付け」「迅速かつ的確な対 応を行うための仕組み」を講じるべく、市町村教委のみならず「関係機関に改善等を指 導・助言する組織等を都道府県教育委員会に設けるなどの工夫が望ましい」と。この答 申を受けて当時の文部省教育助成局長は翌 87 年 12 月、各都道府県教委に、「教育相談や 苦情処理を行うための組織・体制の整備を図ること」を通知した。しかし、こうした一
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連の答申・通知を受けて自治体が苦情処理組織を本格的に設置した形跡は特に見当たら ず、また、苦情を発端とする教育紛争を解決・処理する専門部署も設けられなかったよ うに思われる。
2000 年代に入ると、教育問題の相談・苦情や、これに起因するトラブルの解決を行う ことを主たる業務とするセクションを置く自治体が見られるようになった。箕面市教育 委員会が 2000 年に設置した「教育問題調整委員会」はその嚆矢に属する。同調整委員会 は、子どもの教育に関わって、学校と保護者、保護者と保護者の間で発生した事案のう ち、収拾が困難とされる事案の解決を図ることを目的とし、保護者や学校からの調整依 頼を受けて調査・調整を行うものであった。
2005 年 8 月には福岡市教育委員会が「学校保護者相談室」を設置した。教育に対する 保護者のニーズが多様化し、保護者が教師や学校に不満や疑問を持ったり、子ども同士 の関係が保護者同士の関係悪化につながったりしてその解決を学校に求めるケースがあ るなどから、中立・公平な立場で問題の早期解決を支援することを目的とする。
相談実施要綱によれば、相談に応じる範囲は、①市立の小・中・高・養護学校・幼稚 園に在籍する子どもの保護者からの、学校の指導や対応に関して学校と話し合っても納 得できない事項、②学校長の保護者への対応に関する事項、③前記①②に準じるもので 相談室が必要ありと認めた事項、である(第 2 条)。相談は電話によるのを原則とし(第 5 条)、相談員が必要と判断した場合は来所して面談することができる(第 6 条)。相談 員は、必要に応じて、教委が予め選任した弁護士に法律的な判断を求めることができ、
それを踏まえて相談者に助言を行うが(第 7 条)、当事者間の仲裁や調整は行わない(第 4 条)。
箕面・福岡両市が設置する機構が教委の管轄下にあるのに対し、2006 年 6 月に稲城市 が設置した「市立学校アドボカシー相談室」は、市長の管轄下にあることを特色とする。
同相談室は、市立学校における児童生徒の保護者からの苦情等に関し、それらの者の権 利利益を擁護し、苦情等の迅速かつ適切な解決を図ることをその目的とする(「稲城市ア ドボカシー制度要綱」第 1 条、第 2 条)。相談員は、保護者からの申し出があったときは 調査を行い、また自己の発意に基づいて事案を取り上げ、さらにこれら事案についてア ドボカシー審査会に報告し意見を述べる(第 6 条、第 10 条)。審査会は、審査の申し出 があった事項を審査し、結果を市長に報告(第 10 条)、市長はこの報告を受けて必要と 認めるときは、市立学校に対して是正等の勧告を行うのである(第 12 条)。
2007 年 6 月に東京都港区で設置された「学校法律相談」は、業務が「港法曹会」に委 託されることと、相談できるのは学校長・幼稚園長を原則としている点で上記各市と異 なる。実施要綱によると、区立の幼・小・中学校における法律問題等に専門的立場から 必要な指導助言を行い、学校運営の安定に資する(第 1 条)とともに、学校に対する要
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求・苦情等への対応方法についても必要な指導助言を行う(第 4 条)。「必要な指導助言」
を行うのは弁護士で(第 2 条)、相談の方法は弁護士事務所における面談である(第 5 条、第 7 条)(31)。
2 「学校問題サポートチーム」の設置と実際
(1)導入
こうした先例的試みに続くのは、教育委員会による教育紛争解決システムの構築であ る。その契機をなしたのは、「学校問題解決支援チーム(仮称)」の設置を提言した教育 再生会議の第二次報告(2007 年 6 月)であった。学校において様々な課題を抱える子ど もへの対処や保護者との意思疎通の問題等が生じている場合に、関係機関が連携して問 題の解決に当たることを趣旨として教委が設置するもので、指導主事、法務教官、大学 教員、弁護士、臨床心理士、精神科医、福祉司、警察官 OB などで構成されるべきものと する、と。
教育再生会議において学校問題解決支援組織の必要性を唱えたのは、第 2 分科会の一 委員であった。2007 年 3 月 29 日開催の第 6 回会議で同委員は、次のように発言してい る。
「私は教師のうつというテーマでずっと取材をしておりますが、取材をすればするほ ど先生方が多様な保護者から追い詰められ、うつになり、つぶれていく現状が浮かびあ がり胸が痛くなります。そんな彼らを支えるシステムがないんですね。子どもたちの権 利を保障するために教師の権利を保護する。教師をバックアップする制度整備も必要だ と考えます。…教師がだめだ、教育委員会がだめだではなくて、やはり学校の先生を励 まし、具体的にサポートする内容も是非、入れていただきたいと思います」(32)。
同年 5 月 11 日の会議でも同委員は次のような発言をしている。
「クレームを言い続けたり、ストーカーのようになってしまう保護者もおられます。
そういう問題のある親に現実的に対応しているのは教育委員会ではなく現場の先生方で す。教育委員会に相談しても、先生頑張ってくださいといわれるだけですし、…問題親 に対しては素手で戦っている状態でございます」(33)。
再生会議第三次報告(2007 年 12 月)は次のように述べた。
「子どもや保護者との関係などで学校だけでは対応困難な問題に迅速・的確に対処す るため、『学校問題解決支援チーム』の設置を進め、教員が子どもの教育に専念できるよ うにする。小規模市町村については、都道府県教育委員会が設置するチームが対応する ことも含め、今後 5 年間ですべての都道府県・市町村教育委員会での設置を目指す」。
保護者らからの苦情・クレームを契機とする教育紛争につき、もっぱら学校側をバッ