三宅 康史
帝京大学医学部救急医学講座教授帝京大学医学部附属病院高度救命救急センター長
要旨:熱中症は,地球温暖化や,高齢化,孤立化も相俟ってかつてないほど注目されている.欧米では熱痙攣,
熱失神,熱疲労,熱射病と,症状および深部体温によって重症度分類がなされているが,本邦では,現場で対処 可能なⅠ度,医療機関の受診が必要なⅡ度,入院の必要なⅢ度の三段階に分類される.その病態は,体内の熱を 逃がすために発汗と不感蒸泄の増大により脱水が進行し,さらに放熱のために皮膚表面の毛細血管が拡張し血管 内容量が減少して臓器虚血が生じ,結果として生じる臓器の高体温による臓器障害,この二つがその本質である.
10 代男女のスポーツ,中壮年男性の肉体労働,高齢男女の日常生活中の熱中症があり,前二者は健康な人が高 温環境と筋肉運動によって熱産生が加わる労作性熱中症であり,治療反応性はよい.三つめの非労作性熱中症は 古典的熱中症とも呼ばれ,すでに重症化していたり,合併症の治療も必要となるため予後は圧倒的にわるい.早 期認識と応急処置,安静,冷却,水分補給が基本で,重症例で発生する後遺症としては高次脳機能障害と小脳症 状などが中心である.
Key words:熱中症,虚血,高体温,労作性熱中症,古典的熱中症,重症度分類
連絡先:三宅康史 [email protected]
節中枢によって厳密に設定されており,温度を一定に 維持するため自律神経系の働きによって,寒いときに は体表の血管を収縮させて放熱を防ぎ,ふるえやくし ゃみ(筋肉運動)によって熱産生を増やし,立毛する
(ヒトでは保温にはほぼ無効)とともに暖かい場所へ の退避や服を着込むなどの行動をとりうる.
生体内では,生命維持のために常に細胞内のミトコ ンドリアにおいて酸素とグルコースを原料として,好 気性代謝の場合は 32 個の ATP が生成される.そし て ATP の分解により生じるエネルギーを使って生命 維持のためのさまざまな活動が細胞レベルで常時行わ れ,水と二酸化炭素となって代謝されていく.エネル ギー効率は,自動車のエンジンで 30% 程度といわれ ているのに対し,ヒトの筋肉運動におけるエネルギー 効率は最大 60% といわれ,種々の活動によって結果 的に産生された熱はそのまま体温維持のために利用さ れる.図 1 に示すように,体内(筋肉や内臓)で産生 された熱は,心拍動(①心機能:トラックのスピー ド)によって打ち出された血液に乗って(②血液量:
トラックの数)体表面に運ばれ,そこで冷やされた
(③外環境:放熱/伝導/対流/気化)血液が体内へ灌流 することで体温上昇を防ぐ.さらに筋肉運動や代謝の 亢進(④)が加わると,熱産生量が増え体温が上昇す
る危険性が高まる.それらは服装,退避行動や飲水量 によっても大きな影響を受ける(⑤).
健康成人では,深部体温は 36.8±0.4℃ 程度に厳密 に調節されており3),生理学的に考えた場合,暑熱・
寒冷は皮膚表面の温受容体・冷受容体で感知され,視 床下部の体温調整中枢に情報が送られる.ほぼ同時に,
不快を回避するため随意的に姿勢の変化,服の着脱,
移動,運動などの行動性調節を行う.不随意反応とし ては自律神経系,内分泌系,運動神経系の三つの調節 系が働くことになる.
安静時には体幹内の臓器での,体動時には横紋筋で の熱産生が体温維持の主体となっている4).体温が上 昇し始めると自律神経系が中心に反応し,体表の血管 を拡張させ,放熱を促進,反応性に心拍出量を心拍数 増加により増やし,体表血流を増加させる.さらに発 汗を促し,それが乾くときの気化により熱を奪い身体 を冷やす(打ち水効果).行動的反応として,随意的 に冷たい液体(水)や固体(保冷剤)などへ伝導によ り熱を移し,風にあたって放熱の効率を上げ(対流),
服を脱いで空気との接触を増やすことで放熱・対流を 増やし,日陰に入る,安静にするなどのほか,発汗お よび呼気からの水分喪失による口渇から飲水行動(と くに冷えた水)を起こす.
図 1.体温調節の仕組み
①外環境(暑熱 or 寒冷,強風,日射),②血液量(脱水・体液喪失:前負荷),③心機能(心 拍出量,心拍数),④筋肉運動,代謝亢進/低下(低栄養),⑤行動(衣服/移動/飲水)
発汗,不感蒸泄の増加が血管内脱水を起こし,最終 的に虚血と高温という二つのストレスにより障害を受 ける臓器は,脳,肝,消化器,腎,血液凝固系が主な 標的臓器となり,腸管粘膜の透過性亢進からの高サイ トカイン血症はさらに組織のショックと発熱を惹起す ることになる1).その病態を図 2 に示す.このうち後 遺症を残しやすいのは脳で,嚥下や構音障害などの小 脳症状,高次脳機能障害が,生存した重症例の 6〜
10% にみられる5).血液凝固障害である DIC は脳,
肝,腎の臓器障害が揃う最重症例に合併するのがほと
んどで,予後不良の指標になりうる6).ただ重症例に おける死亡例は 3 日以内(とくに初日)が多く,救命 救急センターでの集中治療にもかかわらず初日に多く 死亡するのは,原因が脳死や肝不全,DIC を含む多 臓器不全ではなく,急性の循環障害と考えられる.
心は身体のもっとも深いところに位置し熱が逃げに くいうえ,すべての(高温となった)血液が灌流し一 瞬たりとも休憩することができない.熱中症でもっと も過酷な状況におかれる臓器なのである7,8).熱中症 により影響を受ける各臓器の反応を表 1 に示す.
表 1.高熱と虚血による重要臓器への影響
臓 器 影 響
循環器系 心拍数増加
心拍出量増大(深部体温 1.0℃ 上昇につき 3l/分増加)
末梢血管拡張(通常皮膚表層の血流は 0.2l/分,最大 8l/分まで増加)
血管内脱水(汗は通常 0.5l/日,最大 15l/日まで分泌可能)
心機能にもともと障害があれば,負荷増大による急性心不全に陥る危険がある
中枢神経系 脳虚血と脳浮腫(高体温そのもの,グルタミンの上昇・高サイトカノンによる血管内皮障害と循環不全によ る二次的影響).小脳,大脳皮質などの神経細胞はとくに熱に弱い
消化器系 下痢,嘔吐の一般的な症状に加え,運動や高体温に伴い,腸管粘膜の透過性が亢進し,消化管から門脈・肝 経由で全身性の敗血症を惹起する.消化管出血の併発もみられる
呼吸器系 過呼吸,サイトカノンによる肺血管拡張+透過性亢進から急性呼吸促迫症候群(ARDS)へ進行 腎 循環障害,脱水と横紋筋融解症から急性腎障害(AKD)
肝 腸管から門脈経由の高サイトカイン血症により肝細胞障害 凝固線溶系 DIC,中枢神経を含むさまざまな臓器の微小血栓と出血傾向
その他 電解質異常(低カリウム,低リン,低マグネシウム),低血糖,代謝性アシドーシスと代償性の呼吸性アル カローシスなど
図 2.熱中症の発生機序とその病態
虚血と高体温からサイトカイン血症が加わり,臓器障害,敗血症,DIC にいたる.
高温多湿環境 運動・労作
腸管の虚血と低酸素血症 臓器障害の進行
ヘルパー T1 細胞↓
ヘルパー T2 細胞↑
マクロファージから炎症性
(発熱性)サイトカイン出現 腸管粘膜の透過性亢進
Bacterial translocation
肝からの LPS の全身への spill-over マクロファージ,好中球における 炎症性(発熱性)サイトカイン↑↑↑
発熱IL─1,IL─6 TNF─α
全身性の炎症反応
IL─1,TNF─α 低血圧
IL─1β 血管透過性亢進 TNF─α
凝固異常細胞障害 組織ダメージ
組織低灌流 低容量性ショック
実臨床において熱中症は,環境,身体,そして行動 の三つの条件が重なって発症する(図 3)9).環境とし て高温多湿な天気は当然ながら,風がない,直射日光 が強いなどがあり,身体側の条件として,暑さに慣れ ていない(暑熱順化できていない)人,高齢者や乳幼 児,持病とくに糖尿病,心疾患,精神疾患などを患っ ている人,現在かぜや急性胃腸炎などの感染症にかか っている人などがあげられる.行動として,とくに慣 れない肉体労働を始めたばかりの時期,水分補給ので きない,涼しい休憩室がない状況に,ストレス,過労,
寝不足,二日酔いなどが重なって熱中症が発生するこ とになる.