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Ⅲ.次世代シーケンスを用いた免疫ゲノム解析

 近年の並列型次世代シーケンサの技術革新によって,

きわめて大量のシーケンス情報を一度の実験で容易に 取得することが可能になった.リンパ球抗原受容体

(T 細胞受容体[TCR]および免疫グロブリン)の次 世代シーケンス解析(以下,免疫ゲノム解析という)

は,その応用事例として最適なものの一つである.リ ンパ球は,その一つひとつの細胞における抗原受容体 遺伝子座の遺伝子再構成によって,莫大な多様性を獲 得するヘテロ細胞集団である(図 2)6,7).B 細胞で はさらに somatichypermutation が起こることによ って 1013ともいわれる多様性を獲得する6).ある個人 が有する抗原受容体の組成を “レパトア” というが,

免疫ゲノム解析は,腫瘍組織に浸潤するリンパ球が有 する多種多様な抗原受容体レパトアを次世代シーケン サによって網羅的に解読することを目的とする.われ われは,びまん型胃がんに浸潤するリンパ球の個性に 着目した詳細な解析を行うことを目的として,30 例 のびまん型胃がんに浸潤するリンパ球が発現する TCR および免疫グロブリンの遺伝子配列を免疫ゲノ ム解析によって網羅的に解析した(図 2).その結果,

免疫グロブリン軽鎖や TCRα 鎖では,患者間におけ

る配列の共通性が目立ったのに対して,免疫グロブリ ン重鎖および TCRβ 鎖では 30 例の患者間における 配列の共通性がほとんどみられず,個々人で大きく異 なるレパトアを有することがわかった(図 2).この ような配列の固有性は,TCR レパトアと比較して免 疫グロブリン・レパトアにおいてより明瞭にみられ,

B 細胞腫瘍免疫の形成過程には個人間で大きな差異が あることが明らかになった.また,腫瘍浸潤リンパ球 のクローナリティ(抗原受容体レパトアの多様性の指 標)をみると,TCR レパトアについては腫瘍組織に おけるクローナリティの増減に顕著な傾向はみられな かったのに対して,IgG を発現する B 細胞では腫瘍 環境でクローナリティが増加していることがわかった

(図 2).つまり,腫瘍環境では,がん抗原に対応する 少数種類の IgGB 細胞が集簇していることが考えら れる.

 免疫ゲノム解析の全体像から,腫瘍環境において B 細胞免疫がなんらかの役割を果たしていることが示唆 された.また B 細胞腫瘍免疫が個人間で大きく異な る多彩なレパトアを呈することが明らかになり,たと え反応するがん抗原が同一でも,対応する B 細胞抗 原受容体は個人間で異なることが考えられる.このよ うな B 細胞の個人間における固有性は,たとえば 図 1.大規模公共データベースを用いた胃がん腫瘍免疫の全体像の解析(A と B いずれも文献 4 より引用改変)

遺伝子発現データセットをもとに 22 種類の免疫細胞の存在比を推定するアルゴリズム(CIBERSORT5))を用いて,TCGA の 胃がん 295 例について腫瘍に浸潤する免疫細胞の存在比率を解析した.

A:各胃がん症例に浸潤する 22 種類の免疫関連細胞の構成比率に基づく PCA プロットを示す.各点は 4 つの胃がん亜分類

(geneticallystable,chromosomeinstability,EBV+,microsatelliteinstability)を 示 す.点 線 は 各 胃 が ん 亜 分 類 の 分 布 の 95% 信頼区間を示す.びまん型胃がん(赤色)はほかの亜分類に比較して特異な分布を示している.

B:胃がん分類ごとの B 細胞と T 細胞の存在比率を示す.びまん型胃がん(赤色)はほかの群よりも相対的に活性化型 CD4T 細胞の存在比が低く,B 細胞浸潤が相対的に多いことがわかる.

CIN EBV GS MSI 0.04

0.03

0.02

0.01 0.1

0.2

0.0

-0.1

-0.2

-0.2 0.0 0.2

T cells CD8 T cells CD4

naive T cells CD4 memory

resting

T cells CD4 memory activated

A. B.

第一主成分

第二主成分

GS MSI

EB

CIN

MSIGS(多くがびまん型胃がん)

EBVCIN(多くが腸型胃がん)

B cells memory B cells naive

各細胞の存在比率

0

0.15

0.10

0.05

各細胞の存在比率

0

Jフレー Vフレーム シーケンスリード数

C.

IgG クラスの B 細胞

非がん部胃粘膜 胃がん組織 非がん部胃粘膜 胃がん組織

Exponential entro

py 600

400

200

0

ティ

ドミナントクローン V/(D)/J 再構成

結合部の塩基挿入/欠失

somatic hypermutation

V 領域 D 領域 J 領域 C 領域 可変領域

シーケンス部位(~600bp)

A.

D.

B.

TCR β鎖T 細胞

CDR3CDR3

免疫グロブリン重鎖 免疫グロブリン軽鎖

TCRα鎖 TCRβ鎖

E. 免疫グロブリン重鎖 免疫グロブリン軽鎖

30 人の患者のうち CDR3 配列を共有する人数を示す

CDR3個数

TCR α鎖 TCR β鎖

CDR3個数

正常 がん 正常 がん

非がん部胃粘膜

胃がん組織

1000

0 10 20 30 0 10 20 30

0 10 20 30 0 10 20 30 10

1000

10

図 2.免疫ゲノム解析(A は文献 7 より引用改変,B~E は文献 4 より引用改変)

A:免疫グロブリンの重鎖遺伝子を例に,抗原受容体遺伝子座における遺伝子再構成を図示 する7).抗原受容体遺伝子は多数の V/D/J と呼ばれる各セグメントによって構成される複 雑な遺伝子構造を有する.個々のリンパ球で遺伝子再構成が起こることによって,V/D/J 各領域から一つずつ coding 領域が選択され,個々のリンパ球が異なる抗原受容体遺伝子を 発現することになる.さらに B 細胞では,抗原刺激などによって somatichypermutation やクラススイッチも起こり,さらに多彩なダイバーシティを獲得する.このようにして形 成された抗原受容体可変領域を次世代シーケンサによって網羅的に解読する.

B:胃がん症例における免疫ゲノム解析の 1 例.胃がん部と非がん部胃粘膜のおのおのにつ いて,浸潤 B 細胞の V/J フレームの使用頻度をグラフで示す.各色で色分けされた棒グラ フが同一の B 細胞クローンを示す.

C:胃がん部と非がん部胃粘膜における免疫グロブリン重鎖と TCRβ のクローナリティを 示す.縦軸が下方向に向かうほどクローナリティが高いことを意味しており,限られた種 類のリンパ球クローンからなる浸潤を意味する.線は同一症例を示しており,赤と青はが ん部のクローナリティが増加/減少している症例を示す.

D:びまん型胃がん 30 例の抗原受容体 CDR3 アミノ酸配列の出現頻度のヒートマップを示 す.縦軸方向に並べた各行が各 CDR3 クローンを示し,30 例のがん部と非がん部が横軸方 向で交互に並べてある.四角枠は*印で示した部位の代表的な症例を示している.免疫グ ロブリン軽鎖や TCRα ではヒートマップが全体的に白色調で,多くの CDR3 配列が他人で 共有されていることがわかる.

E:びまん型胃がんの 30 例の患者間で共通してみられた CDR3 の出現頻度を示す.重鎖は 同一の CDR3 が他人間で共有されることがほとんどない.

図 3.主要な液性腫瘍免疫抗原としての硫酸化グリコサミノグリカン(A~E いずれも文献 4 より引用改変.)

びまん型胃がん 30 例における免疫ゲノム解析をもとに,がん部特異的かつドミナントに存在する免疫グロブリンの遺伝子配列から発 現・精製した代表的な 5 つの抗体について解析をすすめた.

A:5 つの抗体のうち三つの抗体については,免疫沈降と質量分析によっておのおのに対応するタンパク抗原が同定された.いずれも 細胞内に豊富に存在する自己抗原的タンパクと考えられた.

B:残り二つの抗体については,糖鎖アレイによる抗原探索によって,そのいずれもが硫酸化糖鎖を認識する抗体であることがわかっ た.糖鎖アレイの Cy5 シグナルをグラフとして示す.

C:胃がん特異的にドミナントに存在する免疫グロブリンを追加で発現・精製して検討したところ,合計 14 種の抗体のうち 5 種の抗 体が硫酸化糖鎖を抗原とするものであった.

D~E:同定された抗硫酸化糖鎖抗体のうち複数のものが,胃がん細胞だけでなくさまざまなヒトがん細胞に対して増殖抑制効果を呈した.

p<0.05(t-test).

1.2 1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0

MTT値(比)

1.0 0.8 0.6 0.4 0.2 0.0

MTT値(比)

O O OSO3

CH2OSO3

OH COO

O

O NHSO3

OH O

O O OSO3

CH2OSO3

OH COOO

O NH3

OH O

O O OSO3

CH2OSO3

OH COOO

O NHAC OH

O O

O OSO3

CH2OH OH

COOO

O NHSO3

OH O O

OH CH2OSO3

OH COOO

O O

NHSO3

OH O

抗体 #5 抗体 #4

コントロール抗体

抗体 #4 コントロール抗体

Panc1 AsPC1 Capan1 SW480 SW620 HCT116 HepG2 HuH7 Alex HLF NCI─H2170 A549 NCI─H28 D.

C.

A.

B.

E.

膵がん 大腸がん 肝がん 肺がん/胸膜腫瘍

KatoIII NUGC3 HGC27 MKN1 胃がん

#008T-1

#008T-2

#022T-2

#021T-1

#023T-1

#011T-1

#026T-1

#022T-1

#009T-1

#013T-1

#019T-1

:抗体を作成したクローン :抗硫酸化糖鎖クローン

#012T(lgG #004T(lgG

#019T(lgG

013T(lgG

#008T(lgG) #021TlgG)

#022T(lgG

#009T(lgG

#022T(lgG)

#026T(lgA)

#011T(lgG

#023T(lgG

#004T-1

#012T-1

#013T-2

75kDa 100kDa HSP90AA1

HSP90AB1

LMNALMNB1 TMPO IB: LAMIN

-A/C

75kDa 75kDa

50kDa 50kDa

EZRIN

IB: EZRIN

IB: HSP90α

KatoIII NUGC4 GSS

HGC27 NUGC3 GSU KatoIII NUGC4 GSS

HGC27 NUGC3 GSU KatoIII NUGC4 GSS

HGC27 NUGC3 GSU

50kDa

抗体 #1 抗体 #2 抗体 #3

NA4A3NA3NA2FA2NA2M9

200

100 150

50

0 STn T Heparin Lea Lex SLea SLex Lac 3SL 6SL 3SLNAc 6SLNAc LNT LNnT A B O

De2SHep De6SHep DeNSHep DeNS/AcHep

Cy5 標識抗体 のシグナル

Cy5ナル

TCR については患者間で共通したがん特異的 TCR がしばしばみられる8〜10)ことと対照的であり,われ われは腫瘍環境の免疫グロブリン・レパトアにさらに 興味をもって詳細な解析をすすめた.