分子イメージング(molecularimaging)という言 葉を耳にするようになったのは 2000 年ごろからであ る.文献的には 1999 年に Weissleder が『Radiology』
誌で「核医学,光イメージングやその他のイメージン グモダリティを用いた,生体内での分子特異的イメー ジング」と記載したのが最初とされ14),“分子生物学”
の手法と “in vivo イメージング” の技術を合わせた 新しいイメージング分野として急速に広まった.ちょ うどこのころ,米国カリフォルニア大学ロサンゼルス 校(UCLA)の Schelbert 教授のもとに留学していた 犬伏は,世界初の小動物用 PET 装置を用いたマウス やラットの心筋の血流や糖代謝の PET 研究,光イメ ージングや PET によるレポーター遺伝子を用いた遺 伝子発現イメージングなど,まさに分子イメージング の創始を経験する機会に恵まれた.
レポーター遺伝子とは,発現を容易に検出できる遺 伝子の総称で,マーカー遺伝子とも呼ばれる.オワン クラゲから発見・分離精製した功績により 2008 年に 下村脩博士がノーベル賞を受賞された,緑色蛍光蛋 白(greenfluorescentprotein:GFP)の遺伝子がそ の代表である(図 1 ①).レポーター遺伝子は分子生 物学の分野では古くから in vitro 実験に用いられてい たが,光イメージング技術の進歩のおかげで,マウス やラットなどの小動物であれば体内での遺伝子発現を 体外から蛍光画像としてとらえることが可能となった
(図 2)15).光イメージングは簡便に撮像できることか 図 1.さまざまなレポーター遺伝子の原理
持続性プロモータ 治療遺伝子
レポーター遺伝子
[18F]─FHBG
GFP
Pre ─ mRNA mRNA
導入
転写
スプライシング
治療蛋白 輸送
翻訳 翻訳 HSV1─sr39TK
酵素
P
リン酸化
治療効果 Na+/I-共輸送
蛋白(NIS)
123I,131I,99mTcO4-
翻訳
ベクター
蛍光 紫外線
励起
③ ②
①
細胞核
ら現在も幅広く用いられているが,可視光を利用して いるため生体組織での光の吸収や散乱の影響が大きく,
小動物といえども明瞭な断層画像を得たり,画像を正 確に数値化(定量化)したりすることはむずかしい.
さらにヒトへの応用となると,使い方がきわめて限定 されるといわざるをえない.
その点,放射性同位元素から放出される放射線を検 出して画像化する PET や SPECT といった核医学画 像は,生体組織での吸収や散乱の影響が少ないうえに,
各種の補正法も確立していることから,小動物〜ヒト にまで同一原理で撮像することができ,定量性にも優 れている.核医学画像は CT や MRI といった形態画 像と比べると分解能は劣るものの,感度は著しく高い ため分子レベルのわずかな変化をとらえるには有利で
ある.そのため UCLA では,レポーター遺伝子とし て変異型単純ヘルペス 1 型チミジンキナーゼ(HSV1
─sr39TK)の遺伝子と,この遺伝子が発現すると産生 される酵素によって細胞内に取り込まれる18F-FHBG という PET トレーサとを組み合わせて,PET による 遺伝子発現イメージングを研究開発していた(図 1 ②,
図 3)16).
約 3 年間の留学を終えて帰国した犬伏は,日本で核 医学を用いた遺伝子発現イメージングの研究を継続し 発展させるために,日本でも容易に入手できる遺伝子 と,サイクロトロンでの合成を要しない核医学トレー サを組み合わせとして,ヒト Na+/I- 共輸送蛋白(hu-manNa+/I-symporter:hNIS)の遺伝子と放射性ヨ ードや99mTcO4-に着眼した(図 1 ③).hNIS はヒト 図 2.ラット心筋における生物発光レポーター遺伝子イメージング(文献 15 より引用)
Day 2 Day 5 Day 8 Day 14 Day 14
RA
RV LA
Base LV
Mid LV Apex LV
図 3.ラットにおける心筋血流 PET(グレー)と遺伝子発現 PET(カラー)の重ね合わせ画像
(文献 16 より引用)
P2
P1 P3 P4 P5 P6
P8
P7 P9 P10 P11 P12
P14
P13 P15 P16 P17 P18
P20
P19 P21 P22 P23 P24
の甲状腺濾胞細胞に生来発現している膜蛋白で,I-を 細胞内に取り込む働きを担っているため,hNIS 遺伝 子を発現した細胞は放射性ヨードや99mTcO4-を取り 込むようになり,SPECT を用いて遺伝子発現を間接 的に画像化することができるのである.
まずわれわれはこの手法を用いて,虚血性心疾患に 対する肝細胞増殖因子(hepatocytegrowthfactor:
HGF)遺伝子の遺伝子治療法の評価を行った(図 4)17).虚血心筋周囲に HGF 遺伝子を導入して発現さ せることによって血管新生を促し,側副血行を誘導し ようという新しい治療法で,当時日本発の血管新生遺 伝子治療法と期待されていた.すでに臨床試験も始ま っていたが,その有効性は証明できていなかった.わ れわれは,遺伝子導入の技術的成否や遺伝子発現の個 人差などを確認できないまま治療が進行することが問 題ではないかと考え,ラットの冠動脈を結紮して心筋 梗塞を作成し,梗塞周囲の心筋に HGF 遺伝子を導入 して十分な発現を確認できた個体のみを長期間経過観 察して治療効果を評価してみた.その結果,やはり有 意な治療効果は証明できなかったものの,遺伝子治療 において治療遺伝子の発現を体外から評価することの
意義を示す研究となった.
次にわれわれは,生体内に細胞を移植した際に移植 した細胞が生体内を移動(migration)したとしても 追跡できる “細胞追跡イメージング” に挑戦した(図 5)18).移植する細胞を放射性同位元素であらかじめマ ーキングしておくような手法は以前からあったが,こ の方法では移植細胞が死んでしまっても放射線が放出 され続けることや,長期間にわたって観察する場合,
その間ずっと放射線を出し続けるために生体に悪影響 を与えてしまう可能性があることなどが問題であった.
われわれが提案した方法は,移植する細胞にあらかじ め hNIS 遺伝子を導入して発現させることでマーキン グしておけば,観察したいときだけ放射性ヨードや
99mTcO4-を投与することで生体内の細胞の所在を確認 できる.被曝は画像化するときだけであり,しかも死 んでしまった細胞では膜蛋白が働かないので集積を認 めない利点がある.最近では,生体から細胞を採取し た時点で,すでにその細胞が hNIS 蛋白でマーキング されているように,hNIS 蛋白を全身の細胞で常発現 しているトランスジェニックマウスを開発し,幹細胞 や iPS 細胞を用いた再生医療にも応用できるよう研究 図 4.ラット心筋の梗塞部(a:矢印)に一致して治療遺伝子発現(b:集積)を認め,血管新生遺伝子治療の手
技的成否を確認した(文献 17 より引用)
b. 99mTcO4-遺伝子発現画像 a. 99mTc─ tetrofosmin 心筋血流画像
体軸横断 矢状断 冠状断
をすすめている.