平成23 年霧島山新燃岳噴火に関する緊急調査研究
平成23 年霧島山新燃岳噴火に関する緊急調査研究
ア.はじめに
火山ガス組成は、起源となるマグマ中の揮発性物質(ガス成分)組成や脱ガス条件(火山ガスがマグマ から放出される条件)により規制されている。そのため、火山ガス組成の変化を把握することにより、火山 活動の推移に伴うマグマの性質の変化や地下でのマグマの挙動の変化を評価する事が可能となる。本 課題では、多成分ガスアナライザー(Multi-GAS)を用いた自立型の噴煙観測装置により、長期間にわた る火山ガス組成の変化を把握し、火山活動推移の原因を明らかにする事を目的としている。
イ.観測手法
本課題では火山ガス組成の 長期変動を明らかにするため に、多成分ガスアナライザー
(Multi-GAS)に自立型電源、
センサークリーニングユニット、
データ伝送装置を備えた自立 型噴煙観測装置を作成した。
Multi-GAS による観測は、でき るだけ噴煙濃度が濃い条件下 で実施する事が望ましい。その ため出来るだけ火口の近傍に 機器を設置する事が望ましい。
そのため、太陽電池による電源 供給と携帯電話によるデータ 送信を行うことにより、設置場所 を柔軟に選択できる自立型連 続観測装置を設計した(図 2-5-1)。
多成分ガスアナライザー(Multi-GAS)では計測に SO2, H2S 化学センサーを使用している。化学セン サーは多くの物理センサーと比較して、長期安定性に乏しいため、比較的頻繁な機器校正が望ましい。
しかし、長期連続観測を行う場合には実験室における校正作業を頻繁に行う事は困難である。そのため、
酸性ガス除去剤を通じた大気を定期的に装置内を循環させることにより、化学センサーのクリーニングを 行うための装置を組み込むことにより、化学センサーの安定性の向上を図った。
新燃岳では爆発的な噴煙が繰り返されているため、火口近傍への接近が難しい。また、装置設置のた めに接近可能は場所は活動の変化により様々に変化する。活動の変化に伴う観測点の変更や、移動困 難な状況下での装置設置の機動性を確保するために、有人のヘリコプターによる輸送・設置が可能なよ うに、筐体を強固な設計にするとともに、陸上に作業員が不在の場合でも設置可能とするために、太陽電 池パネルを 3 方向に備えた設計とした(図 2-5-2)。また、降灰が太陽電池パネルに堆積すると発電能力
図 2-5-1 多成分ガスアナライザー(Multi-GAS)を用いた自立型噴煙 観測装置の内部概要。左上:Multi-GAS、左下:センサークリーニング ユニット、右上:データロガー、右端中:タイマーユニット、中央下:バッ テリー、右下:携帯電話ユニット。
が低下するために、太陽電池パネルは垂直に設置した。
観測装置には、通常の Multi-GAS に搭載されている、
赤外分光による CO2-H2O 計、
SO2-H2S 化学センサー、半導 体 H2 センサー、圧力計、温度 計に加え、火山噴煙の到来条 件の評価を行うために、超音波 風向風速計を搭載した。観測 はタイマーユニットで毎日定時 に行い、外気の吸引観測を約 一時間、その後クリーニングユ ニットを通じたセンサークリーニ ングモードで 15 分程度運転を 行い、その後にデータを転送す る仕様とした。
自立型連続観測装置は、計画当初は有人ヘリコプター輸送による設置を予定していたが、火山活動 の変化に伴い、設置場 所を新燃岳南東約 5km の山麓、高瀬川砂防ダ ム近傍に決定した(図 2-5-3)。この場所は冬 から春にかけての卓越 風である北西風により 噴煙が到来する方向で ある。観測点までは砂 防ダム工事のための道 が整備されているため、
装置の設置は陸上輸 送で行い、4 月 12 日に 設置を行いそれ以降観 測を継続している。
ウ.観測結果
定点に設置された自立型噴煙観測装置では、噴煙が観測点に到達した場合にのみ火山ガス成分が 検出される。観測項目のうち、SO2 および H2S 濃度は、大気中のバックグランド値が非常に低いため、比 較的低濃度でも高精度の測定が可能である。4 月 12 日の観測開始以降、約 2 ヶ月間で 4 月 28 日およ び 5 月 12 日の二回、SO2 および H2S 濃度異常が検出された。4 月 28 日には、最大 SO2 濃度 0.3ppm、
最大 H2S 濃度 0.1ppm を検出し、SO2/H2S モル比は約 3 と推定された。5 月 12 日の観測では、最大 SO2 新燃岳
高千穂峰 新燃岳まで約5km
図 2-5-3 自立型噴煙連続観測装置の設置地点。
図 2-5-2 自立型噴煙連続観測装置の外観。外面の 3 面に太陽電池パネルが 垂直に設置されている。筐体はヘリコプターによる輸送が可能なように強固に 作成されている。
濃度 0.08ppm、最大 H2S 濃度 0.1ppm を検出し、SO2/H2S モル比は約 0.8 と推定された。いずれの場合 も、SO2 濃度の時間変化と H2S 濃度の時間変化の相関は高く、火山ガス SO2/H2S モル比の推定誤差は 20%以下と評価される。
これに対し、H2O、CO2 および H2 濃度は大気中のバックグラウンド濃度が高くかつバックグラウンドの 変動が大きく、それに対し到達した噴煙濃度が低かったため、有意な変動を検知する事は出来なかった。
火山ガス放出量は、噴火当初は SO2 放出量にして日量 1 万トン程度であったが、3 月後半以降には日量 200 トン以下に急激に低下しており、遠隔地における連続観測での噴煙の検出が困難となっている。無人 航空機により噴煙の中心部で計測した場合でも SO2 濃度の最大は 3ppm 程度であり、連続観測装置によ る定点観測での最大値 0.3ppm と整合的である。
連続観測結果で明らかとなった SO2/H2S モル比の減少と、3 月 15 日および 5 月 18 日に実施された 無人航空機による観測結果を総合すると、3 月中旬から 5 月中旬にかけて SO2/H2S モル比が、ゆっくり と 10 程度から 0.8 程度に減少したと解釈される(図 2-5-4)。5 月 12 日および 18 日にはそれぞれ連続観 測装置および無人航空機による観測でどちらも SO2/H2S モル比が 0.8 と求められており、観測手法間で の差異は認められず、両方のデータを直接比較する事が可能と判断される。
エ.考察
自立型噴煙組成連続観測装置および無人航空機による観測により、3 月中旬から 5 月中旬にかけて、
SO2/H2S モル比が、10 程度から 0.8 程度に減少した事が明らかとなった。火山ガス中の SO2/H2S モル 比は、温度、圧力および酸素分圧により制御されている。通常火山ガス中での SO2/H2S モル比の低下 は、温度の低下もしくは圧力の増加が原因で生じ得る。ただし、温度低下による SO2/H2S モル比の低下 は、単なる噴気孔温度の低下ではなく、地下での熱水平衡温度の低下を意味する場合が多い。観測期 間中には、火口内は溶岩で満たされ、火山ガスは内部は未だ高温であると推定される溶岩から放出され ている。そのため、新燃岳で観測された SO2/H2S モル比の低下は温度低下が原因とは考えにくい。
無人航空機による観測では、5 月 18 日に火山ガス CO2/SO2 モル比が 8 と推定され、火山ガスが比較 的高圧条件下でマグマから放出されている事が示唆された。この事実と総合すると、SO2/H2S モル比の 減少は、3 月から 5 月にかけてマグマと火山ガスの分離圧力が増加した可能性が示唆される。SO2/H2S モル比は、マグマとの平行圧力が 10 倍増加すると、1/10 に減少する。そのため、今回観察された濃度変
0 2 4 6 8 10
3.1 3.11 3.21 3.31 4.10 4.20 4.30 5.10 5.20 5.30
Date (m.dd)
無人航空機観測 連続観測
図 2-5-4 連続観測および無人航空機を用いた観測により得られた火山ガス中 SO2/H2S 比の変化
化は、圧力が約 10 倍に増加する事で生じ得る。初期(3 月中旬)での火山ガスとマグマの平衡圧力が不 明であるため、定量的な解析は困難であるが、例えば初期の圧力を蓄積溶岩の底部での圧力(200m 厚)
である 5MPa と仮定すると、5 月には平衡圧力が 50MPa(深さ 2000m)に増加したと推定される。
オ.結論
本研究により、新燃岳の火山活動に伴う火山ガスの SO2/H2S モル比の減少が定量的に把握された。
SO2/H2S モル比の減少は、火山ガスがマグマから放出される圧力の増加を示唆しており、火山ガスがよ り深部のマグマから放出されるように活動が変化している事が示された。