第 8 章 ディルタイの自己形成論の地平Ⅲ̶̶̶自然・歴史・生 147
第 3 節 精神科学と自然科学
ディルタイの生涯の課題が「精神諸科学の基礎づけ」であったことはここで繰 り返されるまでもない。「歴史的社会的現実を対象とする諸科学が,これまでの どの時代よりも痛切に,それら相互の連関と基礎づけを求めている」[I 4]とい う問題意識のもと,ディルタイは,J. S.ミルが自然科学に“moral science”を対 置したのに倣って,科学という「知識の地球儀(globus intellectualis)」の一方の 極を自然科学(Naturwissenschaft),他方の極を精神科学(Geisteswissenschaft) と位置づけたことはすでに指摘した(5)。ディルタイにとって科学(Wissenschaft
(6)
) とは「諸命題の総体である。その要素である諸概念は完全に規定され,思惟連 関全体において恒常的かつ普遍妥当的なものである。またその結合が基礎づけ られており,最後にその結合において各部分が分け合う目的のために一つの全
体に結びついている」[I 4]のであるが,その対象の差異によって自然科学と 精神科学が立てられるのである。後述するように,ディルタイにとって「精神 諸科学の基礎づけ」は,歴史的叙述を踏まえてなされるものであり,彼は自然 科学と精神科学を境界づける際にも,その対象の差異を歴史的にたどっている。
自然経過の事実と精神的生の事実,自然的実体と精神的実体,感覚によって与 えられる外界と内観によって与えられる内界などのように,ディルタイは自然 と歴史という関係に収斂するような対立をあげていくが,いずれにしても,こ うした対象の差異が科学の領域を境界づけるものとして示されているのである。
そしてこの境界づけの妥当性が次のような例で示されている。
‥‥‥われわれがゲーテの生活として示すような情熱,詩の形成や思索 の工夫の総体を,ゲーテの脳髄の構造,すなわち彼の身体の諸性質から 導き出し,それでこの総体をよりよく認識しうる能力があると主張する のでないかぎり,科学の独立した立場の正当性を疑うことはないだろう。
[I 9]
すなわち,ここでは自然と精神との差異が自明であるがゆえに,自然科学と精神 科学との差異が明確になると考えているディルタイの姿勢を読み取ることがで きる。ただ,このことがディルタイの「精神諸科学の基礎づけ」を前述のように 誤解させる要因となっているのであろう。確かに,精神的なものは精神的なも のによって形成されるという素朴な信頼がわれわれにはある。その端的な例が 教育であろう。われわれの多くが,教育という人間の働きかけによって子ども の人格をはじめとした精神的なものを変容させることができると・
素・ 朴・
に信じて 疑わない(7)。しかしそれが誤った認識であることは,人間には素質という要因が あること,あるいは教育したとしても子どもは必ず変容するとは限らないこと などを考慮すれば明らかとなる。実はディルタイもまた,この点については十 分に認識していたのであり,それゆえに,自然科学と精神科学の単純な二項対立 を示しているわけではないのである。それでは,精神科学は自然科学とどのよ うな関係になっているのか。この点については,ディルタイが示した科学の歴 史をたどることで明らかになるだろう。
ディルタイは,精神科学を基礎づけるためには,体系的な手続きを歴史的な
手続きによって補完することが必要であると述べる[vgl. I XV]。こうした科 学は個々に独立したものとして生起するのではなく,「連続性の糸」[I 125]と 表現されるように連綿と続いているものとして捉えようとしているディルタイ の姿勢をわれわれはうかがうことができる。実際,ゲーテの『箴言と省察』の 文章によりつつ,「ゲーテは科学の歴史を,諸民族の声が次第に前面に出てくる 大きなフーガに例えている」[I 128]とディルタイが述べているように,科学 を支えている精神は次々と形を変えてくるのであって,そうした様を科学の歴 史として記述することを通じて,それら個々の理論の占める歴史的地位を定め,
自らの「精神諸科学の基礎づけ」の準備をなさしめようとディルタイは考えてい たのである。
ディルタイは,科学の生成を古代から現代までの流れのなかで「知的発展の目 的連関(Zweckzusammenhang)
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」[I 133]として捉えようとしているが,その
基本的なスタンスは形而上学の歴史として,より厳密にいえば,形而上学の支配 のもとで科学が生成しているとみているところにある。その立場は,「‥‥‥形 而上学はまさしく現実を認識の法則の下に従属させることから生じる自然的体 系である」[I 125]とも述べているように,現実から法則が生み出されるとい うよりも,現実を法則の支配下に置こうとする立場といえる。それでは,科学を 支配してきた形而上学とは何であるのか。ディルタイは,形而上学という言葉 が多義的であることを認めたうえで,アリストテレスの第一哲学の概念に依拠 しつつ,個別科学を存在者の個々の領域を対象とするものとしているのに対し て,形而上学を存在者の全体,または存在者としての存在者,すなわち存在者の 共通の諸規定を対象とするものとして位置づける。そして,形而上学は紀元前5 世紀頃に生起し,ディルタイの生きていた時代の200〜300 年前頃から解消過 程へと入っているという。後にみるように,形而上学を解体したのは自然科学 に代表される近代的科学意識であるが,それが抱えている問題の一端は,形而上 学が解消しているかのように見受けられるなかで,形而上学について正当な評 価を行うことなく,自らの科学の在り方が正当であると認識している点にある。
ここから,ディルタイが科学の生成という問題をも歴史的問題として扱ってい ること,すなわち,科学もまた歴史的制約を免れないが,同時に歴史的に生起す るものにほかならないという認識が確認できる。それゆえ,ディルタイがこれ
から明らかにしようとする「精神諸科学の基礎づけ」の試みに際しては,形而上 学の歴史を踏まえていくことが求められるのである。
‥‥‥形而上学の立場は科学に参加する人によって単なる論証を通じて わきに押しのけられるものではなくて,むしろその立場は科学に参加す る人によって,たとえ十分に体験されないにしても,十分に考え抜かれ,
そのうえで解消されねばならない。‥‥‥人間の不変の本性に根ざすこ の立場の要求を歴史的に了解し,その長く持続する力を根本的に認識し,
そしてその帰結を自ら解明した人だけが,自分自身の考え方をこの形而 上学的地盤から完全に引き離し,そして自分の眼前にある精神諸科学の 文献における形而上学の影響を認識し,取り除くことができる。[I 126]
さて,それではディルタイの捉える科学の歴史はどのようなものであったの か。概略としてその一連の流れを示せば,形而上学以前の神話的表象,形而上 学の発生,中世における一神論的形而上学,懐疑論による形而上学の解体,そ して近代的科学意識の生起,ということになる。ディルタイは『序説』におい てまさに博覧強記と呼ぶにふさわしい仕方でこの流れを詳細に記述しているが,
本章では特に近代的科学意識が生起した後の,形而上学と自然科学,そして精神 科学との関係をみておくことにする。
ディルタイは近代的科学意識がもたらした特徴を「分化(Differenzierung)」
[I 352]という事態に見出している。社会において個人の自立が生じてきたよ
うに,われわれは近代において科学における分化という事態を経験することと なる。形而上学の支配のもとでは科学は一つの体系として成立しているのだが,
「・ 現・
実・ に・
対・ す・
る・ 認・
識・ 主・
観・ の・
新・ し・
い・ 立・
場」[I 355],すなわち,個人に対する信
頼を基本とする近代的科学意識の芽生えによって認識主観ごとに科学が分化し,
それぞれの体系をもつこととなってしまう。その結果すべての科学は,ないし はそれを基礎づける形而上学は相対的でしかあり得ない。もちろん,形而上学 を作り上げている人たちは,実証科学に代表される自然科学の成果さえも,自ら の体系のなかに組み込むことができると考えている。しかし,ディルタイは近 代における形而上学の意義は,まさに自らの体系が相対的であることを認識す るところにあると考えていた。だからこそ,形而上学にかわる科学の新たな基