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シェークスピアとルソーの詩的想像力

第 4 章 ディルタイの自己形成論の展開Ⅱ̶̶̶他者と自己形成 74

第 4 節 シェークスピアとルソーの詩的想像力

さて,ここまで詩的想像力がどのようなものであるかを獲得連関との関係に おいて明らかにしてきたが,より具体的に詩的想像力を考察するためには,まず シェークスピアとルソーの詩的想像力をみておく必要がある。というのも,ディ ルタイはこの2人に詩的想像力の2類型を見出しているからである。

( 1 シェークスピアの詩的想像力

まずシェークスピアであるが,彼の詩的想像力はいかに特徴づけられるので あろうか。ディルタイによれば,「シェークスピアは,その全精神力をあげて 身辺の世界と生活のなかに起こる事象に差し向けつつ,主として世の中の経験 のなかに生きていた」[XXVI 139]という。例えば,シェークスピアが他の作 家に比べて数多くの単語を使っていたとするM・ミューラーの研究,あるいは シェークスピアが動植物や医療,法律などに対する専門的な知識をもっていた ことなどをディルタイは指摘したうえで,性格描写の広さと深さにおいて他の 追随を許さないと述べる。そして,こうした作用をシェークスピアがなしえた 理由について次のように述べる。

そのような作用はその原因として単に知覚と記憶の底力を前提している だけではない。われわれは,これをなしとげる天才が,知覚し,観察し,

その自我を忘却し,自らが把握するものへと変わりつつ,事実にまったく 没入しているものと考えなければならない。‥‥‥自分自身のなかにで はなく,自分の他の自分に働きかけるものになかに彼は生きていた。彼

はまったく偉大な,精神的な目であった。[XXVI 132

つまり,ディルタイは没我的な自己の在り方をシェークスピアにおいて見出す のである。例えば,『じゃじゃ馬馴らし(The Taming of the Shrew)』のプロット は,当時の東西の民間伝承によくある物語からとられたといわれる[倉橋1972:

195]。これは民謡や伝説といったものがシェークスピアに大きな影響を与えて いたことの傍証となる。つまり,彼自身の想像によってもたらされたはずの作品 が,その当時の世界に大きく左右されているのである。それ以外にも,彼の故郷 のストラットフォードの風景が,『夏の夜の夢(A Midsummer-Night’s Dream)』

や『冬物語(The Winter’s Tale)』の背景に現れているとディルタイは指摘する

[vgl. XXVI 133]。シェークスピアが作品のなかでそのように明示していない

ので,この点については実証し得ないが,しかしながら,これまでの記述から ディルタイのこの指摘はそれほど誤っていないといえるだろう。

さて,この没我的な自己の在り方は,かなり徹底されているといってよい。つ まり,「彼には,未来の人間や状態という理想をめざす方向はどこにも与えられ ていない」[XXVI 137]のである。後に述べるルソーとのもっとも大きな違い はこの点にあるといってよい。すなわち,シェークスピアは,矛盾していたとし ても,自分の周りの世界を変えることができないものとして・

あ・ る・

が・ ま・

ま受け取 る。だから,社会に対する不満よりも,満足が先にあるといってよい。その意味 で,ディルタイは,シェークスピアが,「あらゆる種類の生活,あらゆる階級の 性格を,自己のなかに抱き享受し形成することにすべての感覚と力を向けてい

る」[XXVI 140]というのである。

シェークスピアにおいては自己の周りの世界を・ あ・

る・ が・

ま・

ま受容していたこと が特徴として指摘されうる。もちろん,それは一見すると自己を滅却している ようにもみえるが,けっしてそうではない。自己を保ちつつ,自己を消してい るといえる。「彼はある素材によってある作品のモティーフを展開するとき,た いてい伝承のなかの異常な面,一見矛盾する面を確保する。‥‥‥彼はそれを 解釈する。彼はそれに内面的なものを感じる」[XXVI 137]とディルタイはい う。ここに示されているように,シェークスピアは,あくまでも「解釈するこ

と(Interpretieren)」において,素材に内面的なものを見出すことを可能として

いたのである。その意味ではどこまでいっても自己は残るのだが,しかし自然

や社会,歴史といった外的なもの̶̶̶ディルタイの言葉でいえば「客観的精神

(objektiver Geist)」̶̶̶が,主題となっていることは否定できない。その意味 で,このような詩的想像力の在り方を客観的想像力̶̶̶ディルタイ自身はその ような言葉を使っていないのだが̶̶̶とよぶことが可能であろう。

( 2 ルソーの詩的想像力

シェークスピアの客観的想像力という在り方に対して,「主観的精神(

subjek-tiver Geist)」に依拠する想像力の在り方もありうる。シェークスピアとの対比

でいえば,主観的想像力といえる。そしてその典型をなすものがルソーである。

「主観的」というと,ルソー自身が「自分と同じ人間仲間に,ひとりの人間をそ の自然のままの真実において見せてやりたい」[Rousseau 1782/1788=1985: ; 10]という意図のもとに書かれた『告白(confessions)』(178289 年)を想起 するが,小説とは言い難い『告白』よりもむしろ『新エロイーズ(Julie, ou la Nouvelle H´elo¨ıse1761年)において詩的想像力が示されていると考えたほう がよい。実際,ディルタイも『新エロイーズ』の生成過程をたどることで,彼の 詩的想像力を分析している。そして,その最も端的な表現が以下の部分である。

近代ヨーロッパにおいて,ジャン・ジャック・ルソーがはじめて『新エ ロイーズ』で他の人間とその状態の知覚や観察について,別段卓越し た才能や習熟なしに,自分自身の豊かな内的体験と思惟から出た形態

(Gestalt)を展開するという方法ではなはだしい効果のある芸術作品を

作った。[XXVI 140

外的なものよりも,自己の内面において生成する形態を展開することで小説を 書いていったというのである。ルソーの『新エロイーズ』はまずその成立からし てルソーのなかでは微妙なものであった。というのも,『学問芸術論(Discours sur la sciences et les arts)』(1750年)において「学問と芸術の復興は,習俗の純 化に寄与したか,どうか,について」[Rousseau 1750=1990: 6]という問いに 対して,「学問,文学,芸術は‥‥‥人間を縛っている鉄鎖を花環でかざり,人 生の目的と思われる人間の生まれながらの自由の感情をおしころし,人間に隷 属状態を好ませるようにし」[Rousseau 1750=1990: 14]たのであり,習俗の純

化に寄与するどころか,むしろ堕落せしめたという有名な結論を出しているが,

その結論からすれば,小説という芸術作品をルソー自身が制作することに矛盾 が生じるからである。しかし,ルソー自身は「この作品を人目にさらすかどうか は,まだ決心せずともよい」[Rousseau 1782/1788=1985: ; 242]として,自 らの想像力が作り出したものを形にすることに身を任せたのである。そのこと について以下のように述べる。

‥‥‥私の眼にうつるのは,あの二人の美しい女友だち,彼女らの男友 だち,彼女らの取りまき,彼女らの住む国,彼女らのために私の想像力 が作りだし,飾りたてたさまざまな対象,そうしたものばかりであっ た。‥‥‥しかたなく,すっかりそれに身をまかせた。頭にあるのはも う,その虚構に若干の順序と筋みちをあたえ,小説のような体裁にするこ とのみである。[Rousseau 1782/1788=1985: ; 242

このような点を踏まえれば,ルソーが主観的想像力を有していたということ が理解できる。それゆえ,ルソーにとっては,「自分の念頭に浮かんでいる幸 福を‥‥‥とりとめない朦朧とした夢想から明瞭な形態へと凝縮し形成する」

[XXVI 140]ことこそが,詩的想像力であったのである。

さて,ルソーはなぜ主観的想像力でなければならなかったのだろうか。『学問 芸術論』で彼自身が指摘したように,当時の社会は堕落した世界であった。その 堕落は,学問や芸術がもたらしたものである。そうした堕落した世界を,自らの 内面において生成されたものによって満たしていくことで,幸せであろうとし たのである。ルソーは『新エロイーズ』の登場人物を住まわせる場所としてあ る湖畔を選ぶ。そのとき彼は「私は運命によって空想上の幸福しか許されない が,その空想のなかでかねて住みたいと思っていたのはここなのだ」[Rousseau

1782/1788=1985: ; 237]という。一見すれば現実逃避のようにもみえるが,

このように想像力を「・ 現・

実・ の・

限・ 界・

を・ 越・

え・

て展開」させることは,まさに詩的想像 力が狂気ではなく,天才のなせる業であることを示している。