第 2 章 ディルタイの自己形成論の基礎Ⅱ
第 5 節 生の哲学者としてのゲーテ
さて,ディルタイは「哲学的・文学的運動」の第2段階にゲーテとシラーを配 していたが,ここではゲーテだけを採りあげる。というのも,ディルタイ自身が
「ゲーテの時代の理想は,ゲーテのなかに具現された」[V 21]と述べているよ うに,この第 2段階という時代がゲーテにおいて体現されているからにほかな らない。
そもそもゲーテにとって世界観は,学問的な基礎づけを必要としていたとディ ルタイは指摘する。もちろん,レッシングやシラー,あるいはロマン主義の人々 にとってもそれは同様であったのだが,ディルタイがいうところの「近代の最も 力強い想像力の本性(Phantasienatur)」[XXVI 156]であるゲーテにとっては より強固に学問的基礎づけを必要としたのである。それゆえ,ここでの主題は ゲーテの世界観を人間を捉えようとする姿勢から跡づけることである。
レッシングにおいては自らの世界観を守るためには神学上の闘いこそが必要 であったが,時代を経ることで神学的な闘いは必要とはされなくなった。ゲー テはすでに「伝統の重み(Last der Tradition)」[XXVI 153]から解放されてい た。だから,「生と生の解意(Auslegung)がゲーテの創作の基礎であり,個性
(Pers¨onlichkeit)がその中心」[XXVI 151]であって,まさに創作において生 とその解意という彼の立場が打ち出されていくこととなる。レッシングにおい ては,個人が主題化されていた。もちろんゲーテにおいてもその事情は変わら ない。しかし,「ゲーテにおいてはすべての体験が生そのもののひとつの相を教 えるものである」[XXVI 148]。そして,そうしたものの背景に普遍的連関が あると考えていたのである。ゲーテにとっては,普遍的連関とそれぞれの個性 との関わりが主題化してくるといってよい。ただその場合の普遍的連関は先に みた合理主義とは一線を画する。というのも,そうした普遍的連関は,生そのも のから規定されるものにほかならないからである。ディルタイはそうしたゲー
テを「いつも彼は事物の統一のなかに,すなわち全体に対する部分の構造のなか に生きていた」[XXVI 158]と評している。つまり,この場合の普遍的連関は 超越的なものではなく,個々の生と密接に関連して規定されるものであり,だか らこそ全体性と個性との関係がゲーテにとっては中心的な課題であったのであ る。それゆえ,「現存在を現存在そのものから解意すること」[XXVI 149]こと が重要となってくる。
ここまでの記述から,ゲーテの歴史的意識がいわゆる相対主義へと帰結しな いことが予見される。ディルタイはゲーテの歴史認識の方法を次のように指摘 する。
以下のようにわれわれは要約できる。すなわち,ゲーテにとって歴史的 にみるということの基礎には,生についての熟考を過去のなかにまで延 長すること,人間とその状態の持続的な形式を把握すること,最後に生そ のものをまったく普遍的に解意することがある。[XXVI 151]
ゲーテにとっての歴史認識には,個々の事象をそのものだけで把握することは 含まれない。むしろ個々の事象そのものの価値よりも,個々の事象,ないしは 個々の生において繰り返し示されてくる形式を把握すること,そのことが生そ のものを普遍的に把握することへと結びついていくのである。こうした歴史観 にわれわれはレッシングにおいて示された輪廻説の影響を看取できる。レッシ ングにおいては歴史を不断の発展として捉えることで歴史的意識を獲得するに 至ったが,それは輪廻説と相即であった。そして,その輪廻説は生の全体性へと 結びつくような思想であることも指摘した。つまり,ゲーテにおいて示される 歴史観は,歴史的意識に裏打ちされつつも,その個々の生に通じる全体的な生の 形式を捉えようとするところにその特徴を有しており,そこにレッシングにお いて示された輪廻説の影響をみたとしても過言ではないだろう。
さて,ゲーテにおいてはもうひとつ指摘しておかなければならないことがあ る。ディルタイはゲーテの出発点を自然研究に見出している。ディルタイは「自 然からゲーテははじめた。すなわち,地質学の研究からはじめ,それから組織的 な形態に没頭し,彼は長い生涯を踏破して,ついに社会的宗教的現象に到達し た」[V 22]とゲーテの研究の道程を示している。つまり,ゲーテの歴史的意識
はこの自然研究とどのように結びつくのかが問われなければならないのである。
ゲーテにとって自然研究は,ディルタイの言葉を借りれば「有機的自然 科学(organische Naturwissenschaft)」[XXVI 160]ともいうべきものであっ た。ディルタイはそれに対置する言葉として「数学的自然科学(mathematische Naturwissenschaft)」あるいは「機械的自然科学(mechanische Naturwissenschaft)」 をあげているが,それらの自然科学を「悟性が現象の直観的なものを分解し,直 接的な経験においては表われない対象的なものについての数学的な関係を構成 する」ものとして位置づけている[XXVI 160]。ゲーテにとっては,精神的世 界やそのなかでの人間の行動は,人間の組織のなかでのことであって,自然から 分けられないものであった。それゆえ,ゲーテの自然研究は,自然を法則化す るものとは異質であるのはいうまでもないところであるが,ここで問題となる のは,そもそも自然をどう捉えるのかという問題である。そこでディルタイは
『自然̶̶̶断章̶̶̶』という文書(12を引用したあと,それをまとめて次のように述) べる。
この文書の核心は以下のとおりである。自然は自らを享受するためにあ らゆる生動的なもののなかに自らを分けたという点である。自然は自ら を意識しないまま,感覚し,直観し,思惟する組織体のなかで自然は自ら を意識するようになる。[V 23]
すなわち,これはディルタイが指摘するように汎神論的な世界観である。つま り,自然=神がまさに世界の根柢に存在し,個々の生は自然=神によって基礎づ けられており,そのことを認識するのは人間のうちにおいてしかないというの である。だから,ゲーテにとって自然研究は「有機的自然科学」,つまり人間を 通じた自然研究でなければならなかったのであり,その意味では機械論的にも 数学的にも自然を記述できないのは繰り返すまでもないことなのである。
さて,こうした世界観に立脚すると,先にみた合理主義へと戻っているよう にも見受けられる。なぜなら,われわれは自然によって基礎づけられているか らである。確かにゲーテは自然をわれわれを基礎づけるものとして捉えていた。
しかしながら,それがはたして超越的に与えられるのかどうかということを考 えてみなければならないだろう。そしてそれはゲーテの歴史的意識の問題とこ
の自然観との関係をどのように捉えるかという問題に帰着する。
確かにディルタイがゲーテの姿勢をカントの『判断力批判』へと結びつけよう とするところからみて,彼はゲーテの立場を合理的経験主義と位置づけている。
例えば,ディルタイは「‥‥‥自然の技術を解決する能力を,ゲーテはカントの
『判断力批判』の助けによって明らかにした」[V 23]と述べている。前章にお いて示したように,カントの『判断力批判』は合理的経験主義と位置づけてよい から,ゲーテの姿勢,特に自然認識の立場は合理的経験主義とすることができる のである。しかし,ディルタイは同時に次のようにいう。
‥‥‥ゲーテにとっては自然のなかに内面も外面も存在しないし,また 現象と現象の意味の分離も存在しないし,自然と精神の区別も存在しな い。すべての一なるもの̶̶̶「海,それは大きくなってきた形を押し流し てしまうもの」である。[XXVI 160]
すなわち,これこそが生の哲学の真骨頂といってよいだろう。確かにここまで ゲーテの世界観を,歴史的意識と自然認識の2つから,個々の現象とそれを貫 く普遍への志向という立場として跡づけてきた。確かに,そうした側面は否定 できなかった。しかしながら,ここでディルタイが指摘しているように「海」と しか表現できないようなものをゲーテは捉えようとしていたのである。ディル タイの比喩にしたがえば,海をその日その日の現象として見出すと同時に,そ のことを通じてその海そのものの本性を探究すること,それがゲーテの立場で あった。この「海」をあえて概念化すれば,それがまさに「生」である。生は その背後へと遡ることを拒絶する[vgl. VIII 184]。しかし,それを捉えようと すれば,どうしてもこうした概念化̶̶̶あるいは分節化̶̶̶を伴うことになる。
それがここでみたゲーテの立場といってもよいかもしれない。ただ,ディルタ イはゲーテの立場をこのようにまとめている。
ゲーテはこんにちわれわれにとって生を生そのものから了解すること,そ してその喜ばしい肯定を意味している。[XXVI 162]
この幾度となく引用された言葉には,こうした背景があったことをわれわれは