第 2 章 ディルタイの自己形成論の基礎Ⅱ
第 4 節 レッシングにおける生の哲学の萌芽
カントの二重性は理性概念の二重性とパラレルであるということを指摘した が,このことはディルタイが捉える「哲学的・文学的運動」の第 1段階のプロ ローグとして非常に重要な位置を占めている。というのも,ここまでの記述か ら予見されるように,ディルタイが「哲学的・文学的運動」の第1段階の担い手 としてとりあげるレッシングにおいてこそ,この二重性が昇華され,新しい道筋 が提示されるであろうからである。
それでは,レッシングをディルタイはどのように捉えていたのだろうか。
レッシングは1760年に司令官の秘書としてブレスラウに赴き,その後1767 年ハンブルクにドイツではじめての国民劇場が創設され,顧問兼批評家として 招かれるまでの間ブレスラウで暮らしているが,ディルタイによれば,この時期 レッシングはB. d. スピノザとライプニッツの研究に着手している。その結果と
して「新しい世界が彼に開かれた」[XXVI 56]という。それまでのレッシング には,むしろ啓蒙主義的な傾向が強かった。
「ルターの信仰以来,ドイツ的な思考様式の最も固有な特徴は道徳的意識の内 面化,いわば宗教的運動それ自身への復帰,生の最高の価値は外的な作用では なく,心意(Gesinnung)に存在するという確信であった」[XXVI 42]とディ ルタイはいう。われわれ人間の行動規範は,外的なものではなく,心の在り方 に依存するという道徳的意識が持続していたといってよいだろう。しかし,啓 蒙主義においてこうした心の在り方は神とのかかわりが断たれることとなるの は先にみたとおりである。そうした状況下において,文学は「あらゆる歴史的
(historisch)制約から切り離された内面によって,個人を永遠に変わらず破棄す
ることもできず,そして情け容赦ないものとして決定するような道徳的原理と いう抽象的世界」[XXVI 42]を描き出すことになる。そして,レッシングもま たこうした文学的世界をブレスラウ時代に至るまではもっており,そのころの
「彼はまだ彼自身ではない(nirgend noch er selber)」[XXVI 56]のであった。
しかしながら,ブレスラウにおいてライプニッツとスピノザの研究に取り組 むことで,レッシングは新たな世界観を獲得することになる。もちろん,ライプ ニッツ,ないしはスピノザをそのまま受容したというわけではない。むしろ彼 らとの邂逅を経て,自らの世界観を深化させたと考えたほうがよいだろう。そ の点について,ディルタイは次のように述べる。
レッシングはまたときおり‥‥‥スピノザ,あるいはライプニッツ,ある いはヴォルフの形而上学的概念を助けとして哲学していたとしても,彼 は,道徳的世界の研究のなかに,そして世界全体の直観のために道徳的世 界の研究から生じた結論のなかに,彼自身の思索の不変で,彼自身にとっ て確かな核心を有していたのである。[XXVI 100f.]
それでは,その新たな世界観とは何か。ひとことでいえば,生そのものという ことになるが,これはレッシングと当時の神学との対決をみなければ解明され ない。
ディルタイは,レッシングの敵を2つ見出す。ひとつは神学の正統派(
Ortho-doxie)であり,もうひとつはここまでの記述からも予見されるように,神学的
啓蒙主義(theologische Aufkl¨arung)である。では,なぜこれらが敵でなければ ならなかったのか。ディルタイによれば,倫理的概念,生の理想,世界観,それ らすべてが,神学の正統派,あるいは神学的啓蒙主義の影響を受けており,レッ シングが自らの生の理想を守り続けるためにはこの2つの敵と対決することが 不可避的だったからである[vgl. XXVI 55f.]。しかしながら,レッシングは神 学そのものを,あるいは信仰そのものを排除しようとしたのではない。むしろ 彼はそのどちらの立場とも異なる仕方で,神学,あるいは信仰を基礎づけようと したのである。
彼は「神学と哲学との不可避的な区別という真理」,すなわち「宗教的真理の 確信根拠は哲学的真理の確信根拠と別物である」ということを真理として受け 入れていた[XXVI 59]。先にみたように,近代的世界観を基礎づける科学的 方法が中世の世界観と結節するという事態は,まさに神学と哲学とを区別しな かったということと表裏一体の事態である。つまり,いわゆる神学の正統派が 従来守り続けてきた神学的伝統を啓蒙主義が理性という媒介を通じてより強固 なものとしたのだが,それがまさに啓蒙主義の立場であったのである。この点 をレッシングは辛辣に批判するのである(10。)
それではレッシングはいかにして宗教的真理を基礎づけようとするのか。
ディルタイによれば,レッシングは信仰を内的経験から基礎づけようとしてい る。これは敬虔主義といってよい。もちろんレッシングはこの限界も十分に把 握しており,自己の経験が他者の経験を否定することはできず,それらの確かさ は自己自身にしか妥当しないということを認めている。しかしながら,その宗 教的確信はその人にしか妥当しないかもしれないが,それはどんな哲学的な証 明よりも強固なものであるとレッシングは主張するのである。
こうした宗教的確信の基礎づけは単なる主観主義の域を出ていないというよ うに見受けられるかもしれない。しかしながら,レッシングは「・
個・ 人・
のキリス ト教(pers¨onliches Christentum)」[XXVI 66,傍点引用者]を確証したのであ る。だとすれば,他の人に確証される必要はない。自己の内的経験として宗教 的確信を得ているのであれば,それですでに宗教的真理が基礎づけられている のであって,それは他者において妥当する必要はないのである。こうしたレッ シングの姿勢をディルタイは次のように総括する。
キリスト教の内面的真理はキリスト教徒の経験のうちに基礎づけられる。
学問の攻撃に対してそれを防御し救うことは可能である。しかし以下の 条件のもとでのみ可能である。つまり,プロテスタントの正統派の体系 を放棄せよ。神の摂理(g¨ottliche Ordnung)の吹き込まれた全体としての
・カ・ ノ・
ンによってプロテスタントの・ 信・
仰を・ 基・
礎・ づ・
け・ る・
こ・ とを・
断・ 念・
せ・ よ。こ こにレッシング神学の徹底性がある‥‥‥。[XXVI 66f.]
レッシングにとって,宗教的真理は学問的基礎づけによって担保されるもので はない。またあるいはカノンによっても保障されない。つまり,宗教的真理の 基礎は個々人の内的経験にしかないというのである。そしてこの個々人の内的 経験から基礎づけるという姿勢がレッシングの根本的な思想̶̶̶「発展」の思想
̶̶̶へと結びついていくのである。
ディルタイは「世界と神,善と悪,此岸と彼岸,天国と地獄という二元論の かわりに,はじめてまったく率直にかつまったく徹底的に不断の発展(stetige
Entwicklung)という思想をレッシングは定置する」[XXVI 106]と指摘する。
ここでいわれる不断の発展はレッシングの輪廻説(Seelenwanderungslehre)が 前提となっているが,ディルタイはR. H. ロッツェの次の言葉を引用し,その立 場を鮮明にする。
われわれは未来に対して滅ぶのではないという予感,われわれの前に生存 していた人々は確かにこの地上の現実性からは離れたが,あらゆる現実 性から離れたわけではないという予感,そしてどんな神秘的な方法にお いてでも歴史の歩みはやはり彼らにとっても生じてくるという予感,す なわちこの信仰によってはじめてわれわれが現にそうしているように人 類について語ることが許される。[XXVI 107]
ディルタイはこのロッツェの言葉にレッシングの輪廻説の特徴を見出している。
この言葉からも明らかなように,輪廻とは生の全体性ともいうべき事態を指し ているといってよい。すなわち,個々人は確かに生まれ死ぬという生理的な限 界を越えることはできないが,その限界を「心(Seele)」は越えていく。個々人 の「心」は,他とのかかわりをまったく断絶して存在しているのではなく,生の
全体性のなかで存在している。そうした意味で,不断の発展ということがいわ れるのである。
こうした輪廻説は,歴史性の自覚ということとも密接にかかわる。輪廻説の うちではじめて不断の発展という思想がうち立てられるのだが,この発展という 概念は新たな歴史観を生み出すからにほかならない。その歴史観がまさに「歴史 性の自覚」ということであろう。ベルンハイム[Bernheim 1920=1966: 25ff.]が 指摘しているように,発展とは「・
作・ 用・
が・ 相・
関・ 連・
す・
る」ことであり,その関連を把 握することにおいて,発展的歴史観が生じてきた。発展的歴史観において,はじ めて歴史の一回性が自覚されてくるのである。つまり,ここでようやくわれわ れはレッシングの姿勢が歴史性の自覚へと結びつく経緯を確認することができ たのである。
しかしながら,これとは別の経緯から(11この歴史的意識を獲得したのがルソー) である。ディルタイによれば,18世紀,すなわち啓蒙主義時代の特徴を,「究極 の哲学的普遍化(philosophische Generalisation)」[VIII 202]に見出すが,こ の哲学的普遍化は人間の精神を貧困化させるという。というのも,「個人は,そ の生動的な全体性において,こうした抽象的なやり方において方法的意識に達 すること以上のものである」[VIII 202]からにほかならない。そして,そうし た哲学的普遍化,あるいは合理主義は,人間の全体性を捨象してしまう結果と なったのである。
それを回復したのがルソーである。ディルタイはルソーが求めたそうした人 間の全体性について次のようにいう。
人間の本性がその現実性と力において自らを保有しようとするならば,す なわち人間の現存在という生動的で豊かな可能性において自らを保有し ようとするならば,それは歴史的意識(geschichtliches Bewußtsein)にお いてのみ可能である。‥‥‥人間本性の全体性は,歴史のうちにしか存 在しない。[VIII 203f.]
ここではルソーの思想そのものを採りあげているというよりも,ルソーを通じ て18 世紀の歴史的意識の特徴を記述しているとみてよい。この歴史的意識は,
上述のレッシングにおいて示された歴史性の自覚と同様の姿勢である。という