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新宿区行政からみた,エイビイシイ保育園の認可運動

第 5 章 「多文化空間」新宿,大久保における保育運動

第4節 新宿区行政からみた,エイビイシイ保育園の認可運動

――運動当時の新宿区福祉部長,L 氏のインタビューデータから

ここまで,認可運動の担い手である,片野園長や父母のインタビューデータ等を通して,

エイビイシイ保育園の認可運動についてみてきた.本節では,エイビイシイ保育園が認可運 動を展開していた時期,新宿区の福祉部長としてエイビイシイ保育園の認可運動に関わって きた,L氏のインタビューデータやエイビイシイ保育園の認可に関わる行政資料などを通し て,新宿区がエイビイシイ保育園の認可運動,また「夜間保育」をどのように受け止めてい たのかを明らかにする.なお,本節で提示するインタビューデータは,全て,2015年5月 18日のものである.

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第1項

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時間保育園「エイビイシイ保育園」の実践を知って

L氏は,新宿区で総務課長を務めた後,福祉部長,総務部長,収入役,そして最後は,副 区長を8年間務めた.L氏が福祉部長を務めていたのは,1999年から2002年の間で,ちょ うど,エイビイシイ保育園が,認可運動をおこなっている時期と重なる.

L氏は,学生時代から,「福祉にはすごく関心あって,社会福祉法とか,福祉関係の児童福 祉法含めて,すごく関心を持っていて,このままの行政で本当に国民として,また新宿区民 として大丈夫なんだろうか」との想いがあったという.そして,東京都の管理職試験では,

福祉の専門職での通過を第一希望としていたが,特別区の管理職試験の方にパスして,引き 続き,新宿区に勤めることになった.L氏は,以前から抱えていた保育行政に関する想いに ついて,次のように話した.

新宿には,日本の最初の保育園「二葉保育園」があるでしょう.現在の南元町にある私立 の保育園ですが,個人の努力で,日本で最初の保育園を始めたところなんです.行政なんか 何もやっていない時代に,民間のひと達が,貧しいところの子どもたちを,また保護者の方 の支援をしていた.民間のひと達が,保育行政の先駆的な役割を果たしていた.そういうこ とが新宿の歴史としてあるわけです.

私は,新宿の保育行政っていうのは,民間の人たちが本当に一生懸命になって先駆的にや っていて,それが,我々行政の後押しをして,国も,都も,区もそうですけど,行政側も,

保育の必要性を再認識しながら保育行政が進んできたっていう,私には,そういう想いがあ るわけ.

そういうような想いのなかで,片野さんの無認可の24時間やっているエイビイシイ保育園 を知ったときにね,日本の特に,新宿の歌舞伎町を中心とした繁華街の中でいろんな人が働 いていて,その人たちの子どももそうだし,保護者もそうだし,受け皿となるのは,支える ものは何なんだろうか.今までの行政のやり方,休日や夜間はやらないというような保育行 政で,それでいいのかなって私は思ったんですよ.

片野さんがここで始めた,新宿の地域性とか,子どもの状況を反映した保育ってなると,

何とか私は支援したいなっていう想いがあったんです.

L氏は,福祉部長になってすぐにエイビイシイ保育園を訪問している.その時のことを以 下のように話した.

そんなに長い時間居たわけじゃないけれども,需要っていうか,区民の要望があって,そ れにちゃんと応えてるんだなっていうのが分かった.

今は,働き方,土曜日も日曜日も含めて,働いてる人が増えてるわけでしょう.そうした ときに,公務員スタイルの月曜日から金曜日までの,土日祝日は保育をしないスタイルって いうのは,区民の要望に応えてるのかなっていう,私の疑問っていうか,問題点があって.

そのなかで,片野さんが一生懸命努力されてるということを現実に見てきて,これは私の行 政上の役割というよりも,何とか支援したいなっていう,個人的な感情としてね,そういう

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学生時代から福祉に高い関心を持っていたL氏は,日本の保育の歴史が,貧しい子どもた ちのための保育として,新宿の鮫河橋から始まり,保育行政が個人の努力に後押しされ,発 展してきたという歴史を胸に刻んでいた.そのような想いのなか,L氏は,日本最大の繁華 街をもつ新宿の地域性に応えて,無認可で24時間保育園を実践するエイビイシイ保育園を知 り,何とか支援したいという想いを持ったのだ.

第2項 区の現場からの反対

(1)保護者からの借金と園長の報酬

片野園長たちのおこなった,1万人の署名活動や陳情書の提出を受けて,福祉部の雰囲気 もエイビイシイ保育園の認可化を前向きに検討する方向になっていた.しかし,実際に社会 福祉法人の設立に向かうと,福祉部の現場から反対の声がかなり出たという.

もうざっくばらんに言うと,社会福祉法人をつくる際にも色々と課題があったんですよ.

片野さんから聞いてると思うけど,保護者から随分,お金借りてるんですよ.そのやり方も,

区の現場からすると,保護者からお金借りるとは何事だっていうのがあるわけですよ.そう いうような所に〔認可を与えて〕本当にいいんですかっていうのは,職員の素直な思いとし てあって.

あそこのお二人の報酬の話も聞いてます?多分,それは言わないと思うんだけど,報酬が 高かった.すごくお二人の.で,それは,私が仄聞するところによると,お金を自分たち個 人で借りてるから,個人で返さなくちゃいけないから,そのために,普通じゃ考えられない 報酬を2人はもらってた.私の所に職員が来ましたよ.「理事長と園長がこんなに高い報酬を もらっていて,これは健全な運営でしょうか」って.「これは行政として,こんなのいいんで しょうか」って言うから,うん,確かにそれは,職員の言ってる通りだ.しかし,個人でし た借金の返済を乗り越えるための選択肢として,そうせざるを得なかったんだろうと.私は これ,想像で言ってるんだけれども.それは許容の範囲なのか,法的に逸脱してるのか,そ の辺のところはよく調べて,社会福祉法人の認可は東京都ですから,東京都ともよく話をし て,その辺のところは間違いないように.指導のほうを間違えないように,感情じゃなくて,

指導のほうを間違えないようにちゃんとしてよねっていう話をした覚えがあります.

(2) 「夜間保育」に対する偏見

エイビイシイ保育園を認可園にすることについては,以上のような,父母からの借金と園 長たちの報酬についての批判以外にも,区側からは,「夜間保育」そのものに対する批判もあ った.

職員の側には,保育そのものが夜間まで…エイビイシイは,深夜・早朝までっていうのか な,そういう(24時間の)保育っていうのは,あるべきじゃないっていうような考えもあり

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ましたよね.夜間,深夜まで子どもを預かるていう保育が,本当に子どものためにいいのだ ろうかみたいな話も含めて.

第3項 前向きに変わっていく

イビイシイ保育園の認可取得は,様々な課題や区の職員からの反対を受けながらも,前向 きに走り出していた.その要因は何だったのだろうか.

(1) 「お互い」努力しよう――行政の体質を乗り越えて

L氏は,職員と片野氏に向けて以下のように,話をしたという.

社会福祉法人の条件に合うように,我々も努力するし,片野先生の方もしっかり努力して くださいねっていう言う方を,うちの課長や職員の前で言った覚えはありますね.

非常に否定的なんですよ,行政っていうのは.行政っていうのはって言い方おかしいけど,

今までの枠があるじゃないですか.枠を飛びだして基準がないものに対して,往々にして否 定的になっちゃうのね.だから,エイビイシイを認可の夜間保育園として認めることは,も の凄く難しいことだった.

エイビイシイ保育園は,東京都で初,そして唯一の認可の夜間保育園である.つまり,エ イビイシイ保育園が認可園になるまで,新宿区には,「夜間保育」という保育の枠組みはなか った.新宿区行政にとって,エイビイシイ保育園の24時間保育は,まさしく,「枠を飛び出 して基準がないもの」であった.

(2)園庭がない

認可保育園,つまり児童福祉施設として認められるためには,児童福祉施設の「最低基準」

として設定された条件を全て満たさなくてはならない.児童福祉施設は,園庭を持っている ことが「最低基準」の一つとして設定されている.しかし,エイビイシイ保育園の園舎には,

園庭はない.エイビイシイ保育園が認可園として認められたことは,児童福祉施設の「最低 基準」の枠からいうと「例外中の例外」だという.

認可保育園っていうのは,園庭がなくちゃいけないでしょう.うちの職員は,「認可基準に 書いてあるんだから,園庭が絶対になくちゃいけない」って言ったんですね.その通りなん ですよ.けど,私が言ったのは,近隣に公園とかそういうのがあって,そこを使うってこと で,認可しているケースもあるんですよ.だから,そういうケースを参照して,緩和基準っ ていうのかな,そういうようなものも含めて,よく相談に乗ってあげなさいって,言った記 憶があるね.

「夜間保育」の枠組みがないなかで,夜間保育をおこなうエイビイシイ保育園を認可する ことは,「基準がないものには否定的」な行政の体質にとって,かなり難しいことだった.し

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