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新宿区の「多文化共生」とは

第 3 章 大都市東京のインナーシティの現在――新宿,大久保を通して

第6節 新宿区の「多文化共生」とは

近年,インナーシティにおいて「多文化共生」の概念が注目されてきたことは,既に述べ た通りだ.新宿区において「多文化共生」は,どのようなものとして理解され,またどのよ うな施策として実施されているのだろうか.

新宿区は,全国的にも珍しく,「多文化共生」を目指すことを地域文化部多文化共生推進 課の取りまとめにより,「新宿区多文化共生まちづくり会議条例」として,2012 年6 月29 日(施行は9月7日)に区の条例で定めた.本条例の第1条に拠るとそれは以下の通りであ る.

第1条 新宿区(以下「区」という。)の区域内(以下「区内」という。)において,多 文化共生のまちづくりを総合的かつ効果的に推進するため,区長の附属機関として,新宿区 多文化共生まちづくり会議(以下「多文化共生会議」という。)を設置する(「新宿区多文 化共生まちづくり会議条例」第1条)。

以上のように,第 1 条において,「新宿区多文化共生まちづくり会議」(以下,「多文化 共生会議」と呼ぶ)は,区長の附属機関とすることが定められている.区長の附属機関であ るということは,この会議が区に対して拘束力をもつことを意味している.つまり,原則的 にはこの会議における答申が区政に反映されることを意味する.

ではなぜ,新宿区は全国的にも珍しく,多文化共生の推進を区の条例で定めることになっ たのだろうか.それには,背景として「日本人と外国人が交流し、お互いの文化や歴史等の 理解を深める場」48として,2005年9 月に開設した「しんじゅく多文化共生プラザ」49そし て,それと同時に設置された,「ネットワーク連絡会」の存在がある.「ネットワーク連絡 会」では,多文化共生プラザを拠点に地域住民や活動団体のネットワーク化を推進するため の話し合いがもたれてきた.そして,「ネットワーク連絡会」は,2010年に,「新宿区多文 化共生連絡会」と名称が改められた.区の地域文化部多文化共生推進課の職員の話しによる と,「『ネットワーク連絡会』及び『新宿区多文化共生連絡会』を通じて,多文化共生に関 する様ざまな課題が議論されてきたが,その中で出てきた問題意識として,これまでの活動 や議論を通して分かったことを区政に反映させるべきではないのかということがあった」50と いう.このような背景から,「新宿区多文化共生連絡会」とは別に,区長の附属機関として,

「多文化共生会議」を条例で定めることが検討されるようになったということだ51

では,多文化共生に関するこの2つの組織の違いはなんであろうか.2012年6月12日に 開催された,区議会総務区民委員会における,野もとあきとし区議の「新宿区多文化共生連

48 「多文化共生プラザ」の説明については,地域文化部多文化共生推進課のホームページより引 用(2016年5月5日閲覧).

49 歌舞伎町2丁目に立地.午前9時~午後9時まで開館している.多目的スペースでは,日本語 教室,国際交流や多文化共生をテーマとした各種学習会やセミナーが開催されている.

50 2015年6月2日聞き取り.

51 「多文化共生会議」が区長の附属機関として定められた経緯については,多文化共生推進課職 員に対するインタビューからまとめたものである.インタビューは,2015年6月2日におこなっ た.

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絡会との活動の関係性というのを御説明ください」との質問に対する,多文化共生推進課長 の発言を委員会の会議録により,以下に引用する.

これまで多文化共生連絡会につきましては,多様な主体によるネットワークの構築ですと か情報共有を目的としまして,平成 17 年度にネットワーク連絡会という形で創設しており まして,平成 22 年度に現在の形の多文化共生連絡会という形をとっております.こちらの ほうで,これまでいろいろ議論していただいた中では,多文化共生プラザというのがあるん ですけれども,そちらのほうのあり方ですとか,災害時の外国人の支援の問題,それから,

子どもの学習支援の問題ということも含めて,いろいろ議論していただいております.

今回の会議〔新宿区多文化共生まちづくり会議〕においては,実際,子どもの学習支援で すとか,災害時の外国人の支援というような政策課題については多文化共生まちづくり会議 のほうで御議論いただいて,連絡会のほうは,これまでどうりネットワークの構築を目的と した形での情報共有というような目的で,これからも広く活動していただきたいと,そうい うふうに考えております(2012年, 「総務区民委員会会議概要録」:45-46).

以上のように,多文化共生プラザを拠点とした,「多文化共生連絡会」では,地域住民や 活動団体のネットワークの構築を目的として交流活動などを主に展開してきたが,そこから 出てきた,例えば,災害時の外国人の支援や子どもの学習支援の問題といった,政策的課題 については,「多文化共生会議」の方で議論を深め,政策化に向けて動いていくということ だ.ここから,新宿区が多文化共生を「ネットワーク構築のための交流」と「政策」という 2つの視点に分けて実践しようとしていることが分かる.

では,多文化共生の政策化を目的として設置された「多文化共生会議条例」では,多文化 共生はどのように定義されているのだろうか.用語の意義について定めている第2条をみる.

第2条の(1)に拠ると,「多文化共生のまちづくり」とは,以下の通りだ.

第2条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,該当各号に定めるところに よる.

(1)多文化共生のまちづくり 多様な文化や習慣を身に付けた人々が、交流し、相互理解 を深め、共に生きるための地域社会の形成に資する活動をいう(「新宿区多文化共生まちづ くり会議条例」第2条(1))。

以上の第2条(1)の「多文化共生のまちづくり」から,新宿区が「多文化共生」を「多様 な文化や習慣を身に付けた人々が、交流し、相互理解を深め、共に生きる地域社会」である と理解していることが分かる.

それでは,このような理解に基づいて実施されている,新宿区の「多文化共生」政策とは どのようなものなのだろうか.

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第1項 新宿区の多文化共生施策

現在(2016年5月),新宿区の多文化共生推進課では,2014年度に実施した多文化共生 に関する施策を「平成26年度新宿区多文化共生関連施策一覧」として,公表している52.そ れによると,新宿区では,災害時,税金・医療・保険,福祉,出産・子育て・教育,暮らし,

お楽しみ情報,お得情報の7項目に分かれて,93もの多文化共生に関する施策が実施されて いる.前出の「多文化共生会議」による答申文によると,このように多くの施策のなかでも 新宿区では,多文化共生に関して,主に以下のような施策に力を入れているという53

(1)しんじゅく文化共生プラザを軸としたネットワークの構築

①多文化共生連絡会の開催

②国際交流サロン

(2)コミュニケーション不足を補うための日本語学習支援 ①新宿区日本語教室

②しんじゅく多文化共生プラザ日本語学習コーナー

③区立学校,幼稚園,こども園,保育園での日本語サポート

④子ども日本語教室

(3)外国人への情報提供と相談窓口の運営

①外国人相談窓口(英語,韓国語,中国語)

②しんじゅく多文化共生プラザ外国人相談コーナー(英語,韓国語,中国語,ミャンマー 語,タイ語,ネパール語)

③外国語広報紙,外国語ホームページ

④新宿生活スタートブック

⑤生活情報紙

また,本答申文において,「多文化共生会議」は,2つの提言をおこなっている.一つは,

外国人住民の子どもに関する提言であり,もう一つは,外国人住民に対する災害時の支援サ ービスに関する提言である.以下にその概要を示す54

(1)外国にルーツを持つ子どもの教育環境の向上に関する提言 <提言の背景>

外国にルーツを持つ子どもたちは,将来の新宿区の重要な担い手であるため,多文化共生社 会をめざすために,外国にルーツを持つ子どもたちの教育は最重要課題の一つである.

52 2015年度の「多文化共生関連施策一覧」は,本年(2016年)9月頃に公開されるということ

だ.

53 「新宿区多文化共生まちづくり会議 答申」平成26年8月29日.

54 本文中の<提言の背景>は,本答申文の「提言にあたって」の部分を,筆者なりに要点を整理 し簡略にしたものである.

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(2)災害時における外国人支援の仕組みづくりに関する提言 <提言の背景>

外国人は地域社会の一員であるため,外国人も日本人と同等の災害時における支援やサ ービスを受けられる体制を整備する必要がある.

以上,新宿区の「多文化共生」に対する理解と新宿区で実施している多文化共生施策を概 観してきた.新宿区では,多文化共生社会を目指すことを,「多文化共生会議」として,区 の条例で定めている.そこで定められている「多文化共生」とは,次のようなものだった.

「多様な文化や習慣を身に付けた人々が、交流し、相互理解を深め、共に生きる地域社会」.

そして,以上のような「多文化共生」の理念に基づき,これまで主に,「しんじゅく多文化 共生プラザ」を軸とした住民ネットワークの構築,日本語学習機会の提供,外国語の情報提 供や相談窓口の設置などが施策として実行されてきた.そして,今後は,「多文化共生会議」

において提言が出されたように,外国人住民の子どもの学習環境改善にかんする施策と外国 人住民の災害時におけるサービスのシステム構築を主要なテーマとして施策が実行されてく ようだ.

第2項 理念と施策の齟齬,さらに地域の現状と施策の乖離

新宿区は,「多文化共生」について,「多様な文化や習慣を身に付けた人々が、交流し、

相互理解を深め、共に生きる地域社会」であると定義している.この定義に拠ると,「多文 化共生」は,エスニシティを限った概念ではない.つまり,新宿区は,「多文化共生」施策 の基に,日本人住民も外国人住民も含めた多様な人びとが共に生きる社会を目指しているこ とが分かる.しかし,新宿区において,実際に施行されている施策をみてみると,そのほと んど全ては,外国人住民を対象にしたものであるし,多文化共生に関する政策の立案機関で ある「多文化共生会議」においても,議論や提言の対象となっているのは,外国人である.

このことから,新宿区における「多文化共生」理念と施策の間の齟齬が確認できる.

また,近年新宿及び大久保が,新たな住民層としての日本人の存在により,人口増加を続 けていることは既に述べた.このことは,現代のインナーシティ新宿,大久保が,従来の特 徴として語られてきたエスニック・マイノリティの多様性だけではなく,比較的高収入な層 を含むニューカマーとしての日本人の価値観その他を加えた多様性を包摂していることを意 味している.エスニック・マイノリティだけではなく,日本人住民を含めた多様性が進行し 続けている新宿,大久保において,多文化の共生というテーマを目指す際の施策が,外国人 住民だけを対象にしているということは,地域の現状と施策に乖離が見られると言わざるを 得ない.

以上のように検討を進めると,新宿区の「多文化共生」理念は,多様性の進行という地域 の現状を上手く反映していることが分かる.それだけに,理念に基づいた施策の展開が見ら れないのが残念だ.

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