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「インナーシティ論」としての都市エスニシティ研究

第 2 章 インナーシティに関する近年の動向

第1節 「インナーシティ論」としての都市エスニシティ研究

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究に分かれて発展してきたといえる.奥田らの都市エスニシティ研究は,その研究開始当初 から,一貫して,大都市インナーシティ等の地域社会を基軸に,外国人を生活者として捉え,

彼ら/彼女らの生活世界を通して,そこに生まれた生活様式の特徴を分析してきた研究であ り,関係論的把握に主眼が置かれてきた研究である(奥田・田嶋, 1991, 1993; 奥田・広田・

田嶋編, 1994; 広田, 1996; 奥田・鈴木編, 2001; 山本, 2008; 藤原, 2008; 稲葉, 2008; 川村編 著, 2008; 水上, 2009; 大倉, 2012; 広田・藤原, 2016など).

以上のように,対象への接近方法の違いはあるが,「外国人住民」というテーマを共有す る社会学的研究の近年の特徴としては,外国人児童,生徒の不就学,不登校といった,子ど もの問題を取り上げる研究が増加したことが挙げられる.このような,外国人住民の子ども をテーマとする研究では,親が,小学校及び中学校の就学方法を理解できず子どもが不就学 になるケースが多いこと,就学しても日本語の不理解から授業についていけず不登校となる ケースが多いことなど,外国人の子どもの不就学,不登校の深刻な問題が取り上げられ,そ こでは,日本語学習教室における改善策など学校教育上の問題が活発に議論され成果をあげ てきた(山脇・近藤・柏崎, 2001; 佐久間, 2007; 宮島, 2003; 藤田ラウンド, 2008など).だ が一方で,これらの研究では,外国人の子どもは,義務教育現場での学校教育との関連で語 られることが主流となっており,言い換えれば,外国人の子どもの問題は,「不就学」もし くは「不登校」といった義務教育,学校教育の問題に回収されがちだったとの指摘は否めな い(大野, 2014).しかし,学校教育の文脈で外国人の子どもを捉える研究とは別の視点か ら,外国人の子どもにアプローチする研究も少ないながらおこなわれてきた.そしてそれは,

地域社会を軸とした研究を積み重ねてきた,都市エスニシティ研究からの発信であった.以 降では,それらの研究の視点を参考にしながら,本研究において保育所の事例を扱う意義を 示す.

第1項 保育所の事例を取り上げる意義

既に述べたように,近年,社会学が扱ってきた,外国人住民の子どもをテーマとする研究 の多くは,子どもたちの抱える教育上の問題を通して,主として学校や学校教育システムの 在り方を問うてきた.そのため,近年のこれらの社会学的研究は,外国人住民の子どもたち の抱える課題等を,義務教育,学校教育の問題として結論付けるという偏りを起こしてきた 可能性がある.しかし,問題の所在を学校教育現場に求めない研究も少ないながら挙げるこ とができる.広田康生と藤原法子は,都市エスニシティ研究の視点から外国人の子どもを捉 えている(広田・藤原, 1994; 広田, 1996; 藤原, 1996, 2008).つまり,これらの研究では,

地域社会を磁場として子どもたちを捉えるという発想が前提となっている.また,そこでは,

「学校」という場に集まってくる外国人の子どもやその親たち,そしてそこに関わる人びと そのものに視点が向けられており,むしろ,学校は,彼ら/彼女らを地域社会へと繋ぐ,一 つの社会的施設として位置付けられている.広田・藤原(1994)は,外国人の子どもを対象 とする意味について,以下のように述べている.

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外国人児童たちは,学校を通路として大人たちよりも頻繁にそして直接に日本社会に接触 し,その両親と日本社会とを仲介する媒介者としての立場にたつ(広田・藤原, 1994: 259).

以上のように,外国人の子どもは,「学校」という社会的施設を回路として,日本社会と 直接の関わりを持つようになり,そのことで,子どもたちが両親と地域社会とを結ぶパイプ 役を担うようになることが分かる.つまり,「学校」という地域社会における施設を通して 子どもに視点を置くことで,子どもから親へ,そして地域社会へと視点が広がっていくとい うことだ.また,この点において藤原(1996)は,日本の都市社会の性格を見つけ出す手掛 かりとして,「外国人児童生徒問題」を学校との関連で捉えるのではなく,その焦点を教育 から「外国人生徒」そのものに移すことを提案している(藤原, 1996: 204-205).さらに,

藤原(2008)では,エスニック・スクール32という教育施設を事例として取り上げることの 意義について,以下のように説明している.

本書ではエスニック・スクールを教育機関として捉えるというよりはむしろ,第一には,

通ってくる子どもたちを含め,ここに関わる様々な人々を結ぶネットワークの結び目として,

第二にはそうした人々といくつもの場所とを繋いでいくための役割を担うものとして,そし て第三には人々の居場所として,捉えていく(藤原, 2008: 43).

藤原(2008)は,以上のような視点からエスニック・スクールを捉え,そこに集まる子ど もや親たちのそのものに照準することで,現在の都市地域社会の特質を「トランスローカル・

コミュニティ」33として分析した.このような広田と藤原の研究は,学校やエスニック・スク ールなどの地域における社会的施設を,人びとと地域社会を繋ぐ結節点として捉え,そして,

そこに集まり,関わる外国人住民の子どもやその親たちそのものに焦点を合わせていくこと は,地域社会全体の分析を可能にするということを示している.

以上のような,広田と藤原の研究は,インナーシティの特性を分析するとの本研究の課題 に即したとき,地域の社会的施設を基点として調査をおこなうことの有効性を示している.

それでは,様ざまな社会的施設があるなかで,本研究で特に保育所を取り上げる意義は何で あろうか.先ず,これまで社会的施設を事例として取り上げる必要性の論拠として挙げてき た,都市エスニシティ発想の広田と藤原の研究では,やはり,外国人の子どもをテーマとす る研究全般と同様に,小学校や中学校といった義務教育下における学校,又は,エスニック・

スクールを対象としており,義務教育以前の社会的施設である保育所は扱ってこなかったこ とが挙げられる.外国人の子どもをテーマとする研究全般に視野を広げてみた場合には,保 育所を扱う多少の研究を挙げることはできるが(大場・民・中田・久富, 1998; 宮川・中西, 1994;

32 藤原(2008)の説明をそのまま引用する.「本書で扱うエスニック・スクールとは,もともと の機能としては,国境を越えて移動してきた人々自身が自らの子弟のためにつくる教育機関を指 す(中略)特に,本書では日本社会に作られたブラジルの教育省から認可されたエスニック・ス クールを取り上げる」(藤原, 2008: 43).

33 「トランスローカル・コミュニティ」の概念については,本研究の論旨から外れるため説明を 省略する.詳細は,藤原(2008)の結論部(p.251-263)を参照されたい.

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小内, 2003)34,それらは,本研究が目指すような,保育所を事例として地域の特性を分析す るという研究とはなっていない.このように,大都市インナーシティの特性を分析する研究 において,これまでほとんど取り上げてこられなかった保育所を事例として地域の特性を分 析したとき,これまで見逃されてきたインナーシティの側面を捉えられることが可能となる だろう.

以上のように,ここまで本節では,先行研究の検討を通して,保育所を取り上げる意義に ついて述べてきたが,以降では,さらに日本におけるインナーシティ論の検討をおこない,

本研究において保育所を取り上げる意義を明確にしていく.

第2項 エスニシティの側からの分析を超えて

本研究では,現代のインナーシティの特性を分析するため,都市エスニシティ研究と位置 付けられる,広田と藤原の研究に倣い,「保育所」という地域の社会的施設を,人びとと地 域社会を繋ぐ結節点として捉え,事例として取り上げる.そして,そこに集まる子どもを通 してその親たちに焦点を合わせる.しかし,本研究で対象とする人びとは,外国人住民に限 らない.本論文では,調査対象地域である「インナーシティ新宿,大久保」という地域全体 の特性分析を目指しているため,エスニシティは限らず,保育所を利用する人びとやそこに 関わる人びと全般に焦点を合わせる.

前述の広田や藤原の研究では,外国人住民を通して地域社会の課題やあり方を分析してき た.1980年代後半以降の外国人住民の急増と地域社会への定着という,現代の日本社会の変 遷を考えると,「外国人住民」という視点から地域社会を見たとき,現代的な課題が見えや すくなることは確かだ.しかし,「外国人住民」を通してみる地域社会やそこからの分析は,

あくまでもエスニシティの側からだけの提案となるだろう.藤原(2008)においても,エス ニック・スクールを通して分析した,「トランスローカル・コミュニティ」という地域社会 の姿は,あくまでも,エスニシティと関連した地域社会の様相であった35

そもそも,日本においては,インナーシティにおける人びとの生活世界や生活様式を通し て,当該地域の特性を解明しようとする研究は,都市のエスニシティを扱うなかで始まり,

発展してきたことは第 1 章及び本章でも述べてきた.これは,シカゴ学派のインナーシティ を対象とした研究では見られなかったことで,日本独特のインナーシティ研究の発展過程と いえる.シカゴ学派では,ホーボーに始まり,ギャング,国内の移住労働者,外国人住民,

そして裕福な人びとというように,多様なインナーシティの住民の全般が研究対象となり,

彼ら/彼女らの生活世界を通して,インナーシティ,ひいては都市全体の生活様式の解明が 試みられてきた.それに対して,日本のインナーシティ研究では,外国人住民が主な調査対 象とされてきたため,そこで提示されるインナーシティの特質は,あくまでも,エスニック・

マイノリティと関連したものとなった.このことは言い方を変えると,これまでの日本のイ

34 大場・民・中田・久富(1998)と宮川・中西(1994)は,子どもたちの保育所への適応のプ ロセス,保育所での実践やそれが子どもに与える影響などを明らかにした.小内(2003)は,

群馬県太田・大泉地区の保育所を含めた教育施設の調査をおこない,それらの課題点を明らか にした.

35 藤原(2008)自身は,「地域社会の位相」と述べている.

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