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インナーシティにおける人口動態―都市化,郊外化から再都市化へ

第 3 章 大都市東京のインナーシティの現在――新宿,大久保を通して

第4節 インナーシティにおける人口動態―都市化,郊外化から再都市化へ

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母国への送金業務,アルバイト斡旋,宗教施設などである.最近では小さいながらも韓国百 貨店もオープンした(稲葉, 1994: 110).

以上の稲葉の記述を読むと,今日でも大久保のエスニック系施設の展開が衰えていなこと がよく分かる.現在でも大久保には,様ざまなエスニック系施設がひしめき合って立ち並ん でおり,食事時や週末ともなれば,大久保通りは簡単に歩けないほどの外国人と日本人で賑 わっている.

1950 年代~1980 年代までの大久保は,国内の移住労働者,その後,近隣アジア諸国を中 心とした,外国人労働者と留学生のベットタウンとなっていた.1980年代以降,国外からの 移住者を大量に受け入れてきた大久保には,1990年代~現在にかけて,誰もがいちどは足を 運んだことのある,「盛り場」が形成された.しかしその盛り場は,新宿三丁目や歌舞伎町 のような盛り場とは,その様相を異にしている.なぜなら,大久保に形成された盛り場は,

外国人住民によって,少なくとも当初は,外国人住民のための盛り場として形成されてきた 経緯がある.そして,現在では,外国人住民にとっては,自国の文化を求めて,日本人にと っては,異国の文化を求めて集う盛り場として人びとの欲求を満たしている.それが,大久 保の盛り場であり,盛り場形成の歴史からみた,大久保の特徴である.

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ル経済を背景とした,都心部における地価高騰が不動産価格の値を上げたことによって,多 く の 人 び とが 郊 外へ の 移 転を 余 儀な く さ れこと を 主 な 要因 と して 挙 げ てい る (松 本, 2004:18-25).このように,東京,特に都心部では郊外化の影響により,1965 年以降1990 年代を通して人口が減少し続ける.

以上のような,1965 年以降始まった東京の都心部における人口減少は,2000 年代に突入 し,その流れが転換する.東京及び都心部において,おおよそ30年ぶりに人口の増加がみら れるようになる.そして,この東京及び都心部における人口増加の傾向は,現在も続いてい る.これが,人口の都心回帰又は再都市化といわれる現象である.都心回帰とは,いかなる 現象なのか.松本(2004)は,都心回帰現象の中心的な担い手は,20歳代後半から40歳代 前半のヤングアダルトの専門技術職層と販売・サービス職層であることを明らかにした.バ ブル経済期の地価高騰を要因とした,ヤングアダルト層の郊外への流出が,バブル経済が崩 壊して地価が下がり住宅供給が増加したことにより止まったのだ(松本, 2004:34-49).しか し,松本(2004)によると,このような,ヤングアダルト層の郊外への移住の流れが止んだ ことを要因とする都心回帰現象は,バブル経済の崩壊により不動産の値が下がり,単に家賃 の面において都心に住み易くなったことが原因となっているわけではなく,それは,ヤング アダルト層の都心志向・中心都市志向が関係しているという.以降では,都心回帰現象の担 い手としてのヤングアダルトの都心志向・中心都心志向についてみていく.

第1項 ヤングアダルト層の都心志向・中心都市志向

既に述べたように,東京の都心回帰の担い手は,ヤングアダルトの専門・技術職層と販売・

サービス職層であった.彼ら/彼女らは,バブル経済崩壊後の不動産価格の低下によって,

都心の居住が可能となり,郊外に流出せず都心部に留まるようになったのだ.しかし,郊外 での暮らしが主流となっていた時代に,なぜ,都心部に留まったのか.松本(2004)による と,それは,彼ら/彼女らの都心志向・中心都市志向のせいだという.以下にヤングアダル トの都心志向・中心都心志向に関する,松本(2004)の論考を引用する.

〔ヤングアダルトの専門技術職層と販売・サービス職層は〕高度経済成長期のホワイトカ ラーとは違って,かれらは,郊外の一戸建て住宅よりも,都心に近い集合住宅を好む.フル タイム就業の夫と専業主婦の妻に子ども二人の核家族を「標準」とは考えず,DINKs(Double

Income No Kids),DIWKs(Double Income With Kids),シングルなど多様な世帯を形成

する.かれらにとって,豊かさの基準は,耐久消費財に代表されるモノの消費よりも,サー ビスの利用,すなわち快適で充実した時間と空間の消費におかれる(松本, 2004:48-49).

松本(2004)によると,以上のような,ヤングアダルトの専門技術職層と販売・サービス職 層の都心志向・中心都市志向は,1990年代以降の日本の経済が,情報・サービス経済化した ことと連関している.1990年代以降の日本は,アメリカが先導する情報・サービス経済化の 経済発展モデルへの追随をはじめたのだ.そのため,「東京では90年代にはいって,製造業 従事者がさらに減少し,サービス業従事者がさらに増加した.生産・運輸職,事務職,管理

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職は減少し,販売・サービス職と専門技術職は増加した」(松本, 2004: 48).このような産 業構造の変化によって,東京には,情報・サービス経済を牽引する,専門・技術職層と販売・

サービス職層が集まり,また彼らは,職住近接といった利便性や都市に集中するサービスの 利用を求めて,郊外にでは出ず,東京の都市部に留まるようになったのだ.松本(2004)は,

郊外化によって空洞化した都心は,ヤングアダルトの専門技術職層と販売・サービス職層によ って埋められつつあり,それは,東京が都心志向の新しい定住都市に変わりつつあることを意味 していると指摘している(松本, 2004: 49).

以上のように,都心回帰とは,バブル経済崩壊後の都市部の不動産価格の低下と並行して,

日本の情報・サービス経済化路線によって生み出された,ヤングアダルトの専門・技術職層 とサービス産業に従事するフレキシブルな労働者が,都心に集中する様ざまなサービスや交 通の快適さ,職場から近いなどの便利さを求めて,都市部に定住する現象を指す.現在の東 京のインナーシティは,都市化による人口急増,郊外化による人口減少を経て,2000年代以 降,都心回帰による人口増加を経験している.

図3-2は,新宿区の1947年から2015年までの人口推移を示したものである.図をみると,

1965 年までまさに,人口が急増していたことが分かる.都市化の時代である.1965 年以降 は,郊外化の時代に入り人口減少が続く.奥田らの研究でインナーシティの特徴として説明 されていた「1965年以降の一貫した人口減少傾向を示す地域」と一致する.その後,新宿区 の人口減少は1997年でストップし,1998年から増加に転じ,以降,2012年の大幅減少46を 除いて,2015年現在まで増加を続けている.都心回帰現象である.

以上のように,大都市インナーシティである新宿では,1998年以来,人口の都心回帰が起 こっている.そして,松本(2004)の研究によると,この都心回帰は,ヤングアダルトの専 門・技術的職業従事者と販売・サービス職従事者によって牽引されているという.

※「新宿区の人口推移」とは,日本人人口と外国人人口を合わせた総数のことである.

出典)東京都総務局統計部のデータから筆者作成.

46 2012年の人口の大幅減少は,2011年3月11日に起きた東日本大震災の影響である.この時

期,多くの東京の住民(日本人も外国人も)が,原発等の被害を恐れて東京から離れた.

153,924 人

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