第 5 章 「多文化空間」新宿,大久保における保育運動
第6節 地元住民にとってのエイビイシイ保育園と認可運動
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新宿区のいう「夜間保育園」とは,午前11時から午後10時まで保育をおこなう保育園のこ とである.エイビイシイ保育園がおこなってきた実践がそのまま,新宿区の「夜間保育園」
の枠組みとして適用されるかたちとなった.
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話しは聞いてた.実際に,衛生面とか食事面でエイビイシイの色んな話しも出てたし,例え ば,歯磨き粉がもったいないから,一時的に子どもたちに塩で歯磨きさせてたって,そんな ことも….そういう話し聞くと,日本で普通に子育てしている,そういうところとぜんぜん 関係ないお母さんは,何でそんな所に子ども預けて働くの?みたいな.しかもお金払ってっ て.
第2項 片野園長の地域に根ざす姿勢
以上のように,職安通りで24時間保育をスタートさせた頃のエイビイシイ保育園は,特に,
日本人の母親からの評判は悪かった.しかし,次第に,周りの見る目が良い方向に変わって いくのをHさんは感じたという.
エイビイシイ保育園のことで本当に良かったと思うのは,片野さんが,とにかく地域の行 事全部に自分から飛び込んで,ボランティアもやったし,全部やってたの.学校でも何でも やってて,この辺で昔,「大久保パレード」があった時にチヂミも焼いたし.とにかく,自分 から地域のお母さんたちに溶け込んでね.
あとは,この街は,みんな働いているから,働きながら子育てする痛みがみんな分かって るから,それが良かったのかと思う.ただお金取って子ども預かるんじゃなくて,片野さん も子育てしながら必死でやってたし,みんな,必死で生きてるための街だからここは,ただ ボーッと遊ぶために子どもを預ける親は1人も居ないわけだから,本当バリバリで一生懸命 だったのは,私も印象に残ってます.片野さんが,一生懸命エプロンかけて,いつもエプロ ンの姿で走ってたから,大久保通り,職安通りを.「片野さん,どこ行くの?」って声かける と,「子どもたちの晩ご飯!」って,自分の子どもをおんぶしながらの時もあったし,本当そ ういうところをみんな見てて,お母さんたちも一緒に走ったから.
エイビイシイがあって良かったよね.あのとき.本当あって良かったと思う.片野さんの ところを出た子どもたちが,今,ほぼ高校生になってるけど,片野さんの所がなかったら,
多分大変だと思う.
第3項 小学校のクラスの半分は,放課後片野さんのところへ
上記のような片野園長の地域に根ざした姿勢とは別に,実態として,エイビイシイ保育園 の24時間保育の実践は,地域に根付いていたことが以下の話しから分かる.
クラスが大久保小学校は1クラスしかないのよ,そのときは.幼稚園から持ち上がると25 名で,「風の子クラブ」そこに行く子は半分なの,11〜12人.クラスの半分が「風の子クラ ブ」に行ってるの.かえって行かない子がおかしいみたいな雰囲気になってて.「風の子行く チーム」と「そうでないチーム」みたいに別れていて.うちの息子も何度も,「おまえ片野さ んの所,来いよ」って言われて,で,何度が行ってたけど,そしたらうちの息子が,「ママ,
大久保小学校の三分の一があそこに居るよ」とか言ってたもん.
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「風の子クラブ」は,片野園長が2004年にスタートさせた24時間運営の学童クラブであ る.「エイビイシイ保育園を卒園した子どもは卒園したからといって親の職業の事情が変わる わけではなく,引き続き夜の居場所を必要としている」との設立理由を反映するように,風 の子クラブの利用者の大半は,エイビイシイ保育園から引き続き利用している人びとだ.
上記のHさんのインタビューデータによると,Hさんの息子さんが小学生の頃,大久保小 学校は,1学年1クラスだった.そして,クラスの約半数が,風の子クラブに通う子どもた ちとのことだ.風の子クラブの子どもたちは,エイビイシイ保育園からの続きの利用者が大 半であるため,この半数の子どもたちは,エイビイシイ保育園を卒園した子どもたちである 可能性が高い.
片野園長の地域に根ざした活動により,エイビイシイ保育園の24時間保育は,地域住民全 体の視点からみると,地域に根を下しつつある存在であったが,実態としては,既に,根を 下していたのだ.
第4項 認可運動のこと
Hさんは,エイビイシイ保育園に子どもを預けたことはないが,認可運動の署名活動には,
積極的に参加をしていた.
片野さんに署名を頼まれて,私も2,30人ぐらい集めて,全部外国人で,署名して渡した.
エイビイシイに行ってない人さえ,3,4枚ぐらい書いてくださいって回ってきてて,ボーイ スカウトの方でも皆で力を合わせてやったし.私は,エイビイシイに子どもを預けていたわ けじゃないけど,何で,エイビイシイの認可に協力したかっていうと,韓国のお母さんたち と話すと,いつも口に出すのがエイビイシイの話しなの.だから,韓国のお母さんたちは本 当に助かってるのを知っていたし.
第5項 エイビイシイ保育園が認可されて
片野園長の地域に根ざす姿勢,そして,自らも子育てしながら必死に24時間の保育をおこ なう姿は,次第に,周囲の印象を変えていった.そして,2001年にエイビイシイ保育園が認 可されてから,さらに,イメージは良くなったという.
やっぱり認可されてから,地域でのエイビイシイの評判は,良くなってる.イメージが全 然違う.私は,韓国の生まれ育ちだから,韓国人の気持ちも分かるし,日本人の気持ちも分 かるけど,一歩下がって見てみると,やっぱり,認可されてない頃は,「無認可の保育所に平 気で子どもを預けるお母さんたち」みたいな言い方してたけど,認可されてからは周りの見 る目がぜんぜん変わったと思う.
第6項 認可保育園になって,入りづらくなったひと達の話し
エイビイシイ保育園が認可されて,24時間保育を実践するエイビイシイ保育園の評判は上 がったのと同時に,認可されて以降,外国人のお母さんたちからは,エイビイシイ保育園に
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入りづらくなったという声もHさんは耳にするようになったという.例えば,無認可の頃は,
片野園長に直接声をかけて,園長が「いいよ」と言えばすぐに入園できたが,認可されてか らは,入園の申込みは行政が窓口となったため,「外国人のお母さんは朝から晩まで働いて忙 しいし,面倒で行政の窓口まではわざわざ行けない」という.
実際に,第3章で掲載のBさん,Cさんや本節のHさんのインタビューデータから,エイ ビイシイ保育園の無認可時代の利用者は,ほとんどが韓国人や中国人であったこと,また,C さんが利用していた1997年辺りでも半数以上が外国人の利用者であったことが明らかにな っているが,筆者が,調査を始めた2012年から2015年現在の外国に繋がる子どもの利用は,
兄弟も含め三分の一程度に留まっている.以上のことから,認可の保育園になったことで,
利用者の構成が変化したことは明らかだ.