第 5 章 「多文化空間」新宿,大久保における保育運動
第7節 「多文化空間」における認可の 24 時間保育園の成立 第1項 なぜ,認可の 24 時間保育園が実現したのか
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入りづらくなったという声もHさんは耳にするようになったという.例えば,無認可の頃は,
片野園長に直接声をかけて,園長が「いいよ」と言えばすぐに入園できたが,認可されてか らは,入園の申込みは行政が窓口となったため,「外国人のお母さんは朝から晩まで働いて忙 しいし,面倒で行政の窓口まではわざわざ行けない」という.
実際に,第3章で掲載のBさん,Cさんや本節のHさんのインタビューデータから,エイ ビイシイ保育園の無認可時代の利用者は,ほとんどが韓国人や中国人であったこと,また,C さんが利用していた1997年辺りでも半数以上が外国人の利用者であったことが明らかにな っているが,筆者が,調査を始めた2012年から2015年現在の外国に繋がる子どもの利用は,
兄弟も含め三分の一程度に留まっている.以上のことから,認可の保育園になったことで,
利用者の構成が変化したことは明らかだ.
第7節 「多文化空間」における認可の
24時間保育園の成立
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イビイシイ保育園の利用者の職業が,専門技術職に就く父母の割合が高いのもこのためだ.
新宿,大久保におけるエイビイシイ保育園の設立やその後の認可運動といった片野園長の 動きは,「多文化空間」における,人口変動を背景とした社会的需要の変化とぴたりと重なる かたちで進行してきた.それは,まさに,地域の変化やニーズを反映しているということで あり,それ故に,「異例」ともいえる,エイビイシイ保育園の認可獲得は実現したのだ.
第2項 制度化の成果とネガティブな面
エイビイシイ保育園が24時間の保育園として認可を獲得したことの成果は大きい.H氏の インタビューデータにおいて示されているように,無認可園だった当初,エイビイシイ保育 園に対する地域住民の視線はかなり冷ややかなものだった.それは同時に,夜間保育園に子 どもを預けて夜まで働く母親に対する批判の眼差しでもあった.しかし,片野園長の地域に 根ざす姿勢に加えて,エイビイシイ保育園が認可の保育園となったことで,地域住民の視線 も好意的なものに変化していったという.
エイビイシイ保育園が認可の24時間保育園となったことは,世間の夜間保育,そして,夜 間まで働きながら子育てをおこなう父母への偏見を軽減することに繋がった.この意味で,
エイビイシイ保育園の認可運動が果たした役割は大きい.しかし,エイビイシイ保育園が「認 可保育園」という制度の枠内に入ることによって,そこから,こぼれ出てしまった人びとの 存在に言及しないわけにはいかない.
第4章におい提示したCさん,そして本章のHさんのインタビューデータでもあったよう に,エイビイシイ保育園が認可園となったことで,外国人住民の母親たちは,入園しづらく なったというのだ.認可園になることで,入園の窓口が区役所に置かれたため,昼夜問わず 忙しく働く外国人住民の母親たちにとって,それは時間的な面において,言語の壁という面 においてもハードルが上がった.インタビューデータによると,1980年代中後期,エイビイ シイ保育園の利用者はほとんどが外国人住民,1990年代中頃は,半分程が外国人住民の利用 者である.そして,認可園となった2001年以降においては,外国人住民の利用は,全体の三 分の一程度となっている.確かに,エイビイシイ保育園の外国人住民の利用は減少している のだ.そして,それと交代するように,都心回帰組みが入園してきている.
「多文化空間」の特性の一つは,多様なエスニシティで構成されていることである.特に,
外国人住民の存在は,「多文化空間」形成以前からの大都市インナーシティの特性として注目 されてきた.エイビイシイ保育園の片野園長が新宿の歌舞伎町,大久保界隈で24時間の保育 所をスタートさせたのも,夜間,深夜労働をすることの多い外国人の母親の存在が大きな要 因となっている.彼女たちは,1990年代後半以降に都心及びインナーシティに定住し始める 都心回帰組みとは違い,生活のために必死で労働する人びとであるケースが多い.片野園長 の認可運動は,このような人びとの生活を守るための闘いでもあった.しかし,いざ,認可 を獲得すると,それは外国人住民にとっては,入園方法の面において,ハードルの高い場所 となった.
経済的事情からみると,より夜間保育に対するニーズが切実な人びとである,外国人住民 の父母が,日本人と同等に入園の機会を得られる仕組みづくりが必要である.
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第3項 「大久保」で公立の
24時間保育園が成立した意味
第4章第4節において,都心回帰組みの仕事や子育てについての価値観,生活様式につい て,言及した.一見,自由で気楽に生きているかのように思える彼女たちだが,本当にそう であるのか.第 3章で提示した対象者のインタビューデータを参照しながら,検討する.例 えば,D さんは,独身社員と同じように働きたいと思っていること,実際にそうしているこ とについて,「自分のわがまま,エゴなんですけどね…」,「子どもには申し訳ないことしてい ると思うんですけ…」と話し,G さんは,「〔子どものためには〕仕事を諦める方が良いんだ ろうけど…」と複雑な心境を語った.子育てをしながらフルタイムで働くことの物理的な大 変さは,第3章第3節のインタビューデータから明らかだが,このような発言からは,子育 てをしながら夜間まで働くことが,物理的な難しさにまして,現在の母親像,家族観のなか では,いかに肩身の狭い行為なのかが分かる.実際に,子育てをしながら夜間まで働くとい う彼女たちの行為は,学校教育現場では,教員から説教の対象になる場合がある.エイビイ シイ保育園に続き,24時間の学童クラブ「風の子クラブ」を利用していたAさんは,次のよ うに話した.
学校の先生方は,エイビイシイを偏見の目で見てました.(当時の)担任の先生に言われま した.「(子どもが)かわいそうだと思わないの」って.「学校でも放課後とかいろいろな仕組 み(公立の学童)があるんだから,そっちを利用したらいいんじゃんじゃない?」って.普 段は,放課後(公立の学童)とかを使って,夜勤のときだけ預けるとかして,エイビイシイ に居る時間は少ない方がいいんじゃない?みたいな感じだったと思うんです.
エイビイシイの保育の状況を知らないでそういうことを言ってるんだなと思ったので,さ らっと,「そうですかね,はい」って言って聞き流してました.
また,現在「風の子クラブ」を利用中のGさんは,子どもが授業中に居眠りをしたという ことで担任の教員に呼び出されたという.
学校の先生から呼び出されて,ちょっと○○くん(Gさんの子どもの名前),居眠りしてる んですけどって.小学校1年生で居眠りなんてあり得ないんですけど,どういう生活送らせ てるんですかって言われて,仕事してるのは分かるんだけども,もっと早く帰ってきて,〔子 どもを〕ちゃんと早く寝かせて下さいって.とっても熱心で良い先生だし,言っていること は正論なんだけど….現実的ではないですよね….
以上のインタビューデータからは,彼女たちが「子どもがいても仕事を続ける」という人 生を保ち続けることは,決して気楽なものではないことが分かる.それは,子育てをしなが ら夜間まで仕事をする母親に対する世間の無理解や偏見と闘っていかなければ成立しない生 き方だ.本章第1節で言及した,今から約20年前に,東京都市部を中心に起きた保育運動は,
子育ては家族,とりわけ母親のものであり,一般的に,女性は結婚後妊娠・出産しても子育 てと仕事を両立させる生き方は認められていなかった,との社会的通念への異議申し立てと
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して,日本の運動史に残った出来事であった.このような保育運動史から観察してみると,
現在の東京都市部においても,母親が働くことについての社会的通念は,根本的には何も変 わっていないことが分かる.それは,本章で取り上げた,エイビイシイ保育園の認可獲得過 程における,当時の区長の「あぁ,水商売の子どもを預かっている園長か」との発言に象徴 されているように,世間の夜間保育園に対する偏見は根強い.
それだけに,大久保において,24時間保育園が公立化されたことの意味は大きい.Eさん は,「大久保は,同じ新宿区内でも,たぶん,全然雰囲気が違う所だと思うんです」と話した.
彼女によると,大久保では,近隣の住民と話していても夜間保育に対する抵抗感は感じない.
それは,大久保には,多様なエスニシティ,母子/父子家庭といった複数の家族形態,多様 な職業を背景とした子育てに関する緩やかな価値観が関係しているという.E さんはこのよ うな大久保の地域性を,例え,同じ新宿区でも他の地域ではこうはいかない.これは大久保 の特殊なところであると語った.また,このような点についてBさんは,「大久保は,標準的 な家庭からはみ出したひと達,例えば,外国人,シングルマザーとか,長時間労働者とか,
そういう人たちは,お互いに通じ合う,話さなくても理解し合える.そういう人たちとの繋 がりの雰囲気が大久保の独特の特徴になっているんだと思います」と話した.
「多文化空間」とは,以上のような,多様なエスニシティに関連した働き方,子育て,家 族の在り方についての多様な価値観やそれと連動した生活様式,それら全てを包摂した空間 のことである.そして,大久保は,「多文化空間」に特徴的な生活様式が顕著に表れている場 所なのだ.