第 3 章 大都市東京のインナーシティの現在――新宿,大久保を通して
第7節 国境を越えた移住者の形成する社会空間――大久保の「イスラム横丁」に注 目して
大久保のエスニック系施設を中心とする盛り場は,1990年代初頭からその形成が始まった ことは,本章第3節において述べた.1990年代の盛り場形成初期は,どのような国籍の外国 人住民によって,エスニック系施設は営まれていたのだろうか.稲葉(2008)によると,1991 年~2006年の間のエスニック系施設数の国籍別内訳は,数の多い順に韓国系,中国・台湾系,
タイとなっており,該当期間にこの順位の変化は見られなかった.そして,この 3 ヵ国以外 のエスニック系施設では,ミャンマーの施設が多く,他にはマレーシア,インド,チュニジ ア等の店舗があったという(稲葉 2008).
以上の稲葉の調査結果と現在の大久保の状況を比べてみると,筆者が2012年から,調査地 として大久保に通ってきた経験的なものになるが,上位3 ヵ国(韓国系,中国・台湾系,タ イ)については,概ね現在でも変化していないと言えるだろう.しかし,上位 3ヵ国に次い で多数となっているミャンマーの店舗は現在ではそれほど多くは見かけないし,その他の国 籍として挙げられた,マレーシアやチュニジアのエスニック系施設はほとんど目にしない.
むしろ,現在,韓国系や中国・台湾系の飲食店,食材店の立ち並ぶ通りに負けず劣らず賑わ いを見せているのは,通称「イスラム横丁」と呼ばれる一角である.「イスラム横丁」は,
ハラルフードを専門に扱うお店が集積する一角で,インド,パキスタン,バングラデシュ,
ネパール等の南アジアやアフリカ系の買い物客でいま,非常に賑わっているエリアである.
この「イスラム横丁」については,大久保のエスニック系飲食店や食材店を紹介する個人の ブログ記事などでは,度々目にするし,最近ではNHKのTV番組55でも取り上げられ,現在,
一般的にも注目度が高まりつつあるが,学問的な分野からのアプローチはまだ少なく,イン ナーシティにおいて外国人住民の生活世界やエスニック・コミュニティを扱ってきた,都市 エスニシティ分野においてもほとんど取り上げられてこなかった56.前出の稲葉(2008)の なかでは,現在「イスラム横丁」のある同じ一角において,1990年代後半から2000年代初 頭にかけて,ミャンマー人やインド人オーナーによるハラルフード店の出現の様子が記述さ れており,「イスラム横丁」の形成がこの頃に始まったことが分かる.しかし,彼らが,い つ頃どのような理由で来日し,どのような経過を辿って現在の場所にハラルフード店をオー プンさせたのか等,「イスラム横丁」を形成している人びとの顔については,ほとんど知り 得ない.
本節では,1990年代後半から大久保に形成されはじめた,エスニック・コミュニティのな かでは新興であり,いま最も賑わいをみせる「イスラム横丁」に特に注目しながら,現在の 大久保において,どのような,国境を越えた移住者の生活,活動拠点となる社会空間が形成 されているのかをみていく.
55 「新日本風土紀―新大久保」(NHK 9月25日放送).
56 最近では,広田康生(2016)が,大久保の「イスラム横丁」(本書では「イスラムス・ポット」
と記載されている)を事例に,「トランスナショナル・コミュニティ」の内実を明らかにしている.
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第1項 大久保のマルチエスニックな空間
既に示した通り,
大久保地区とその周辺地域には,外国人住民が集住している.そのな かでも,大久保の外国人数と割合は際立って高い.外国人住民の集住地域となっている大久 保とは,どのような場所なのだろうか.そして,そこに形成された,国境を越えた移住者の 生活,活動拠点となる社会空間とは,どのようなものなのだろうか.コリアンタウンとして知られる大久保だが,実際には,複数のエスニシティによる,エス ニック系施設が集積しており,マルチエスニックな空間が広がっている.図 3-7 は,大久保 のエスニック系施設の配置を示した地図である.図 3-1 よりも範囲を狭め,大久保地区をク ローズアップした.先ずは,大久保に広がるマルチエスニックな空間の様子を説明する.
図
3-7.大久保地区のマルチエスニックな空間出典)筆者作成
(1)コリアンタウン
新大久保駅の東側,大久保通りと職安通りで挟まれた一帯には,コリアンタウンが広がる.
韓国料理の飲食店,韓国食材が売られている比較的大型のスーパーマーケット,韓国コスメ 専門店,韓国から買い付けてきた洋服やアクセサリーを売るお店などが立ち並ぶ.コリアン タウンを歩くと,行き交う人びとから聞こえてくる言葉は,明らかに日本語よりも韓国語が 多い.ここは,韓国ソウルの繁華街,明洞をコンパクトにしたような場所といえる(写真 1
~6)57.
57 写真は全て,2015年6月に筆者が撮影したものである.
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写真1.JR山手線・新大久保駅 写真2.大久保通りの韓国料理屋
写真3.韓国コスメが立ち並ぶ通り 写真4.韓国コスメ,雑貨店 正面からみたJR新大久保駅.昼夜を問わず,人び
との行き来が後を絶たない.
大久保通りの韓国料理店.大久保通りには,飲食店 が中心に立ち並んでいる.
大久保通りと職安通りを繋ぐ細街路には,韓国コス メのお店が中心に立ち並んでいる.
写真3と同じ通り.この通りには,韓国コスメの他 に携帯ケース等を扱う雑貨店や衣料品のお店も多 い.
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写真5.韓国スーパーと韓国系銀行 写真6.K-POPグループのライブハウス
(2)中国・台湾系エリア
新大久保駅を降りて,大久保通りを西側に歩いていくと,今度は,中国・台湾系のエスニ ック系施設が集積しているエリアとなる(写真 7~9)58.ここにくると,韓国語が聞こえる 量は減り,明洞にいるかのような錯覚も一気に消える.このエリアは,コリアンタウンのよ うに,裏路地に向けて広がることはない.中国・台湾系のお店のほとんどは,大通りに面し て連なるという特徴をもつ.通りには,食材店,飲食店が立ち並ぶ他,本屋やインターネッ トカフェといったお店もある.中国・台湾系のエリアでは,コリアンタウンと違い,コスメ や衣料品を扱うお店はほとんど見られない.
58 写真は全て,2015年6月に筆者が撮影したものである.
職安通りにある,韓国スーパーとその横にある韓国 系のメガバンク.
数年前に職安通りにオープンした,K-POP グルー プが専門にライブをおこなうライブハウス.最近で は,お店の前に行列をつくっているところを頻繁に みかける.
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写真7.中国食材と本屋が入っているビル 写真8.中国書籍の本屋の看板
写真9.中国系インターネットカフ
(3)多様なエスニック系施設が混在するエリア
新大久保駅の西側すぐ隣を,職安通りに向かって伸びる通りと,その通りを抜けて,職安 通りを東側,明治通りに向かって進むエリア(図 3-7 中,①と②)は,多様なエスニック系 施設が混在するエリアである(写真10~13)59.このようなことから,①の通りは,通称「多 文化共生ストリート」などと呼ばれている.「多文化共生ストリート」には,中国,タイ,
韓国,ベトナム,バングラデシュ等のお店が立ち並ぶ.このようななかには,当然,日本の お店も軒を連ねている.現在この通りは,コリアンタウン,中国・台湾系エリアやイスラム 横丁と比べると,人通りが少なく閑散としている印象がある.
59 写真は全て,2015年6月に筆者が撮影したものである.
写真7,8キャプション
新大久保駅から比較的すぐ近くにあるビル. このビルは,中国系エスニック施設 が集積するビルである. 地下1階が中国食材,2階は中国の冷凍食品,3階は中 国語書籍の本屋である.
中国語で「インターネットカフェ」と書 かれている.オーナーが中国人だという ことだ.
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写真10.通称「多文化共生ストリート」 写真11.不動産屋の看板
写真12.ハラルフード店 写真13.タイの食材,雑貨専門店
以上のように大久保地区には,コリアンタウン,中国・台湾系のエリア,様ざまなエスニ ック系施設が混在する通り,そして,後述するためここでは詳しく述べないが,イスラム横 丁といったように,多様なエスニック系施設で溢れた,マルチエスニックな空間が広がって いる.そして,それぞれのエスニック系施設は,点在し個別バラバラに存在しているわけで はなく,ある通りやある一帯,ある一角といったように,固まって同じ小空間に立ち並び,
そのエリアごとに,独特の雰囲気を創りだしている.それは,コリアンタウン,中国・台湾 系のエリア,イスラム横丁のように,同じエスニシティで固まって一つの空間を形成してい
多様なエスニック系施設が混在する通り.中国,
タイ,韓国,ベトナム料理のお店が立ち並ぶ.
最近は,ハラルフードのお店も開店した.
「多文化共生ストリート」にある不動産屋の看板.
「日本一外国人に親切な店」の言葉が目立ってい る.
約半年前にオープンした,バングラデシュ人が 経営するハラルフード店,「JB HARAL FOOD」
最近,職安通りに開店した.タイの食材を中心に日 用品等も扱うお店.タイのものを専門に扱うお店は 珍しい.②のエリアの端っこにポツリと建ってい る.