第 2 章 インナーシティに関する近年の動向
第2節 インナーシティと多文化共生
さて,第1 節では,インナーシティを対象とする近年の研究動向を取り上げ,本研究にお いて,保育所を事例とする意義などについて述べてきた.本章第 2節以降では,インナーシ ティにおける新たな動向として,近年,重要視されてきた「多文化共生」と「トランスナシ ョナリズム」の概念を取り上げる.
大都市インナーシティは,1980年代後半以降に急増した多くの外国人住民にとって,居住 地となってきた.そのためインナーシティは,外国人住民と関連するトラブルの集積地とな ってきた経験がある.そのため,外国人支援をおこなう市民団体の拠点がインナーシティに 置かれることはよくあることで,「多文化共生」という言葉は,このような市民団体が活動 を展開する際のスローガンとして頻繁に使用されてきた.
1990年代の中頃より,大都市インナーシティに居住する外国人住民を語る際に,頻繁に取 り上げられるようになった「多文化共生」という用語は,一体どのようなものなのだろうか.
先ずは,「多文化共生」という言葉が出てくるまでの変遷を辿る.
第1項 「国際化」から「多文化共生」へ
外国人支援を語る文脈で,今日のように「多文化共生」が頻繁に使用されるようになる以 前は,「国際化」の用語が政府や NPO などの運動家の間で一般的に使用されていた.これ は,中曽根政権(1982 年~1987 年)における「国際国家」のスローガンの下で自治省(現 総務省)によって「地域の国際化」が推進されていたことが大きな背景となっている.1987 年には,同省により「地方公共団体における国際交流の在り方に関する指針」が自治体に示 された.これにより各自治体では,例えば,海外のある都市と姉妹都市提携を結び,行政や 教育委員会の代表が相互訪問を行う,市民の相互交換留学を行うなどして交流が図られた.
また,公共施設での外国語による案内表示や外国人相談窓口などが設置され,「地域の国際 化」が目指された.このような政策の背景には,同質性が高いとされる日本社会の閉鎖性と 排他性は克服すべきものとの認識があり,この点での認識の共通性ゆえに移民・外国人にか かわる活動団体や運動組織も,「国際化」を肯定的に受容していった(山脇, 1994; 柏崎, 2010).
このように,「国際化」は,政府主導で打ち出された政策が出発点であり,それを NPO な どの運動組織が使用するようになるという構図で広がっていった.
1980 年代~1990 年代の中頃迄,外国人支援や地域における外国人住民を語るうえで,一 般的に使用されていた「国際化」は,1990年代後半頃からその立場を「多文化共生」へと譲 る.「多文化共生」という言葉は,1993 年に川崎市の市民団体が「多文化共生の街づくり」
を市へ提言した際に全国で初めて使用されたと言われている.これは川崎市が,1970年代に 隆盛をみた在日韓国・朝鮮人の人権闘争の中心地のひとつであり,長年にわたり外国人問題,
外国人施策に先進的に取り組んできたことが背景にある.その後,1990年代の後半になると,
「多文化共生」という言葉が全国的に使用されるようになった.この背景には,1995年に起 きた阪神・淡路大震災の際に,外国人被災者への支援活動を行った市民ボランティアが集ま り,活動の拠点として同年に大阪に設立した「多文化共生センター」の存在がある.この大 阪の「多文化共生センター」の設立後に,多くの市民団体が「多文化共生」を掲げ活動する
39
ようになった(山脇, 2009).さらに,この流れを追うように,外国人が多数居住する,大 都市インナーシティの自治体を始めとして,現在では多くの自治体で「多文化共生」を掲げ,
外国人施策に取り組むようになった.
このように,外国人支援,施策を語る文脈で一般的に使用されてきた政府発の「国際化」
は,1990年代中頃より,市民団体発の「多文化共生」へとその立場を譲った.そして,この 流れを追うかたちで,特に,外国人住民が多数居住する大都市インナーシティの自治体行政 において,「多文化共生」は,彼らに関する施策を語るうえで,重要なキーワードとなった.
渡戸(2010)によると,自治体における多言語での情報提供や相談,日本語学習機会の提供 などの外国人住民向けの施策は,90 年代以降,「外国人政策」として徐々に整序されたが,
2000年代に入ってからは,「多文化共生政策」と呼ばれるようになった(渡戸, 2010: 265).
市民団体,そして自治体によって展開されてきた「多文化共生」の取り組みは,次第に国 の政策を後押しするようになった.総務省は,自治体からの要求を受け,2006年に「多文化 共生推進プログラム」を取りまとめ,提言を行った.また,同年に策定した「地域における 多文化共生推進プラン」を各地方公共団体へ示すとともに,同プラン等を参考としつつ,多 文化共生の推進に関わる指針・計画を策定し,地域における多文化共生を計画的かつ総合的 に推進するように依頼した.国としての「多文化共生」に関わる明確な施策の策定は,現在
(2015年)までこの「多文化共生推進プラン」が主要な枠組みとなっている.また,政府が 各自治体へ多文化共生の推進を依頼したことからも解るように,同プランの策定が意味して いることは,政府主導で多文化共生に乗り出すというものではなく,枠組みを示すのみで,
実際の運営は各自治体に任せられてきた.
以上のように,「多文化共生」は,市民団体の活動のためのスローガンから,今日では,
外国人住民に関連した政策は,「多文化共生政策」として展開されることが定着している.
そして特に,外国人住民が多数居住する大都市インナーシティなどにおいて,「多文化共生 政策」は,活発に展開されている.
第2項 中央省庁における「多文化共生」の理解――「多文化共生推進プラン」を通 して
では,「多文化共生」とは具体的にどのようなことや状態をいうのだろうか.本項では先 ず,2006年3月に総務省が策定した,「地域における多文化共生推進プラン」(以下,多文化 共生プランと略)を通して,国や中央省庁が「多文化共生」をどのように理解し,定義して いるかを見ていく.総務省は,「多文化共生プラン」が策定したことを各都道府県宛てに通知 する文章において,多文化共生とその必要性を,以下のように説明している.
外国人登録者数は平成16年末現在で約200万人と,この10年間で約1.5倍となり,今後 のグローバル化の進展及び人口減少傾向を勘案すると,外国人住民の更なる増加が予測され ることから,外国人住民施策は,既に一部の地方公共団体のみならず,全国的な課題となり つつあります.国籍や民族などの異なる人々が,互いの文化的差異を認め合い,対等な関係 を築こうとしながら,地域社会の構成員として共に生きていくような,多文化共生の地域づ
40 くりを推し進める必要性が増しています36.
以上のような「多文化共生推進プラン」の説明から,「多文化共生」に対する国の理解を整 理してみると,先ず,過去10年間において日本の外国人住民が増加してきたこと,そして今 後,外国人住民は,さらに増加していくことが見込まれるため,「多文化共生」が必要である.
そして,「多文化共生」とは,「国や民族などの異なる人々が,地域社会の構成員として共に 生きていく」ことである.ここでいう「国や民族などの異なる人々」とは,当然のことなが ら,外国人住民に限らず,日本人も含まれているはずだ.つまり,「多文化共生」概念及び施 策が対象としている人びとは,外国人住民と日本人住民の両方であるということなのだ.
それでは,次項では,社会学において「多文化共生」はどのように扱われ,理解されてい るのかを見ていく.
第3項 社会学の理解としての「多文化共生」
市民団体や自治体行政において使用されることが一般的になった,「多文化共生」という 用語や概念は,学問の分野では,社会学などにおいて,外国人住民を研究対象とする分野で 頻繁に使用されるようになった.しかし,多文化共生に明確に統一された定義があるわけで はなく,研究者によって,その捉え方は様ざまである.例えば,山脇・近藤・柏崎は,多文 化共生を次のように定義している.「異質な集団に属する人々が,互いの文化的差異を尊重 しながら対等な関係性を構築する過程」(山脇・近藤・柏崎, 2001: 149).駒井は,多文化 共生社会について,「多文化共生社会とは,『多文化主義』の理念にもとづいて組織される 社会を意味している」(駒井, 2006: 128)と述べている.また,柏崎は,共通項を括りだし,
次のように整理している.「国籍や民族のちがいによって不当な扱いをされてはならないこ と,文化的背景が異なる人どうしが相互理解を図りながら共に社会生活を営むという目標,
またそのためにもマイノリティの立場に置かれた人たちの社会参加が必要であることなど」
(柏崎, 2010: 237).また,川村(2008)では,新宿の大久保エリアを,歴史的政治的な緊 張状態を内包している接触である,「ディアスポラ接触(diaspora contact)」が行われる領 域と位置付け,多文化共生論の展開を試みている(川村, 2008:76-85).
以上のように,「多文化共生」の概念は,その具体的な中身について,研究者間で様ざま に議論され,統一の定義は存在しないが,そのなかで,「多文化共生」概念は,基本的には 肯定的なものとして捉えられ,外国人住民の増加という多文化化が進行する地域社会におい て,その必要性は高まっているという立場が前提となっている.
しかし,現在,国や自治体で展開されている,「多文化共生政策」については,否定的な 見方もある.渡戸(2010)は,「多文化共生政策」の特徴を以下のように考察している.
多文化共生政策は,オールドカマーの権利要求やニューカマー外国人集住地域のニーズや 問題処理過程に根差した政策として構築されてきた.なかでも日系南米人集住地域では,外 国人支援施策を軸にしつつ「地域共生」を視野に据えた政策が展開されてきたが,それは,
36 総務省自治行政局, 2006, 「地域における多文化共生推進プランについて」.