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よう寒くなりましたけど、ようおいでいただきまして、本当にありがどうございます。今日の意見を 聞いていただきまして、是非、家に帰られてまた家族の皆さんの中でね、名古屋城はこのままとどっち がええかなという事を議論していただければ、まぁ、大変うれしいなと思いますけど、私の街のシンボ ルを作って、私はですよ、400年みんなで大事にするお城、また名古屋城を作っていきたいなと、そんな 風に思っているということでございます。どうも、Thank you very much。

司会

どうもありがとうございました。会場の皆様、長時間にわたりありがとうございました。本日い ただきましたご意見、ご提案につきましたが、今後の名古屋城天守閣整備の参考にしてまいります。

ここで市民経済局長よりひとことご挨拶させていただきます。

5.閉会

局長

市民経済局長の宮村でございます。閉会にあたりまして一言だけご挨拶を申し上げます。本日はタウ ンミーティング開催にあたりまして、長時間ご参加をいただきまして、誠にありがとうございます。ま た、本当に様々な角度から貴重なご意見、ご提案を頂いたというふうに思っております。今後の天守閣 整備の検討にあたりまして、また参考にさせていただきたいと思います。

名古屋城、とりわけ天守閣につきましては、これは名古屋のシンボルでございますし、歴史的、文化的 な意義あるいは観光資源としての価値、そういった観点からも今後の整備にあたりましては、やはり多 くの市民の皆様に関心を持って頂いて、理解を深めて頂きながら進めていくということが一番大切なこ とだと私ども思っております。

このタウンミーティングを、そうした一環として今開催をさせていただいてということでございます ので、ただいま、市長から申しあげましたとおり、今日のお配りした資料もご活用いただきまして、是 非、ご家庭の中あるいは地域の中で話題に取り上げていただいて、またいろいろお話をしていただけれ ばありがたい、そんなふうに思っております。

ただ私どももやはり待ちの姿勢ではなくて、どんどん地域の方にも出向いて今日のようなご説明をさ せていただいて、より多くの方々にご理解を深めていただきたい、そのように思っておりますので、ま た是非お声がけをいただきたいとそんなふうに思っております。

なお、今日色々と意見が言えなかったという方もお見えになると思いますので、是非アンケートの方 にいろいろなご意見、ご記入いただいて、ご提出いただければありがたい。また、いつでも結構でござい ますので、何か思いついた事、あるいは言いたいことがありましたら、名古屋城総合事務所の方までお

電話でもFAXでもE-mailでもなんでも結構でこざいますので、お寄せいただければありがたいとそん

なふうに思っておりますので、どうぞ、よろしくお願いします。

本当に長時間に渡りまして、ありがとうございました。どうも、おつかれ様でございました。

司会

ありがとうございました。アンケート用紙に付きましてはお手数ではございますが、ご記入の上 で入り口付近の回収箱に入れていただきますようお願い致します。これをもちまして、名古屋城天

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守閣整備タウンミーティングを終了いたします。本日は誠にありがとうございました。皆様、お気 をつけてお帰り下さいます様、お願い致します。

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名古屋城天守閣整備 昭和区タウンミーティング 記録

1.区長開会あいさつ

昭和区長

みなさんこんばんは。昭和区長の柴田でございます。本日は、大変お忙しい中を、名古屋城天守閣整備 タウンミーティングということで、このように多数の皆様にご参加いただきまして、本当にありがとう ございます。また、本日お集まりの皆様には、日頃より区政、市政の推進に格別のご協力をいただいてお りまして、本当にありがとうございます。改めまして、厚く御礼を申し上げます。

さて、尾張名古屋は城で持つと言われておりますが、私たちの名古屋城も全国民有数の名城、素晴ら しいお城でございまして、名古屋の誇り高きシンボルとして、長きに渡りまして市民の皆様に慕われ、

そして愛されてまいりました。実は、私も昭和区長としてこちらに参る前、平成22年と23年でござい ますが、2年間でございますが、実は、初代の名古屋城総合事務所長といたしまして、名古屋城の総合整 備、そして名古屋城の本丸御殿の復元整備について仕事に従事をしてまいりました。

そういう意味では、本日私が初代の総合事務所長でございまして、本日、事務的に参っておりますの が3代目の名古屋城総合事務所長ということでございますので、どうぞ、よろしくお願いしたいと思い ます。

私がおりました平成22年は、皆様もよくご存知の通り、名古屋開城400年ということで節目の年、非 常に記念すべき年でございまして、その中で私といたしましては、本丸御殿の1本目のヒノキの柱を立 てる立柱式を行いました。そして、皆様もご覧いただいたと思いますが、玄関の虎ノ間、これの復元過程 の特別公開をみなさんにご覧いただき、また、本丸御殿でも一番大きな建物と言われております表書院 の棟上式、いわゆる上棟式を開催するところまで私としては第1期公開部分について担当させて頂いて 参りました。

そういうこともございまして、わたくし個人といたしましても本日のメインテーマとなっております、

名古屋城天守閣整備ということについては、非常に深い思い入れもございますしい、興味も持っており ます。また、名古屋城時代にやり残してきた仕事の一つでもありますので、今日、こうしてたくさんの皆 様と一緒にタウンミーティングを行うことが行きますことを、心より嬉しく思っているところでござい ます。

この後、私の後輩たちであります、名古屋城総合事務所から名古屋城天守閣の整備についての課題等 も含めまして、詳しい説明があろうかと思いますが、私も皆様と一緒にもう一度名古屋城の将来の姿を 考えていきたいと思いますし、天守閣の整備がどうあれば良いのか、そういった天守閣整備のあり方に ついても皆さんと一緒に勉強してまいりたいと思っております。

本日は、こちらに私どもの市長も一緒においでいただいておりますので、会場の皆様から忌憚のない ご意見、率直なご意見をたくさんお伺いしてまいりたいと思っております。これから短い時間ではござ いますが、積極的な意見交換をお願いしたいと思っております。本日はどうもありがとうございます。

よろしくお願い致します。

2.市長あいさつ

市長

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はい。それでは、寒くなってきましたけど、ようおいでいただきましてありがとうございます。thank you very much。

まず、名古屋城はそんじょそこらのお城ではにゃーというお話をちょっとさせていただいて、その後、

今どういうことが問題になっているか、何を考えるかという事を整理してちょっとお話ししたいと思い ます。

まず一つは、最近東京の新国立競技場、あれが全国放送でやったりね、某新聞の一面トップに出たり、

1,500億。あれはオリンピックの前に作りますけどね、やってますけどね、新国立競技場、それより名古

屋城の400億の方が圧倒的に値打ちが違いますからね、これ。だから、悔しくてたまらんですよ、これ。

この名古屋城をわかっとおらんと、地元のマスコミもですね、これ。こちらの方が全国放送になって当 たり前、ということでございます。

それから、名古屋城の値打ちというのは、今、コンクリートで直しておりますけども、いわゆる徳川家 康が400年前に作ったんですけどね、これ。これで今のとこ言われているのは、日本で応仁の乱ってあ りますけど、1467年。あれは150年間実は戦国時代、ものすごい殺し合いをやっとったんです、日本中。

で、この内戦を終わらせたのは、関ヶ原じゃないんですよ、これ大阪夏の陣。関ヶ原というのは、豊臣家 の内分裂、石田さんと家康さんと、これ内分裂。だから、本当に終わったのは大阪夏の陣で今から 400 年前。これで家康が秀吉の息子の秀頼の首を取って、それで日本は内戦が終わりました。その時に作っ たお城です。それで、一般的に言うと西側から見るとあれ坂ですから、あそこ。あそこに作りまして、大 阪から見るとね、まぁ、どえらい立派なお城だなって、昔はテレビ塔もありゃへんじゃないですか、高い やつ。ほんで、上に金鯱やと。まぁこんなのを徳川が建ててギブアップだというような威嚇と言われて いますけど、もう一つの説はですね、皆さんの小学校、南山の先生をやっていた安田文吉さんがよく言 っていたけど、「いや、それは違うんだと。実は平和のお城として内戦を終わらせると。金鯱も最愛の息 子が9男の初代藩主、だから、ぜひ経済的に反映するそういう時代を創っていこうという意味で作った お城だということで、平和のシンボルという意味が強いんだ」ということを安田先生が言っているのが 一つです。

それからもう一つは、空襲で焼けてしまった。後ででてきますけど、実際に空襲でお城が実際に焼け ている。本当の写真は、私が国会図書館に確認しましたけど、名古屋城のこの写真だけです。広島城も焼 けましたし、岡山城も焼けましたし、焼けた城は結構あるんです。5つ、6つありますけど。本当に焼け た写真はありません。だから、名古屋はみんなで330年間大事にしてきたお城を失ったということで、

うちの死んだおふくろも泣きながら言っていました、これは。だから、一旦名古屋の街というのは地獄 を見た、実は。東京大空襲も大きいですけど、名古屋は零戦を作っていたからB29でやられたんですよ。

零戦を作っていたおかげで名古屋の街というのは都心を完全に破壊されております。だいたい1万人ぐ らいの方が亡くなっております。うちのお袋のお袋も空襲で死んでいます。そういう地獄を見た街から 今や東京がクソみたいに威張っとるけど、あれはただ首都で消費者の街であって、今、日本中に外貨を 稼いで、そのお金を上納して供給してるナンバーワンの都市は実は名古屋です。圧倒的な産業力です。

愛知県だけでも工業出荷額が44兆もあるんですけど、第2位は神奈川県の17兆ですから、40年連続ト ップ、そういう街を私たちじゃないよ、これ、わしらの死んだ親父やお袋の世代ですね、ものすごく働い てくれて、今や日本を支えていく街になった。しかし、それは実は、一旦地獄を見たと、涙の街であっ た、その涙のシンボルがこの名古屋城。だから、名古屋城をもう一回復元するということは、そういう意 味で極めて大きいんです。名古屋の人もそうだけど、日本の国のあり方をシンボライスというお城だと いうことですね。