コーディネーター
ありがとうございました。それでは、あと、司会の方でお願いします。
司会
どうもありがとうございました。会場の皆さんは長時間にわたり、ありがとうございました。本 日いただきましたご意見、ご提案につきましては、今後の名古屋城天守閣整備の参考にしてまいり ます。ここで市民経済局長よりひとことご挨拶をさせていただきます。
5.閉会
局長
それでは、最後に、私、市民経済局長の宮村でございますが、お礼のご挨拶を一言申し上げます。
本日は、長時間に渡りまして、このタウンミーティングに最後までご参加をいただきまして、誠に ありがとうございます。また、多岐にわたる観点から貴重なご意見、ご提案を頂いたと思っており ます。本当に感謝を申し上げますとともに、今後の天守閣整備の検討にあたりまして参考にさせて いただきたいと思います。
名古屋城、中でも天守閣というのは、名古屋のシンボル、市長から日本のシンボルという言葉も ございました。歴史的文化的な価値あるいは観光資源としての価値というものも当然あろうと思い ます。そういう観点から今後の天守閣整備にあたりましては、多くの市民の皆様方に関心を持って いただきご理解を得ながら私どもも進めていくということが最も重要なことだと、そんな風に思っ ております。
タウンミーティングの開催もその一貫という事でございますけども、どうか、皆様方には今日の このタウンミーティングを契機にしていただきました、本日お配りしました資料、こういったもの をご活用いただいて、ぜひご家庭の中とかあるいは地域の中で、また色々と話題にしていただきま して、これからの天守閣のあり方を皆さんでお考え頂けると大変ありがたいかなと、そんな風に思 っております。
私どもも積極的に地域に出向いて、より多くの皆様方に本日のようなご説明をさせていただければと 思っておりますので、機会をいただければありがたいと思います。どうぞ、よろしくお願い申し上げま す。
名古屋城天守閣の整備につきまして、是非、いろいろとご意見を頂きたいと思っておりますので、ど うか、今日のアンケート用紙にもご記入していただくこともあろうかと思いますので、ぜひ、ご意見を お寄せいただきたい。あるいは後日でも、いつでも結構でもございますので、名古屋城総合事務所まで お電話あるいはFAX、E-mailなどでも結構でございますので、ご意見を頂けるとありがたいと思ってお りますので、どうかよろしくお願い申し上げます。
本日は最後まで本当にありがとうございました。お疲れ様でございました。
司会
どうもありがとうございました。なお、アンケート用紙につきましても、お手数ではございます
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が、ご記入の上、出入り口付近の回収箱に入れていただきますよう、お願いをいたします。また、
本日ご発言できなかったご意見、ご提案等がございましたら、アンケート用紙にご記入の上回収箱 に入れていただきますよう、お願いいたします。
これをもちまして名古屋城天守閣の整備タウンミーティングを終了いたします。本日は誠にあり がとうございました。皆様、お気をつけてお帰り下さいますよう、お願い致します。ありがとうご ざいます。
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名古屋城天守閣整備 千種区タウンミーティング 記録
1.区長開会あいさつ
司会
皆さん、おはようございます。千種区長の各務でございます。
本日はお忙しい中、名古屋城天守閣の整備タウンミーティングのお集まりいただきまして誠にあり がとうございます。「尾張名古屋は城で持つ」と言われますように、この名古屋城は我が国有数の名 城でございまして、名古屋の誇り高きシンボルとして多くの市民に愛されております。本日お集ま りの皆さまの中にも一度は名古屋城へ足を運ばれ金鯱を抱く、壮大な天守閣を間近にご覧になられ た方も多いのではないかと思っております。
この千種区には、名古屋城にゆかりのある地名が残されております。春岡学区にございます城木 町は名古屋城築城の際にこの付近から用材を取り出したことからつくられたというふうに言われ ております。また、田代学区にあります堀割町、この近くですが、堀割町はかつて特産であった赤 土を名古屋の城下町へ搬出したため堀になってしまったことからつけられたと。こういう説がござ います。
現在、本市ではこの名古屋城天守閣の整備につきまして検討が進められております。詳細につき ましては、担当の名古屋城総合事務所より説明がございますが、今回のタウンミーティングを通じ まして、名古屋城の今後の在り方について区民の皆さまと共に考えてまいりたいと思います。本日 は市長も同席をしておりますので、区民の皆さまの率直なご意見を賜りたいと思っておりますので、
どうぞよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。
2.市長あいさつ
市長
はい、それではようお越しいただきましてありがとうございます。さすが千種区でございまして、
なんとなく品の良い雰囲気が漂ってまいります。小言あんまり言えんのですが、千種区は特にええ とこでございます、ということでございます。
名古屋城ですけど、端的に一つ、歴史的な意義をちょっと、まず
2
つばかり。名古屋城、そんじ ょそこらの城ではないということなんですけど、それは、いわゆる400
年前に家康さんがこれつく ったんですけど。まず、これは日本最大、ということは世界最大ということになります、木造建築 物の城で、それが400
年前っちゅうのがね、日本はなんとなくこう、幸せな国みたいに言いますけ ど、それ、違ってましてですね、応仁の乱、1467
年ですけど、150
年に渡って、日本というのはも のすごい殺し合いをやっとったわけです、内戦です、いわゆる戦国時代。それが終わったのはですね、実は関ケ原みたいに見えますけど、関ケ原は豊臣家の内部分裂なん であって、最終的に日本の内戦を終わらせたのは大坂夏の陣です。いわゆる、家康が大阪へ出かけ て、秀吉の息子の秀頼の首をとったということで日本の内戦はようやく終わるわけです。その時に つくったお城がこの名古屋城ということで、家康は実は、名古屋城から出陣しております。2 日泊 って、名古屋城に。一般的にそういう面で豊臣家に、おみゃあさんらあきらめろと、どえりゃあ、
城ができたぞと。圧倒的な建築物ですから、当時、ミッドランドとか、テレビ塔とか、東京スカイ
140
ツリーとかありませんので。どえりゃあ、上には金のシャチホコもあるということで、あきらめろ ということで威嚇のためにつくったという説もありますけど。これはですね、どういう意味か分か らんけど、やっぱ日本の内戦を終わらせて、平和のシンボルをということで、金の鯱も、これは自 分の最もかわいがっとった九男の義直の、尾張です、初代藩主が経済的に大いに栄えるように、そ ういうことを祈って家康がつくったんだという説。これ、安田文吉さんが言ってますけど、そうい う意味合いもあるということで、いわゆる日本の内戦を終わらせた平和のシンボルとしてのお城だ ったということが一つ。
それからもう一つはやっぱり、空襲で焼けたということです。昭和
20
年5
月14
日。あと3
カ月 というところだったけど、名古屋市、尾張名古屋が大事に330
年してきたお城がなんと空襲で焼け ちゃったということで名古屋は地獄を見とります。皆さん、ご承知のように零戦をつくっとったこ ともあって名古屋の空襲ってすごかったんです。都心は完璧に破壊されまして、何にもなしになっ ちゃった。うちの死んだおふくろもあんとき涙を流しましたわ。みんなが大事にしとったお城が燃 えたということで、人類の悲しみといいますか、こんな現実として、亡くなった、人の数でありゃ1
万人ぐらいだと言われておりますけど、名古屋でですね。名古屋の街っていうのは、今、東京が くそみたいに威張っとりますけど、別に消費地だけであってですね。ほんとに日本で外貨を一番た くさん稼いで、日本中を支えとるのはこの名古屋市です、愛知県。皆さんのすさまじい努力が日本 を支えとる。一旦上納させられとるから分からんのです。ものすごい、皆さんの払っとる税金の7
割はいったん国家に上納しとります。そういうお金が沖縄とか、北海道とか、島根、鳥取、高知と か、そういうとこへずーっと分配されとる。しかし、その名古屋は、実は一旦、空襲で地獄を見た 街だと。私らの力じゃありませんけど、わしらの死んだ親父やおふくろの時代、皆さんがむちゃく ちゃに働いてくれたおかげで、今や日本中を支えるこの名古屋の街になったという。そういう悲し みの、ある意味ではシンボル。から、再生のシンボル。ほれから、外人によう名古屋で聞かれますと「city of dreams」だって言われます。「夢の町」だ って言いますけど、そういう意味合いがあるお城だということになっとる。ちょっとお話をしてお きます。
肝心の名古屋城ですけど。あと、いろいろ説明がありますけど、結論でもないですけど、要は、
つくってから
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年になりますので、伊勢湾台風のときにつくりました。コンクリートがだんだん 悪なってくるわけですわ。ほんで、ほかっとくという選択肢はありません。ほかっとく意味はない です。要するに、耐震改修をして、ちゃんと地震に耐えれるようにするというのが一つの選択肢。もう一つは、そんなことやるんだったらちょうど、図面というのがあるから、昭和
7
年ですけど。ありがたゃーことにね、名古屋城の特色は、江戸城が今わあわあ、ちょっと今おとなしなったって 言ってますけど。図面はありません。日本中で戦前の江戸時代の詳細な実測図が残っとるのはこの 名古屋城だけです。昭和
7
年に、昔の名工高、名古屋工業大学を中心として、ありがたゃーことに 図面を残してくれました。日本中で寸分違わぬ、昔の、江戸時代のお城が復興できるのは名古屋城 だけです。日本でいうことは世界でです。世界でただ一つのお城ということです。どっちがええかということを、皆さんでですね、今、木造でやった場合いくらかかってどうなる か。どういう方法でやるか、プロポーザルをとっておりまして、それは、来年早々出てきまして、
皆さんから、ここがええだろ、ええだろということで、優先交渉権者が選定されるんですけど。そ のへんの時点で、皆さんで議会の議決。すなわち、これは市民の皆さんの議決みたいなもんだけど ね。皆さんがどちらがいいか決めていただくという時期が半年後ぐらいにやってまいります。その