皆様どうもありがとうございました。なお、アンケート用紙につきましても、お手数ではござい ますが、ご記入の上、出入り口付近の回収箱に入れていただきますよう、よろしくお願いいたしま す。これをもちまして、名古屋城天守閣整備タウンミーティングを終了させていただきます。
本日、駐車場をご利用になられた方は、会場出口の受付に設置した機械に駐車券を通してからお 帰り下さいますよう、お願い致します。本日は誠にありがとうございました。皆様お気をつけてお 帰りください。
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名古屋城天守閣整備 中村区タウンミーティング 記録
1.区長開会あいさつ
中村区長
皆様こんにちは。中村区長の上川でございます。
本日は、大変お寒い中、名古屋城天守閣の整備タウンミーティングにご参加をいただきまして、誠にあ りがとうございます。
尾張名古屋は城で持つと言われますように、名古屋城はわが国有数の名城でございまして、名古屋の象 徴である、名古屋市民の誇りだと思っております。
みなさん、一度ならず何回も名古屋城に訪れてみえると思っております。
現在の名古屋城は、本丸御殿を再建いたしておりまして、これは昭和20年に空襲で燃えてしまったと いうままになっておりましたけども、これを再建しておりまして、来年6月には第二期工事が終わりま して皆さんに公開するという段取りになっております。
そして、平成30年には、上洛殿、将軍がお見えになったときにお泊まりになられる、そこも含めた全体 が完成致しまして、絢爛豪華な創建当時の御殿が見られるようになっております。そして、その2年後 の平成32年、ちょうど東京オリンピックが開催される時でございますが、これに合わせて名古屋城では 天守閣も整備をしたらどうか、だいぶん古くなってきておりまして耐震補強もしなくてはならないとい うこともございまして、その機会に木造に建て替えてはどうか、そういったことを検討している次第で ございます。
今日はその検討状況につきまして、名古屋城総合事務所からご説明をさせていただきまして、皆さん とともに今後の名古屋城のあり方を考えてまいりたいと考えております。
今日は市長も参加をさせていただいております。どうか、忌憚のない意見を賜りまして、有意義な会 にしてまいりたいと思いますので、どうぞ、よろしくお願いいたします。
2.市長あいさつ
市長
それでは、えらいぎょうさんの方に集まっていただきまして、ご苦労様でございます。thank you very muchということで。
まず、冒頭には、これちょっと中村区ですからね、豊臣秀吉の故郷でございますので、まずこれは先祖 のことについてあやまらないかんという事でございまして、どういうことかといいますと、ご承知のよ うに後で名古屋城は説明しますけどね、これを作った後に豊臣秀頼の首を取りに行くわけです。それ以 降、尾張藩と言いますか、徳川家、将軍家もそうですけど、大変に中村、秀吉については、痕跡を消そう とするぐらいやりまして、重税をかけて増税したということで、人が住めないようにしてしまったとい う事でございまして、まあ、中村区のみなさんには大変にご迷惑をおかけしたということでございます。
まぁ、ご先祖が尾張藩に使えておりましたので、わしが謝ってどうってことありませんけど、だから と言ってですね、300年、400年前の怨念があるので、名古屋城みたいなあんなもんは作らない方がいい というふうにだけは思われんように、一つ、お願いしたいと思います。返す返すも過去の無礼をお許し
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いただきたいと思います。この前、豊臣神社の宮司に怒られたんです、わし。「名古屋城の事ばかり言っ ておいて、何だい」って。確かに、歴史をこうやってみるとよくわかりませんけども、徳川家は豊臣家の 痕跡を消すために徹底的にやったという事でございます。I'm sorryということです。
それから、歴史的に今言った話ですけども、ちょっと名古屋城はそんじょそこらのお城じゃにゃーと いう事を2つばかり言わせていただきます。一つは今言いましたように、最後、大阪の夏の陣で、家康 が名古屋城から出陣しまして、大阪に参りまして、秀頼の首を取ったということでございます。だから、
その前にどえらいお城を作って、大阪に「あんた、ギブアップしろ」と、「まあ、徳川の時代が来る」
と、「豊臣は小大名にはするで、ギブアップしろ」というのを二条城の会見というのがありまして、1611 年だと思いますけど、4年位前に二条城で家康は秀頼を呼び出まして、そこでそういう話をしたんだと いう説がありますけど、まぁ、そう言ってるということで、要するに、豊臣への威嚇の城だったという 説がありますけども、これに対しては南山大学の安田文吉先生なんかは「いや、違う」と。日本は応仁 の乱から150年間戦国時代、ものすごい殺し合いをしていたわけです。凄いですよ、この殺し合いは。
それで、いよいよ日本の内戦、大殺し合いが集結するのは、関ヶ原ではなくて、大坂夏の陣だと。だか ら、家康はこれでやめにしようねと、この殺し合いは。150年間も続いたけどということで、平和のシ ンボルとして、金鯱も経済的繁栄のシンボルとして、家康が大変可愛がっておりました、義直さん、九 男ですけども、そのために平和な尾張名古屋を作っていこうと、そういうシンボルとして作ったという 説もあります。
そういう意味において、いずれにしましても、名古屋城というのは単なるお城ではなくて、150 年間続 いた日本の大内戦です。アメリカ南北戦争と言っても5年ぐらいです。日本は150年間殺し合いをやっ ていた。それを集結に導いた非常に歴史的なお城であるというのが一つ。
もう一つは、空襲で焼けてしまったということです。人類というものは悲しいものでね、名古屋は特 に零戦を作っておりましたから、ものすごい空襲です、名古屋は。特に都心をやられております。亡くな った人の数で言うと悪いですけど、東京大空襲の方が多いですけど、あそこは下町です。名古屋はど真 ん中をやられまして、名古屋の城も昭和20年5月14日午前9時頃、焼夷弾が1発目に当たったと言わ れておりますけども、当時で言うと330年間大事にしていたのが燃えてしまった。熱田神宮本殿も空襲 されております。草薙の剣を移した次の日に本殿が空襲されました。ということで、名古屋は1万人ぐ らいの方がだいたい亡くなっています。うちのお袋のお袋も死んでおりますけどね、空襲で。だから、涙 の街だった、地獄を見た街だったということでございます。
しかし、そこから、今、東京がクソみたいに威張っておりますけど、あれは消費地でございます。日本 で一番でかい外貨を稼いで、日本の経済に貢献しているのは名古屋、愛知と。圧倒的ですから、これは。
名古屋の街というのは、一旦地獄を見たところから立ち直っている、街の力ではありません、これは。死 んだ親父やおふくろたちがものすごく努力した。端的にますと、トヨタ自動車のおかげが大きいのです けども、これはですね。だから、日本の国を今支える名古屋だと言い切ってもいいですよ。これは本当 に。それだけの街になったということだから、復興というか、対外的にはよく名古屋城は何かというと
city of dreamsといいます。夢の街だと、復興の街、そのシンボルは焼けてしまった名古屋城と頭に入れ
ていただくとええ。そんじょそこらの城じゃないよ。
それから、もう一つは、後で説明がきますけど、56年経ちましてコンクリートもそろそろどうするか と、ほかっててはいかんということになりまして、まぁ、みなさんでよう考えていただくんだけど、ほか ってええやという選択肢はにゃーでね、これは。これはにゃー。まぁ、要するに耐震補強でそうお金をか けずにやるか、それともそれやるんだったら木造に替えるという話の選択がいよいよやってきまして、
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来年の5月ぐらいになるかと思いますけど、まぁ、議会で審議をいただいて決まるかどうか、つまり、
それは市民の皆さんがどう判断されるかということになってきました。まぁ、耐震補強でいくという方 法は、だいたい29億だと言われております。それでも29億かかる。で、標準的に40年ぐらいしか持 たない。で、経済効果は、それによってお客さんが増えるかというのは、まぁ、減るんじゃないですか、
わしは、失望で、何やっとるんだ言って、と僕は思います。で、それでいかん場合は、最近分かったんで すけどね、詳細な図面があるいう事はちょっと頭に入れてて頂戴。いろんなお城がありますけど、本当 に寸分違わぬ昔の復興ができるのはこの名古屋のお城だけでございます。燃えたのは昭和20年、図面を 描いたのは昭和7年、名古屋工業大学、昔の名高校、あの学長さん達が中心になりまして、ありがたい ことに、寸法を見ますと6尺何寸とものすごく細かく描いてます。そういうのがあるのは、どうも世界 では、世界ではです、名古屋城だけですね、これ。空襲で被害を受けたワルシャワの市街、ドイツのドレ スデン、教会なんかもありますけど、皆一様の図面をありますけどね、そんな細かい実測はないです、今 のところ。文部省も文化庁も、「今のところと言ってくださいよ」って、今のところではないですね、こ れは。だから、世界でただ一つの寸分違わぬ復興ができるお城だということは頭の中に入れていただく ということで、後はお金のことやら色々出ると思いますけど、後で言います、今からしゃべるといけま せんから。
これは、実は投資ですから、これは。まぁ、いろいろなご意見を言っていただいても良いですけど、こ ういう時にちゃんと都市の力をつけて、福祉にもお金が使えるようにちゃんとしていかないと、やっぱ り名古屋の力はつきませんよと。これは私の意見ですけど、ぜひ、そういうことでございます。他の材木 もまた意見が出ますけど、これ今やらないと江戸城が仮にやったとしますと、もう終わりと。材木がな くなりますので、後は2、300年は辛抱してちょうだいコンクリートで。これはどうなるか知りませんけ ど、その時に「あー、あの時に建て替えておけば良かったな」と言われても、わしはあの世に行っており ますので、まぁ、それは困るということでございます。やるなら、これは材木の専門家が言っておりま す。他がやられたらない。コンクリートのお城ってたくさんあってね、江戸城、大阪城、広島城、和歌山 城、よーけあります。戦後みんなコンクリートで作りましたから。みんな木造でやろうかという若干微 妙な雰囲気があるんですよ。だから、早くやらないと木はありませんということです。今名古屋でやる と他所はたいていできません。ということで、私はぜひみんなで街のシンボルを作って、名古屋の、世界 のシンボル、こんな実測図がある。それから空襲で燃えたという悲しみのシンボル、復興のシンボルを 作ってみんなで400年間、名古屋のみなさんと大事にしようねと、近所は掃除してですね、火事が起こ らないように、それともう一つ戦争が起こらないように、これ、空襲というのは起こさん様に平和のシ ンボルとしてですね、大事にするとええ名古屋になるんでねーかなと、と私は思いますけど。
まぁ、そういうことでいろいろ話を聞いていただいて、今日一日よく考えていただく材料にしていた だければ大変ありがたいのということでございます。
3.名古屋城天守閣の整備に関する説明
(省略)